出張に行った同僚が、帰国するなり言った。「スウェーデンは、誰も現金使ってない。現金を出すと観光客と一発でバレる」。
北欧をはじめ、世界で進むキャッシュレス。デンマークでは2016年末をもって、中央銀行がコインと紙幣をつくるのをやめた。
アジアにもその波は及んでいる。お隣の国・中国では物凄い勢いでキャッシュレス化が進み、屋台には、スマホで支払いを完了させるためのQRコードが並んでいる。
日本ではまだまだ"現金主義"が根強い印象もあるが、コンビニやファストフード店でのクレジットカード払いが進むなど、確実にその兆しは見えている。
キャッシュレス社会って本当にくるの? 現金ってそんなに不便?
現金を介さないで手軽に送金や割り勘ができる無料スマホアプリを提供するKyashの鷹取真一社長と、『マーケット感覚を身につけよう』などの著書で知られる社会派ブロガーのちきりんさんが語り合った。
■今さら聞けない「キャッシュレス」
ハフポスト編集部(以下「編集部」):ちきりんさんは、10年以上前の2005年から"現金廃止"を訴えていらっしゃいますが、最近ようやく世間でも「キャッシュレス」という言葉の存在感が増してきました。イマイチ理解しきれていない側面があるのですが、改めて定義するとどういったものなのでしょうか
ちきりんさん(以下「ちきりん」):キャッシュレスというのは「収入から支出まで、お札や硬貨など物理的な"お金"を一切見ない、触らない」という状態です。
私が働きはじめた頃は、中小企業など給料日に現金入りの封筒を配っているところがまだありましたけど、今はほとんど給与振り込みです。つまり「入り」については既にキャッシュレスが実現しています。問題は「出」の方。今でも安いランチなど、現金しか受け付けない飲食店はまだ多いし、スーパーマーケットでも現金で払ってる人がたくさんいます。
鷹取真一さん(以下「鷹取」):まだまだ現金しか使えない場面、ありますよね。私もキャッシュレス化を進めたいと思いながらも、緊急用で常に1万円〜2万円の現金を持っています。
ちきりん:タクシーもかなりクレジットカードが使えるようになりましたが、運転手さんによっては手続きにすごく時間がかかる。クレジットカード払いだとポイント還元率が下がってしまう家電量販店もまだ多い。こういう「現金で払ったほうが便利で得」な状況だと、キャッシュレス化はなかなか進みません。
鷹取:個人的な消費だけでなく、個人同士のお金のやりとりもキャッシュレス化した社会を実現したいと、私は考えています。キャッシュレスって、ライフスタイルそのものだと思うんですね。モノを買う、誰かとシェアする、そういった行為をもっと自由なものにしたいんです。
■もう不便なのはイヤ...。
ちきりん:日本は治安がいいので現金を持ち歩くことに不安がないんですよね。私の場合、ブログで「現金をなくそう」と提案したのは 12年前ですが、原体験はもっと前です。大学生時代にヨーロッパを旅行したんですが、当時は通貨がユーロに統一されておらず、国をまたぐたびに両替手数料をとられてどんどんお金が減っていく。貧乏旅行だったしカードも持たずに旅行してたので、すごくつらかった。
その後、アメリカの大学院に留学する際も、受験料などの振込で海外送金が必要になると、たった1万円の振り込みに手数料が2500円とか言われて・・・とにかく何度も現金の不便さを痛感していました。
鷹取:そうなんですよね。国境を越えると、どんどんお金が少なくなっていきますよね。自分の持っている価値は変わらないはずなのに。
Kyashアプリは、あらかじめクレジットカードと紐づけておくだけだけで、スマホから友人や家族にリアルタイムで送金することができるアプリなのですが、まさにグローバルなキャッシュレスの実現を重視して、VISAと提携しました。世界のどこでも決済ができるようにしています。
