大みそかに生放送されるNHKの紅白歌合戦に歌手の安室奈美恵さんが出る。紅白出場は14年ぶり、10回目。安室さんは2018年9月に引退するため、最後の紅白となる。
2017年9月に安室さんの引退が伝えられてから、メディアは安室さんの思い出や功績を語り合ってきた。だが、その多くは、「"20世紀の安室奈美恵"のイメージで止まっている」と、エンターテインメント業界を取材してきたライターの松谷創一郎さんは話す。
私たちは、本当の、いまの安室奈美恵を知らないのかもしれない。松谷さんに寄稿してもらった。
「CAN YOU CELEBRATE?」ばかりを流すワイドショー
2017年9月20日に引退が伝えられて以降、芸能マスコミは安室奈美恵について報じてきた。だが、筆者はそれについて強い居心地の悪さを抱いてきた。
なぜなら、テレビの情報番組(ワイドショー)を中心に、その多くは1990年代の「アムラー」時代ばかりを取り上げていたからだ。BGMで流されるのも、産休を控えた1997年に紅白で披露した「CAN YOU CELEBRATE?」ばかり。たしかにもっともヒットした曲ではあるが、もはや20年前だ。
「アムラー」以後を知る者にとって、その報じ方はとても違和感がある。小室哲哉のプロデュースを離れた2000年代前半以降、安室奈美恵は一線で活躍しながら、先進的な姿勢でダンスミュージックに取り組んできた。毎年50以上のライブツアーをおこない、2年に1回ほどのペースでアルバムも発表してきた。
1990年代中期以降、地上波テレビの歌番組がトーク中心となったことで、歌手やミュージシャンに、歌だけでなく、人柄や話の面白さなど「キャラクター性」が求められていくなか、安室はそうした状況に背を向けて音楽とダンスに打ち込んできた。しかし、引退の段になると、そうした彼女の姿は多く伝えられず、まだ彼女が10代の頃の「アムラー」ブームと「CAN YOU CELEBRATE?」ばかりが取り上げられる。このズレはなんだろうか。
そんなに長くなかった「アムラー」時代
沖縄出身の安室奈美恵が、ダンスグループ・SUPER MONKEY'Sの一員としてメジャーデビューしたのは、1992年9月のことだ。デビューシングル「恋のキュート・ビート/ミスターU.S.A.」の発売日は、15歳の誕生日の4日前だった。その後、「安室奈美恵 with SUPER MONKEY'S」、名義で活動し、95年1月発売の「TRY ME 〜私を信じて〜」が大ヒットする。完全にソロ名義となったのは、その次のシングル「太陽のSEASON」からだ。
「アムラー」ブームが始まるのは、同年10月に発表された小室哲哉の初プロデュース作「Body Feels EXIT」、続いて12月発表の「Chase the Chance」が大ヒットしたあたりからだろう。ミニスカートに厚底のロングブーツ、メイクは茶髪に細眉、そして小麦色の肌にミニスカートと、安室を模した10代の女性たちが街にあふれた。それはいわゆる「コギャル」と呼ばれた女性たちのスタイルであり、彼女自身の人気も、コギャルファッションが人口に膾炙するのと比例して高まっていった。
こうした「アムラー」ブームは、それほど長く続かなかった。体感的には95年の秋から97年いっぱいの2年強ほどだという印象だ。ただ、それは決して人気が弱まったからではなく、1998年に丸一年間の産休に入ったからだ。
この産休中に登場したのが浜崎あゆみだった。語弊を恐れずに言えば、安室が「都市型コギャル」のカリスマだとすれば、浜崎は「郊外型ギャル」のカリスマだった。コギャル文化はリーダー層から大量のフォロワー層に拡大し、それと同時に郊外や地方都市にも波及していった。その過程で、「コギャル」も「ギャル」と呼ばれるようになった。
■「J-POP」からの離脱
安室奈美恵が大きな変化を遂げるきっかけとなったのは、2001年以降に小室哲哉プロデュースを離れてからだ。ヒップホップMCのZEEBRAなどとのユニット・SUITE CHICに参加したことで、より本格的にヒップホップとR&Bの道を進んでいく。本人も認めるように、SUITE CHICは小室から離れた彼女に大きな影響を与えたプロジェクトだった。
以後、『STYLE』(2003年12月)、『Queen of Hip-Pop』(2005年7月)、『PLAY』(2007年6月)と、段階を追って先進性を増していく。そうしたプロセスは、「J-POPからの離脱」だとも言えるかもしれない。
J-WAVEが1980年代末に生んだ「J-POP」とは、従来の歌謡曲(演歌やアイドルポップス、ニューミュージック)と新しい日本のポップミュージックを差別化するためのブランディングだった。それは通信カラオケの普及による音楽受容の変化ともシンクロしながら、1990年代中期から後半にかけての音楽産業の活性化に貢献する。そんなJ-POPの中心にいたのが、小室哲哉であり安室奈美恵だった。
2000年代に入り、安室はそんなJ-POPのメインストリームから徐々に姿を消していく。海外での公演も始めていた彼女は、もはや「J-POP」と呼ばれる枠には収まりきらない水準にあったからだ。2003年3月発表の「shine more」(『STYLE』収録)は、そうした姿勢が明示された最初のシングルだったと言える。それはカラオケで簡単に歌うことができるような曲ではない、本格的なヒップホップだった。
