あなたは、夜間保育園を知っているだろうか。
24時間、開園していて、小さな子どもの保育をする。そんな保育園の存在を知ってどう思うだろうか。「夜は親が子どもの面倒を見るべき」「子どもがかわいそう」などと思う人もいるかもしれない。
認可の夜間保育園は全国に80ヵ所ある。9月30日からポレポレ東中野ほかで順次公開されるドキュメンタリー映画「夜間もやってる保育園」は、新宿・大久保にあるエイビイシイ保育園や全国の夜間保育園を通じて、様々な家族のかたちを描き出す。
なぜ夜間保育園を撮ったのですか? どうすれば子育てしやすい社会になると思いますか? 今年の春、育児休業を経て復職した筆者が、初孫が誕生したばかりの大宮浩一監督に聞いてみた。
「夜、ひとりで過ごしている子どもがいるかもしれない」「夜間もやってる保育園」より
——夜間保育園をテーマにした映画を撮ることになったのは、新宿・大久保にあるエイビイシイ保育園の片野清美園長から届いた一通の手紙がきっかけだったそうですね。
全然面識はなかったのですが、前に作った介護福祉の映画(「ただいま それぞれの居場所」)を見て気に入ってくださったようで。
手紙は、「夜間保育園という響きに、どうしても世間は色眼鏡があるんじゃないかと。でも、そんなことはない。本当に一生懸命働いてるお母さんお父さんたちが、たくさんいるんだということを、もっと知ってもらえないか」という主旨でしたね。
——夜間保育園、実際に見学されていかがでしたか?
お迎えがあるまでは、ずっと起きてなんらかの活動をしてるのかなと勝手に思ってたんですね。今となっては、なんでそんなこと思ったのかなと思うんだけども、本当にみんな規則正しく、ご飯を食べて風呂に入って、8時過ぎから9時の間には、もうみんなで休んでいた。
生活だな、と。
お父さんお母さんに代わって面倒を見て、もしかしたら一般の家庭よりも規則正しく生活している。今の時代に、なかなか都市圏では特に、6時7時にきちんとご飯を食べれるかといったら難しいところもあります。
家庭とは違うけども、規則正しく集団生活していて、面白いなと。
——映画の冒頭では、深夜の保育園で、みんなと布団を並べて眠る子どもたちの寝息や息づかいが耳に入ってきました。あのように編集された意図は?
本当に小さな命ですけども、息をして生きている。
幼い子どもが今、週に1.5人ぐらいのペースで大人に殺されてるわけです。ここ何年かの平均で、年間で60〜70人らい。数字が出てきている。
僕はあんまり社会派ではないんで、あまり直接的ではなくて。亡くなりこそしなくても、虐待を受けている子どもが多くいるこの時代に、一生懸命生きようとしている子どもたちの寝息を、僕は感じたし、お客さんに感じてほしいという意味で、あの寝息を使いました。
「どうしても、生活のために働かなければいけない」
「夜間もやってる保育園」より
——映画には、遅くまで働く親、ダブルワークするタイ人の家族、飲食店を経営する夫婦、スナックで働く北海道のシングルマザー......。様々な家族が描かれます。こんな家庭を撮りたいという考えはあったのでしょうか。
特にこういう家族が撮りたいというのはなく、結果としてこうなったわけですが、一点だけ、タイの方だけは、新宿の大久保、外国の方がすごく多いところで、その家庭が撮れたらいいなという希望はありました。
たどたどしい日本語で話すお母さんと保育士さんがいて、でも子供はすごい日本語が上手で。今後、(こういう家庭は)これから全国的に増えていくことだと思います。
——保育園には現代の日本が現れていますね。
本当に、子どもたちの方が、国籍とか人種的なことにはすごく無抵抗です。だんだん、数が増えて浸透していけば、昨今いろいろ言われているような、外国の人に対する態度も、また全然違っていくんじゃないかな。
——保育園にお迎えにくる親には、遅い時間まで働く公務員の女性の姿もありました。長時間労働の課題も垣間見えます。
国が働きかた改革といっていますが、働きかたまで決めてもらわないと、我々日本人は働けなくなってしまったのかなと。
ある程度、強制的に、残業も含めて、国としてのグランドデザインを描くのは、正しいのかもしれないんですが、本来であれば私たちが、法的にどうこうではなくて、自分がどう生きるか、自分がどう働くかということです。
——現実的には、働きたくても働けない待機児童の問題もあります。
国も行政も頑張ってると思うんですね。できることを限られた予算でやってると思うんです。ただ子どもの場合は、5年、10年計画でやっても、もう学校行っちゃったよと。