ちきりん:電子マネーも互換性のない形で、それぞれの国でキャッシュレス化が進むと、より不便になるんですよね。日本ではSuicaがあれば電車にも乗れ、買い物ができるところも増えてきましたが、海外に行ったらまったく使えない。各国に固有の電子マネーサービスがあり、各都市に固有の地下鉄アプリがある。これって旅行者にとっては現金より不便な状態で、なんで世界ってこんなに後退してるんだろうと、ちょっと絶望します。
■裏でつながる巨大な「全銀システム」...。
編集部:鷹取さんは以前、銀行にお勤めで、それこそ現金をしっかり数える側だったわけですよね。
鷹取:そうなんです。Kyashアプリでは、まさに銀行勤務時代に自分が「不便だな」と思っていたことを解決させたいと思っています。
先ほどちきりんさんのお話の中に、アメリカへの送金手数料が高すぎたという話が出ましたけど、銀行の振込システムってとても複雑なんですよね。それもあって、金曜日の15時を過ぎると、お金が届くのが翌週の月曜になってしまいますから。自分でお金を持って行った方が早いのではないかと思った時もあります。リアルタイム性が全くないんです。
ちきりん:たしかに。
鷹取:裏側に「全銀システム」という全国の銀行間の取引を一括するシステムがあって、重たいコスト構造になってしまっているんです。私は銀行に勤めていたので、なぜ15時までしか当日振込を受け付けられないか理解はしていたのですが、やっぱりユーザーにとっては不便ですよね。実現したいのは完全にリアルタイムな価値流動です。
編集部:そんな大規模なシステムで、裏で全部繋がってたんですね。
鷹取:例えば、皆さんATMで振り込む時も、毎回100円、200円と手数料がかかって高いなと感じていますよね。でもアレ、全銀システムを使っていることによって、銀行側にも同じぐらいのコストがかかっているんです。全然、手数料で儲けているわけじゃないんですよね。
現金は、物理的に形があるモノなので、扱うのにすごいコストがかかるんですよね。数えるだけですごいコストです。
私自身、現金が全てなくなれ、と思っている訳ではないし、もちろん今後も残っていくと思うのですが、お金が、個人レベルでも他人とのやりとりにおいても、もっと便利になるべきだと思っています。
■現金の10年後は?
編集部:グローバルで、リアルタイム性があるキャッシュレス社会が実現したら、現金は一体どうなっていくのでしょうか。
鷹取:現金を買ったりするようになるかも。お金のメインはデジタル、でも現金という形で必要な時に一時的に借りたり買ったりするイメージです。例えば、子どものお年玉を現金であげたい、とか。
ちきりん:物理的なお金は記念コインみたいになるのでは? オリンピックコインとか記念切手みたいな感じで(笑)。
あとは、非常時の備えですね。災害で広域に電気が止まってしまうと、クレジットカードも電子マネーも使えなくなってしまう。そういう時には現金が役立つと思います。つまりこれからの現金とは、非常用のバッグに水や簡易トイレと一緒に入れておくものになるんじゃないでしょうか。
鷹取:お金がデジタル化するとどんないいことがあるのか、国レベルでも議論されはじめています。やりとりの記録が残るようになることで、犯罪防止にもなり得ますし、政府が紙幣を廃止する可能性もあるかもしれません。
ちきりん:違法な武器や麻薬の売買、賄賂や脱税といった犯罪は、トレースが難しい現金で行われるのが常なので、キャッシュレス社会になればそういう犯罪の摘発にも役立ちます。今は犯罪取引にビットコインが使われるケースもありますが、規制が進めばトランザクションの記録が完全に残るビットコインで取引したい犯罪者はいないのでは(笑)? アングラマネーが顕在化すれば税収も増えますし、普通の人は現金がなくなって困ることなんて何もないですよ!
キャッシュレス社会により、消費行動はどのように変わっていくのかについての議論は、12月12日に後編で公開します。