男性がかわいいワンピースを着ても、いい。 性別や体型にとらわれない新ブランドの思い

「男女の垣根」をなくしたい、その思いで服を作る。
松村智世さん提供

ふんわりした、かわいらしいワンピース。

デザイナーの松村智世さんが作ったワンピースは、性別を問わず、「かわいい服を着たい」「既存のレディース服が入らない」と悩む人たちのために誕生した。

Makuake

デザインには目の錯覚(錯視)を引き起こす仕掛けがつまっており、肩幅がガッチリした男性でも、違和感なく着こなせる。そして体にもフィットして、着心地がいい。

アパレルメーカーを含め、セクシュアル・マイノリティーへの理解を広めようとする企業は増えた。それでも、男性の体に合わせた「かわいらしい」「女物」のデザインの服は、全然ない。松村さんは、この"不自由さ"をなくすためにブランドを立ち上げ、服を作りはじめた。

「『どんな服を着てもいいんだよ』っていう、そういう世の中を作りたい」。そう語る松村さんに、服づくりに込めた思いやこだわり、目指していることを聞いた。

 ◇

——松村さんは「性別や体型問わず、かわいい服を楽しんでほしい」というコンセプトを掲げ、ファッションブランド「blurorange(ブローレンヂ)」を立ち上げました。ブランドを立ち上げようと思ったきっかけを聞かせていただけますか。

私自身、もともとトランスジェンダーの傾向があって。10代の頃、ずっと男の子みたいな恰好をしてました。本気で男の子になりたいなって思っていた時期もあって、中学校のセーラー服やスカートも履きたくありませんでした。

小学校6年生の頃の松村さん。
小学校6年生の頃の松村さん。
Aya Ikuta

でも、いつの間にか、「女の子でもいいかな」「女の子の服もかわいいし」って受け入れられるようになって。多分高校2年生くらいかな。でも、それまではしんどかった。男の子の服を着たかったけれど、成長するにつれて、体型って変わってくるじゃないですか。

——胸も膨らんでくるし、丸みが出てきますよね。

中学生ぐらいの時だと思うんですけど、今までカッコよく着られた服が着られなくなっちゃって。「なんか違うんだよな」みたいな変なモヤモヤがありました。成長する体に慣れてきたというよりも、「女の子の服を着ないとしょうがないな」という感じでした。今は男女どちらの制服を着てもいいとか、いろいろと配慮されるようになったけど、当時はそんな空気はなかったし。

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そういう経験があって、高校を卒業してからオーダーメイドの紳士服の会社に入って、採寸したりスーツのデザインを決めたり、いろいろな仕事をしていました。でもそれもおもしろくなくなって...(笑)。レディース服のショップ販売員もして、そのあと結婚して、大学に通い始めました。心理学を勉強したくて大学に入ったんですけど、そこで学んだことが今にすごく繋がっていて。

——何がきっかけだったのでしょうか。

性同一性障害についての講義を受けた時に、衝撃を受けたんですね。

性同一性障害の男の子が主人公のビデオを見たんですけど。女の子になりたいけど戸籍を変えるには性別適合手術が必要だとか、いろんな葛藤が描かれていて、見終わると「うわ大変やな」ってなるじゃないですか。

けど、そのあとに教授が、「皆さんこれを見て、大変やと思いましたよね。でも、実際にこれを演じていた役者さんはかわいくて華奢な女の子です。もしこれが屈強な男性が演じていたらどう思いますか?」って聞いたんですよ。

「これはかわいらしい男の子が女の子になりたくて葛藤してる姿を描いていて、だから『大変だな、認めてあげたらいいのに』って思うだろうけど、実際にはこんな華奢な子ばっかりじゃないよ」って。「筋肉がめちゃくちゃついてるラグビー部員みたいな人でも、心は女の子で、女の子の服を着たい、女の子として認めてよって思っている人はいっぱいいる」って投げかけられて。それで講義は終わったんですけど。

それがもう、ずっとモヤモヤ残ってて。その時はすぐに答えは出なかったんですけど...何やろう。多分そういう人たちが生きにくいのって、服のサイズが合ってないんだろうなとも思ったんですよね。もともとアパレルやってたからっていうのもあると思うんですけど。

