東京オリンピック開催まで、あと2年———日本への観光客は日に日に増し、世界では空前の"和食ブーム"が沸き起こっています。
そんななか、先史時代から愛されてきた日本食文化の代表例「うなぎ」が絶滅の危機に瀕しています。そこには、私たち日本人の偏った食習慣が大いに関連していました。
夏といえば「土用の丑の日=うなぎを食べる」と思っていませんか?
「猛暑を乗り切るため、土用の丑の日には『うなぎ』を食べて精をつけよう」。
私たちの生活で当たり前となっているこの習慣は、科学的にも素材の是非としても根拠がありません。本来の天然うなぎの旬は、成長して脂がのる秋の終わりから冬といわれます。
それでは、なぜ「夏といえば、うなぎ」という食習慣が定着したのか。
江戸時代の有名な学者、平賀源内が、旬でない夏の時期に「うなぎ」を売るために考えたキャッチコピー(「今日は土用の丑の日。うなぎを食うべし」)がきっかけだったと言われています。
四季折々で旬のものを使った料理が"和食"の魅力ですが、「うなぎ」に限っては、私たちは間違った知識を刷り込まれていたのです。
このように、ひょんなことから定着してしまった食習慣や環境の悪化によって、私たち日本人は今後「うなぎ」を食べることができなくなるかもしれないのです。
ニホンウナギが"絶滅危惧種"であることを「知らない」人が約4割
日本人に昔から親しまれてきたニホンウナギは、海洋環境の変動や生息環境の悪化、稚魚シラスウナギの過剰な漁獲などの様々な要因によって激減し、2014年には国際自然保護連合(IUCN)が「絶滅危惧種」に指定しました。
今回、国際環境NGOグリーンピース・ジャパンが行った意識調査によると、ニホンウナギが絶滅危惧種であることを「知らなかった」人たちが約4割でした。裏を返せば、6割の日本人が、ニホンウナギが絶滅危惧種であることを「知っていた」のです。
しかし、夏になれば大型スーパーにパック詰めのうなぎが並び、飲食チェーン店でも季節問わずに安価でうな丼が食べられます。うなぎをめぐる食環境に大きな変化はなく、消費を減らそうというメッセージは見られません。
私たちはまだ、この危機的状況を本当には理解していないのかもしれない——そんな疑問を解消すべく、うなぎの生態について長年取材を続ける共同通信社の井田徹治さんにお話を伺いました。
「うなぎ」転換期は2000年。大型スーパーを中心とする大量消費が始まった
まず、「うなぎ」資源の減少要因のひとつとして指摘されている "過剰な漁獲"という問題。それを引き起こしたのは、私たち生活者の大量消費です。
水産庁が発表した「うなぎをめぐる状況と対策について」内のグラフによると、「うなぎ」の国内供給量・輸入量がピークに達したのが平成12年ごろ。この前後に、一つの転換期がありました。
「90年から2000年前後で日本人の『うなぎ』消費量が急激に増えた要因として、量販店などで蒲焼きパックが販売され始めたことが挙げられます。それ以前は街のうなぎ屋さんで比較的高価な『うなぎ』を食べることがほとんどだったので、国内生産量は一定で推移していました」
「技術の開発により量販店向けのパッケージ商品が生まれ、それまで"高級品"というイメージだったうなぎが、一気に身近な食べ物となったのです。そうした消費パターンの変化も、現在の『うなぎ』減少の要因へとつながりました」
今回の意識調査でも「スーパーでウナギを購入する」が74.1%と、圧倒的な数を占めました。
密漁された「うなぎ」を食べている可能性も
「養殖」といっても全て天然のシラスウナギ(うなぎの稚魚)に依存しているため、こうした量販店の大量受注を補うためには、稚魚が大量に必要となります。
それと同時に「うなぎ」の数が減ってきた結果、密漁が横行し始めることに。
昨年の共同通信社の推計によれば、国内で採捕されたニホンウナギの稚魚約5割が、密漁などの不正取引による可能性があるそうです。
「シラスウナギの採捕は日本では11月から4月の新月の夜前後とほぼ決まっています。都道府県知事の許可証がなければ採捕できないのですが、だれでも比較的簡単に捕られることもあり、密漁は後を絶ちません。
