毎月、給料から天引きされて積み立てている年金...。
きちんと納めていても自分が60代になった時、ちゃんと年金を受け取れるのか、正直半信半疑です。
筆者は昨年、30歳になり、親の年金や介護のニュースが一気に気になり始めました。自分の老後のために、今からできることはあるのでしょうか?
前編では、国が運用する「公的年金」と、自分で運用する私的年金「個人型確定拠出年金(iDeCo/イデコ)」の違いや特色について、慶應義塾大学の研究員でもあるファイナンシャル・プランナーの加藤梨里さんに教えてもらいました。
サラリーマンにとってもかなりの節税効果がありそうですが、おいしい話には裏が"ツキモノ"。初心者が知っておくべきiDeCoのリスクや注意点について聞きました。
■「iDeCo」に加入する前に知っておくべきこと
——加藤さんの説明を聞いて、「個人型確定拠出年金」(iDeCo)を始めたくなったのですが、加入する前に押さえておくべき注意点を教えてください。
まずは、積み立てた金額よりも受け取る金額が少なくなってしまう「元本割れ」のリスクです。iDeCoは自分で掛金や運用方針を決めていかなくてはならない。
比較的値動きの大きい投資信託などで掛金を運用し、大きなリターンを狙えば、当然それだけリスクも大きくなります。
60歳まで続く"長旅"なので、途中までは値動きのある商品で利益を狙いながら、50歳を過ぎてから、元本割れを防ぐ方向に方針転換する、という戦略を立てるのも良いかもしれません。
——極端な話をすれば、ずっと定期預金だけにつぎ込んでおけば、税の優遇は受けられて元本割れのリスクがなくせるのではないでしょうか。
そうとも言えません。重要な注意点ですが、iDeCoには手数料がかかるんです。最初の加入手続きに2000〜6000円程度、その後の口座管理などで月々500円、年間で5000円程度かかるのが一般的。
利息がほとんどつかない定期預金だけで回してしまうと、これらの手数料のほうが上回り、元本割れのリスクが高くなります。
手数料の他にもコストがかかります。投資信託を運用する際の「見えないコスト」です。投資信託とは、投資家から集めたお金を運用の専門家がまとめて株式や債券などに投資し、運用する金融商品です。
このため、運用してくれたプロに支払う報酬「信託報酬」が、投資信託の財産の中から差し引かれています。こうしたコストも実質的には自己負担になるので注意しましょう。
■「iDeCo」は一度始めたら解約できません
——他に見落としてはいけない点はありますか。
もっとも基本的な注意点ですが、iDeCoは原則として途中で解約して引き出すことができません。「年金」という名前が示す通り、老後の資金作りのための制度であり、その前提で税の優遇も受けられることになっています。
毎月の掛金をいくらにするかは、加入後に変えることができ、積み立てを途中で休むことも可能ですが、途中で引き出すことは基本的にはできないということを、加入前に頭に入れておきましょう。
——途中で解約できないとしたら、結婚などのライフイベントにも大きく関わってきますね。
そうですね。夫婦で一緒に家計を管理している場合には、それぞれの会社の制度やルールなどを確認し、どちらがどういう資産形成をするのが2人の老後にとって最適か考える必要もあると思います。
会社が掛金を負担して、社員を企業年金に加入させているところもあります。会社の年金とのバランスも考えてiDeCoを検討してみましょう。
——会社の制度を確認する際に気をつけるべきポイントは?
iDeCoは原則20歳以上のすべての人が加入できると言いました。でも、会社によっては、社員にiDeCoへの加入を認めていない場合もあります。
また、iDeCoの掛金は会社員やその扶養者は原則として月2万3000円までと国が規定していますが、上限額にルールを定めている会社もあります。
いずれにせよ、自分や配偶者の勤めている会社が、年金にまつわるどんな制度を設けているか確認するのが第一歩です。
■転職するときはどうすればいいの?