——松村さんが高校生の頃、 "女性"っぽい体型になるにつれて服をカッコよく着られなくなった、という話にも通じていますね。

そうなんです。やっぱり、大きな体でレディース服を着ようとしたらピッチピッチになるじゃないですか。それでちょっとおかしく見えちゃう。でもサイズが合っていたら、そんなに違和感はなくなるんじゃないかなと思ったんですよ。

その時、大学で認知心理学の講義も受けていて、「錯視」と呼ばれる目の錯覚について勉強していたんですけど、それがめちゃくちゃ面白くって。ある仕掛けを服に取り入れるだけで、見せたいように見せられる。それを服のデザインに入れたら、男の子を女の子に見せるようなことも可能になるんじゃないかなと思って。そうしたら、着る服で困っている人がかわいい服を堂々と着られるようになるかもしれないと思ったんです。

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——それがブローレンヂの発想になったんですね。

そうですね。

あと、その時に、ちょうど知り合いのトランスジェンダーに服の悩みについて聞いてみたこともあって。「肩幅足りないし、袖丈も足りないし、もうこればっかりはどうしようもできない。なんぼ痩せても骨縮まんし」って言われたんですよ。

ほんまそうなんですよね。レディース服の1番大きいサイズでも、肩幅は41から42cmなんですよ。でも日本人男性の肩幅って、平均45cmあるんです。全然違いますよね。しかも、若い女の子のおしゃれなブランドだと、肩幅のサイズ展開は38cmまでがほとんどです。

あと、男性は肋骨がハの字に広がっていて、ストンと真っすぐ落ちているからウエストにくびれがない。女性は内側にキュッて巻くようになっていて、くびれが出やすいんです。だから男性の骨格でレディース服をそのまま着ると、おさまりが悪いし、着心地も悪い。それどころか服そのものが入らないなんてこともざらにあります。

左が男性用のトルソー、右が女性用のトルソー。比べてみると、体型が全く違うことがわかる。
左が男性用のトルソー、右が女性用のトルソー。比べてみると、体型が全く違うことがわかる。
Makuake

——比べてみると、違いがわかります。そもそもレディース服のサイズが骨格、体型に合っていないから、着ても違和感が生まれてしまうんですね。

目の錯覚のおもしろいところでもあるんですけど、たかが何ミリ(mm)の差で、めっちゃ印象が違って見えたりするんですよ。その差がね、すごく大事なんです。

服になったらミリ単位とまではいかないですけど、数センチ(cm)でも全然違うんです。おしゃれな方って、いろいろな服を組み合わせて自分の体型をスタイルアップさせる技術を持っているじゃないですか。それもいいと思うんですけど、そうじゃなくて、そもそも服自体が体型に合っていて、スタイルアップできるようなデザインだったらいいなと思って。おしゃれするのが、うんと楽になりますよね。

 ◇

松村さんがデザインしたワンピースは、ブルーとピンクの2色展開。

ワンピースにあわせる「ひかえめガーリーカーディガン」の商品化を目指し、クラウドファンディングのプロジェクトを2017年9月下旬に立ち上げた。目標金額は30万円。多くの共感を呼び、たった5日で目標金額を達成した。

(クラウドファンディングサイト「Makuake」のプロジェクト⇒メンズサイズのかわいいお洋服ブランド / ひかえめガーリーカーディガンを商品化!

松村さんが作った「ひかえめガーリーカーディガン」(左)と一般的な製品(右)。着用例を比較すると、見ばえの違いがよくわかる。
松村さんが作った「ひかえめガーリーカーディガン」(左)と一般的な製品(右)。着用例を比較すると、見ばえの違いがよくわかる。
Makuake

——このワンピースには、どのような"仕掛け"があるのでしょうか。

例えば、お尻がふんわりするように、スカート部分にギャザーをいっぱい入れています。レディース服と比べると、使っている生地量はハンパなく多いです。

あとは、男性の方がウエストの位置が低いので、腰のリボンを縫いつけて、ウエストが高い位置でキュッて締まって見えるようにしています。これで胴長に見えなくなるんですね。