さらに天然のシラスウナギは『白いダイヤ』と呼ばれ、高額で取引されるようになりました」
私たちがスーパーで買っている「うなぎ」も、密漁で捕られるものである可能性が多いにあり得るのです。それらを見分ける方法などがあればと思うかもしれませんが、どうやら一筋縄ではいかないようです。
「各地で採捕されたシラスウナギは仲買人を通じて養鰻(ようまん)業者へと売られ、養殖されます。
成長した『うなぎ』はその後、パッケージ加工など様々な形の流通ルートに乗るようになったため、どのシラスウナギが密漁で捕られたものか消費者はもちろん業者でさえ見分ける方法は存在しないといっていいほどです」
こうした適正な採捕報告をしない採捕者や密漁者に対し、水産庁も対策を講じています。
増殖推進部の担当者は「顔写真付き証明書の発行や携帯、帽子やワッペン着用の義務化、正しい採捕報告を行わなかった者に対しては翌年漁期の許可を行わないことを原則とするなど、採捕許可を出している各都道府県に対し、適正な報告の徹底を含めた指導を行なっています」と話します。
このままでは世界中から「うなぎ」が消えてしまう
他の事例では、ヨーロッパウナギが2007年、ワシントン条約により輸出入の規制対象とされました。ただでさえ数が減っていたヨーロッパウナギが大量に加工品として中国経由で日本に輸出されたことが一因でした。
アメリカウナギも、ニホンウナギと同じく絶滅危惧ⅠB類(近い将来における野生での絶滅の危険性が高いもの)*に指定されています。また最近では、ニホンウナギと味が似ているといわれ、日本での消費量が増えている東南アジアのビカーラ種も準絶滅危惧種となりました。
このままでは「うなぎ」そのものが、この世から消え去ってしまうかもしれません。
私たちが「うなぎ」を守るためにできることは何か。
井田さんは「食べないというのも選択肢ですが、少なくとも食べる量を大幅に減らすことが重要です。消費者ができることは恐らくそれだけです」と言います。
「それに加え、現在の薄利多売で大量消費型のビジネスを見直して、『量より質』のウナギビジネスに変えることが大切です。安いパッケージの『うなぎ』を3回食べるなら、特別な日に蒲焼き屋さんで"とっておきの『うな重』"をごちそうとして1回食べる。それこそが、本来の『うなぎ』の食べ方であったし、日本食文化を守る姿勢としても正しいのではないでしょうか」
今からでも遅くない。私たちにできること。
昨夏には、資源を守ることを目的として「土用の丑の日は休業します」と宣言したうなぎ専門店も話題となりました。
また2010年、国立研究開発法人水産研究・教育機構(旧独立行政法人水産総合研究センター)が、世界で初めてうなぎの完全養殖に成功しました。
完全養殖が実現したら、天然資源への負荷が軽減されるかもしれません。
しかし、うなぎの生態は謎が多く、繁殖は非常に難しいといわれています。
水産庁増殖推進部の担当者は「ウナギ種苗の商業化における課題の解決に向けた取り組みを続けているところだが、市場に出回るにはまだまだ時間がかかる」と話しています。
どちらにせよ、今の大量消費を続けることは問題の解決にはつながらず、資源減少を食い止めるには私たち生活者の消費行動を改善することが重要です。
一方で、「ナマズ」や「パンガシウス(写真)」など、代替食品も話題となっています。
クックパッドでも蒲焼きの代替レシピを特集するなど、消費者側の視点も徐々に変わり始めていることがわかります。
間違った日本文化を海外に広めないためにも
2020年東京オリンピック開催に向け、世界中で日本が注目され始めています。
「スシ」はもはや世界共通語となり、「トーフ」はヘルシーフードとして多国籍に利用され、他の日本食も認知度は広まるばかり。
こうして"和食"がグローバル化していくほど、うなぎの需要も高まっていくことは確実です。
同時に間違った日本の「うなぎ食」習慣が世界に及べば、うなぎ絶滅の危険性はさらに加速していくでしょう。
日本の「うなぎ」ブランドの質をこれ以上落とさず、伝統的な和食文化を継承していくためにも、私たち日本人が食行動を見つめ直す。まずはそこから始めてみませんか。
*環境省ホームページ『レッドリストのカテゴリー(ランク)』より引用