——企業年金が十分にもらえるような会社に勤めていたとしても、最近では転職や起業も一般的になってきています。転職時に気をつけることはありますか。
会社が掛金の積み立て・運用を請け負う「企業型確定拠出年金」に加入していた会社を辞める場合には、注意が必要です。
基本的に積み立てたお金は「ポータビリティ」といって持ち運ぶことが可能です。次の会社にも企業型確定拠出年金の制度がある場合にはそちらに積立金を移すことができますし、ない場合には個人でiDeCoに加入して、お金を移すことができます。
ただしこの時、注意しなければならないのは、積み立てたお金を移すことはできても、それまで購入してきた金融商品ごと移せる訳ではないという点です。
——移せるのはお金だけなんですね。それはなぜですか?
毎月の掛金で購入してきた定期預金や投資信託などの金融商品は、加入していた企業独自のラインナップだからです。
iDeCoに切り替えた場合には、口座を開いた金融機関が持っているラインナップの中で新たに運用しなくてはなりません。
——ということは、会社を辞めるときに運用益がマイナスだったら...。
一度すべて売却してしまわなくてはならないので、もしそのタイミングで運用している商品が大幅に値下がりしていた場合などは、損をしてしまう可能性もあります。
ただ、これに関しては、企業型確定拠出年金で運用益が出ているタイミングまで待って仕事を辞めるという訳にもいかないでしょう。運用状況を定期的にチェックしておくことはいつでも大切ですが、転職・退職を検討するときには特に早めに確認しましょう。運用益が出ている間に、定期預金など値動きがない商品に切り替える「スイッチング」をしておくのもひとつです。
■iDeCo、始める前に知りたい6つの注意点
——お話をふまえてiDeCoの注意点をまとめると、主に6点でしょうか。
そうですね。
(1) 元本割れのリスクを認識しよう
(2) 手数料がかかる、と認識しよう
(3) 投資信託を選んだ際には、さらなるコストがかかると認識しよう
(4) 原則として途中でお金を引き出せないと認識しよう
(5) 会社によっては、iDeCoへの加入に条件があると認識しよう
(6) 企業型確定拠出年金からiDeCoに積立金を移す際のリスクを認識しよう
以上の6点を理解した上で、自分自身や家族との相談の上で、iDeCoへの加入を検討してみるのが良いと思います。
——いろんな金融機関がiDeCoを取り扱っていますが、どこを選べばいいかわかりません。どんな特色や違いがあるのでしょうか?
iDeCoは証券会社、保険会社、銀行などで扱っていますが、金融機関によって手数料や取扱商品が異なります。手数料にはいろいろな種類が含まれますが、そのうち金融機関の取り分である「運営管理機関手数料」は、すべての人がゼロになるところや、資産額が高ければゼロになる、などさまざまです。
また取扱商品は、一般的には大手銀行は比較的初心者向けに絞ったラインナップで本数が少なめ、証券会社は中・上級者向けに新興国などに投資する投資信託も含めた豊富なラインナップである傾向があります。ご自身がこれからどんな運用をしていきたいかによって、向いている商品を扱っている金融機関を選ぶとよいと思います。
——iDeCoに加入する心の準備はできました。老後の安心した生活のために、30歳の今できることが少しクリアになりました。
iDeCoもそうですが、あらゆる資産運用って、実際にやってみるまでのハードルがすごく高いです。
でも「家計簿をつけ始めたらヘソクリを貯められた」とか「ふるさと納税でおいしいお肉が食べられた」とか、小さな成功体験が大きな一歩になります。
やってみたことで「わかった!」という感覚を得ることが一番大事なんです。劇的な収入アップにいきなり繋がらなくても、お金と気軽に向き合ってみてほしいですね。
■加藤梨里 プロフィール
ファイナンシャルプランナー(CFP認定者)、慶應義塾大学スポーツ医学研究センター研究員。保険会社、信託銀行を経て、ファイナンシャルプランナー会社にてマネーの相談、セミナー講師などを経験。2014年に独立し「マネーステップオフィス」を設立。専門は保険、ライフプラン、節約、資産運用など。
『ガッツリ貯まる貯金レシピ(主婦と生活社)』発売中。