襟の部分も首が長く見えるように、ちょっとV字っぽくしてます。でもかわいく見せたいから、衿の外周は丸みを持たせたデザインにしている。

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——こだわりと仕掛けがつまってますね。

すごくこだわっています。

製造工場のパタンナーさんもね、ワンピースの背中部分につけるファスナーが「レディースのワンピースと同じだと長さが足りない」って教えてくれて。既成の最長規格が56cmって決まっているんですけど、男性の着丈だと足りないから、8cmぐらい長いファスナーを特注で作ってもらいました。せっかくやるなら、着脱しやすくて着心地のいいものを作りたいと思って。

Makuake

ワンピースとセットで作ったこのカーディガンも、男性が着たら肩幅を実際より狭く見せられるような比率で設計していて。少しショート丈で、袖丈は長くしていて男性でも手の甲が隠れるくらいの長さになっていて、萌え袖もできるんです。もちろん、袖口は少しだけキュッとなっているので手首で止めることもできます。クシュっとなってそれもかわいいです。

Makuake
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——追求していますね。実際にblurorangeの服を着た方からは、どういった声があがっていますか?

すごく嬉しかったのが、綺麗目のワンピースを着られなくてもう諦めていたという人から、「このワンピースに出会って、初めてキレイに服を着れた」って言われたことですね。やっててよかったと思いました。まだネットでしか販売していないから、なかなか直接声を聞けないので...Twitterとかで感想をもらったりすると、本当に嬉しいです。

——クラウドファンディングでは、プロジェクト立ち上げから5日で目標金額30万円を達成されました。

びっくりしました。こんなに望んでくれる人がいたんだなっていうことに、すごく感激しました。前例がないので、blurorangeみたいなブランドはすべてが手探りで。

レディース服を着たいけど、着られなくて困っている人がいる。それはわかっていたんですけど、じゃあその人たちはどういう商品を望むのかっていうのは、作って売ってみないとわからないので。こうやって反響があって、「間違っていなかったのかな」と思って、このまま突き進んでいこうって思いました。

 ◇

——Makuakeのプロジェクトページを見ていて気になったことなんですが、「トランスジェンダー」という言葉を一切使われていないですよね。このような言葉の選択には、どのような意図があるのでしょうか。

クラウドファンディングを始める前は、Twitterで「#トランスジェンダー」とか「#MTF」、「#女装子」とかいろんなハッシュタグを付けていたんですけど、なんというか...。区切ってしまうのがね、どうなんかなって、ちょっとモヤモヤしていて。

「トランスジェンダーのためのブランド」と銘打ってしまうと、結果的に当事者を苦しめることになる可能性もあるんじゃないかなって。私は、セクシュアル・マイノリティーの人たちを解放するために、もっと生きやすい社会にするために、そもそも「男女の垣根」を壊したいと思っているんです。

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潜在的に、例えトランスジェンダーじゃなくても、いつも「男性」として生活しているけど、かわいい服を着たい人って絶対にいると思うんですよ。そんな「どこにでもいる男性」が女物のデザインの服を着るのも全然アリですよね、そんな時代になったらいいなと思うんです。そうしたら、トランスジェンダーの方も"際立つ"ことがなくなるんじゃないかなと。もちろん本人たちが着たいと思う服のバリエーションも増えるだろうし。このブランドにはそういった役割を担ってほしいんです。

だから、そもそも「男」とか「女」とか言いたくなかった。でも、男性が着こなせる"女物のデザインの服"をメンズのトルソー(マネキン)を使って作っているということは事実なので、「メンズサイズ」だけは入れておかないといけないなって。だから「メンズサイズのかわいいお洋服」という表記にしました。そこも、「メンズサイズのレディース服」という表記にしたら、多分「ん?」ってなっちゃうかなとも思いました。どう伝えるか、すごく難しかったです。

Makuakeのプロジェクトページでは、「トランスジェンダー」や「女装子」などの言葉を使っていない。
Makuakeのプロジェクトページでは、「トランスジェンダー」や「女装子」などの言葉を使っていない。
Makuake

——私も、「男女の垣根」がなくなったらいいのにと思っています。今はLGBT、フェミニズムなど性的志向やジェンダーにまつわる課題がフォーカスされている時代でもあります。でも、いわゆる「マイノリティー」に注目が集まると同時に、「分断」も起きているなと感じるので。