そしてこの2003年を最後に、『NHK紅白歌合戦』にも出場しなくなる。演歌やアイドルポップス、J-POPなどを含む『紅白』とこの頃の安室は、たしかに大きなギャップが生じていた。
20世紀の安室奈美恵、21世紀の安室奈美恵
以上のように、20世紀の安室奈美恵と21世紀の安室奈美恵は、まったく異なる存在だと言える。
地上波テレビへの出演は極端に減り、コンサートツアーに活動の中心を完全に移した。もちろんCMやドラマで楽曲が採用されることもあったが、タイアップであっても2008年の「60s 70s 80s」のように、スプリームスとアレサ・フランクリン、アイリーン・キャラの楽曲にかなり大胆なアレンジを加えたリメイク作を発表した。ヒットしたこの「60s 70s 80s」によって、安室奈美恵が大きな変化を遂げていることを知っていたひとは少なくないはずだ。
しかし、引退発表によって巻き起こった報道は、そうした安室奈美恵の変貌をしっかりと捉えていたとは言い難い。情報番組で流れるのは、小室哲哉プロデュース時代のものばかりで、たまに2016年の「Hero」がかかる程度だ。20年前のヒット曲と、テレビで流れた曲だけだ。21世紀の安室奈美恵の姿を丁寧に参照していたメディアは多くなかった。
そうした状況を眺めながら感じたのは、四半世紀も一線を走ってきたアーティストを20年前の記憶でしか語ることのできないマスコミの耄碌(もう・ろく)ぶりと、そんな地上波放送局に早い段階で見切りをつけて我が道を進んでいった安室との、埋めがたいギャップだ。
地上波テレビのトークでキャラクターを売りながら歌うよりは、ひとりでも多くの熱心なファンの前で直接パフォーマンスを披露したい──安室奈美恵はそう考え、単純にそれを実行してきた。それゆえ、なおさら彼女の引退報道については残念な思いを抱いてしまった。
40歳を過ぎて「引退」する理由
11月23日に放送されたNHKの『安室奈美恵 告白』からは、婉曲的ではあるが安室のそうした思いが語られた。
引退の理由にはあまりはっきりと触れられなかったが、コンサート映像を観てきた者は、簡単にその理由を推測できる。安室は、コンサートでMCもなく2時間ダンスして歌い続ける。しかもそうした公演を年間50本以上もこなす。だが40歳を過ぎて、それを続けるのは現実的にかなり厳しい。EXILEのリーダー・HIROも44歳でパフォーマーを引退したが、それと同じ理由だ。要はアスリートの引退だ。
もしかしたら、ヒザや足首に大きな故障を抱えている可能性もある。
もちろんバラードを中心とした歌手として続ける道もあったのだろうが、安室はその選択をしなかった。おそらく自分が歌手であるのと同時にダンサーであることを強く自覚しているからだろう。
2017年の大晦日の『紅白歌合戦』にはなんとか出場が決まったが、そこで歌われるのは、「Hero」と発表された。2016年のリオデジャネイロオリンピック&パラリンピックのNHKテーマソングなので順当ではある。また、安室が出演するのは会場となるNHKホールではなく、他の「メモリアルな場所」からの中継だと発表された。
<安室奈美恵「Hero」NHKオフィシャル・ミュージックビデオ>
歌謡曲やJ-POPの枠から飛び出した彼女にとって、それが妥協点だったことは十分に納得できる。
NHKホールのステージでは(番組の編成的にも)、コンサートなどでやってきたような彼女が望むパフォーマンスをすることは不可能だからだ。また、いつものようなパフォーマンスをその場で披露すると、「CAN YOU CELEBRATE?」の記憶で止まっている多くの視聴者には、おそらくかなり驚かれるだろう。つまり、場違いであることを自覚しているのだ。
もちろん現段階では『紅白』でどのようなパフォーマンスを披露するかはわからない。だが、なんにせよそれは『紅白歌合戦』は「お茶の間」に向けた彼女の最後の挨拶になるのだろう。そしてその内容には、安室のメッセージが込められているはずだ。
「これまでみなさんありがとう」なのか、それとも「いまの私はこんな感じです」なのか。
それをしっかりと噛みしめたいと思う。
松谷創一郎氏のプロフィール
まつたに・そういちろう。1974年生まれ、広島市出身。商業誌から社会学論文まで幅広く執筆。国内外各種企業のマーケティングリサーチも手がける。得意分野は、カルチャー全般、流行や社会現象分析、社会調査、映画やマンガ、テレビなどコンテンツビジネス業界について。現在、『先読み! 夕方ニュース』(NHKラジオ第1)にレギュラー出演中。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』、共著に『どこか〈問題化〉される若者たち』、『文化社会学の視座:のめりこむメディア文化とそこにある日常の文化』など。社会情報学修士。
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