LGBTという表記も、そもそもはいらないんじゃないかなと思うんです。なぜかというと、そこでもう1つの「垣根」ができてしまっているわけじゃないですか。「男、女、もう1つ(セクシュアル・マイノリティー)」みたいな。それって、おかしいですよね。とんねるずさんの「保毛尾田保毛男騒動」みたいに、 Twitter上で擁護派や反対派の争いも起きてる。

レインボープライドで旗を持ってパレードするのも、受け取る人によっては逆効果に働いてしまうこともあると思うんです。結果的にLGBTを「カテゴライズ」してしまうような行動になっている、という側面もあるんじゃないかなって。

「レインボープライド」は、セクシュアル・マイノリティーの人々が差別や偏見にさらされず前向きに生活できる社会の実現を訴えるイベント。
「レインボープライド」は、セクシュアル・マイノリティーの人々が差別や偏見にさらされず前向きに生活できる社会の実現を訴えるイベント。
Kim Kyung Hoon / Reuters

大前提として、LGBTの方々の人権を考えること、訴えることはもちろん大事だと思います。結婚の制度を変えたり保険証の名前を通名で使えるようにしたり、法律を変えるためには、やっぱり「誰が」訴えているか、名前をつけないといけないと思います。

そのためには「LGBT」という表記は必要で、だからそのくくりがあるけど、ジレンマを感じます。社会的に性やジェンダーの垣根をなくそうとなったら、逆に、LGBTみたいな表記はいらなくなるんですよ。すっごくややこしくて、答えが出ないなと感じています。

——すごく共感します。でも、やっぱり垣根はなくしていきたい。そのために、何をしていけばいいのでしょうか。

やっぱり、いろいろなサービスが整ってくることだと思います。それを考えた時に、私は、「服」が1番手っ取り早いと思うんですよね。

最近わかったんですけど、私は多分服を作りたいんじゃなくて、「どんな服を着てもいいんだよ」っていう、そういう世の中を作りたいんですよね。そんな世の中になるには、アパレルメーカーとかファッションブランドとか、いろんな企業が男性向けのかわいい服を作り出すところから始まるんじゃないかなと思って。

——確かに、いわゆるジェンダーレスなファッションは流行っていたりしますけど、女物のデザインでメンズ服を作っているところは全然ないですね。

例えば、LGBTフレンドリーなアパレル企業が、多様性を大事にするメッセージを世の中に発信しているけど、まず「もっと服を作ってほしい」って思うんです。なんでやらないんだろう、と思います。

アパレルがLGBTに理解を示すって言ったら、その人たちが求めている服を作るところやろ、ってめっちゃ単純な話です。

だけど、多くの企業はまだそれをできない。社会的なバッシングもあるかもしれないし、誰もやっていないことに足を入れるリスクがありますから。

——そうですね。多様性が大事というなら、売り出す商品からその改革は始められますよね。

だから、私が始めたブランドが軌道にのって成功すると、それが前例になって「うちもやりましょう」ってなるかもしれないなと。そうなるなら、私の商品がパクられたとしても全然かまわない。

そうなってほしいんですよ。もし大手のアパレルメーカーも入ってきたら、どんどんそういったブランドが増えていく。そういうところから「男女の垣根」ってなくなっていくんじゃないかな、と思う。

目指せ、そこですよね。本当に。そこまでもっていけたら、「ああ、やってよかった」ってほんまに感じられると思います。

松村さんに今後の取り組みについて聞くと、春夏シーズンに向けたコレクションの発表と、「リアル店舗を出したい」との目標を語ってくれた。男、女、LGBT...。そのボーダーがなくなる時を目指して、松村さんは服を作ることで、改革を起こしていく。

Aya Ikuta
Aya Ikuta

【松村智世さんプロフィール】

31歳。ファッションデザイナー/クリエーター。 幼い頃から男の子っぽい服が好きで、兄のお下がりを自分のサイズにリメークするなどハンドメイドを開始。  高校卒業後、紳士服店やレディースアパレルなどで働いた後、25歳で関西大学へ進み心理学を専攻。認知心理学や性同一性障害について学び、服のデザインに錯視(視覚による錯覚)を取り入れることを思いつく。大学卒業後、服飾専門学校で服作りの基礎を勉強。 2017年6月blurorange立ち上げ。現在に至る。

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