夜間保育園がある社会が、健全なのかどうかというところは、僕の中では(映画を)作る前も今でも、それは保留です。ただ必要としてるお母さんたちにとっては、今必要なんですね。
——その通りです。
長いスパンではやっていくことも大事なんですが、緊急の場合には、もしかしたら民間の力も必要ではないのかなと。
認可の夜間保育園の数は、全国で80カ所。認可外は約1800ヵ所(2015年)ある。それだけ需要があることなんですよ。でも、小学校に上がっても、お母さんお父さんが仕事で遅く帰ってくるんだったら、変わらない。
——たしかに保育と学童の問題は地続きです。エイビイシイ保育園では、園の隣の元タバコ屋さんの建物を学童にしていますね。保育園に通った子どもたちが、小学校に入学してからも学童に通っていました。
一等地で高かったでしょうに、本当に安く譲ってもらった。
地域の中で、頑張りが認められて、子どもたちの居場所が必要だなというところで、上からではなくて、本当に必要な場所から、まずは自分たちの工夫で自分たちのお金でやる。それに少しずつ、行政も理解を深めて助成していく。
整備やシステムって、本来そうでなきゃいけないと僕は思うんですね。
学童保育「エイビイシイ風の子クラブ」(東京都新宿区)
——なるほど。待機児童などの問題は、国や行政に主張するしか方法がないと思っていた部分もありますが、自らやる方法を模索するのも大切だと。
僕は、あんまりサラリーマンの経験がないんで分かんないですけど、制度として育児休業があったとして、お父さんもなるべく使うように呼びかけたとしても、現実はなかなか難しいですよね。
やはり、制度があったからではなくて、家族の中で必要だと思うお父さんは、自分で取得していく。それを理解できる上司、同僚、ひいては企業に自然となっていけば、上からの命令とは、(育休を取得する)結果は同じでも、意味合いが違ってきます。
——男性の育休取得ひとつでも主体性があるかどうかで、今後の社会が変わってくると。
新しい命を授かって、今まで通りのスタイルではできない部分も当然あるわけですよね。そのときどうするかは、ある程度は自分たちの主体性。それと、制度をうまく利用することです。
いろんな働きかたがあって、それをお互いが尊重しあえばいいわけじゃないかな、と思います。昼間だけで生活できる人が、夜働かなきゃいけない人に対して、どうこう言うのではなくて、お互い認め合うこと。
——映画では、エイビイシイ保育園の片野園長の肝っ玉母さんらしいキャラクターが伝わります。一方で、駆け落ちした過去も描かれていますね。
あれで少し、時代というんでしょうか、伝わったかなと思います。今、駆け落ちとかしないじゃないですか。もう死語ですよね。行方不明には、なかなかなれませんよね。
やっぱり聖人君主なんて、いないからこそできるんだと。
そういう人間臭さ、『アホな女でした』というぐらいのキャパを持った人間だからこそ、多少のことでは動じない。(保育園に通う)お母さんのことも、本当に親身になって話ができるんじゃないなと思いますね。
——大宮監督は今年、お孫さんが誕生されたそうですが、映画を撮ったことで、あらためて保育の意義など、何か感じたことはありましたか?
やっぱり僕が知ってる生き物の中では、多分、人間が一番、立ち上がったり、歩いたり、自分でものを食べたり。生きていく術を身につける、敵が襲ってきたら逃げる、逃げられるようになるまでの時間が圧倒的にかかるじゃないですか。
犬なんかすぐ走りますよね。猫だってすばしっこく走り回ってる。野良でも生きていける。人は無理じゃないですか。野良では生きていけない。そういう生き物なんですよ。だからそれまでは、大きな人が、なんからのフォローをしていく前提ですよね。
——大きな人たちが、子どもを支えていく。
本当に、歩くまで1年、食べるまで何年。そこを多くの人や、多くのシステムが、フォローアップしてくれたから僕らみんながいるんだよね。
いろいろあるけども、今ここにいる子どもたちをフォローアップすること、助けること守ることができない社会ではないとは信じたいですね。
——ベビーカー問題や飛行機での泣き声など、不寛容な社会になっているように思います。高齢者や赤ちゃんとの接点がない、世代間の交流というか多様性がないのが問題なのかなと思うのですが...。
それもちろん大きな要素だとは思いますけど、色んなことが同時に進んだ結果だと思うんですね。例えば今、個人情報みたいな言葉が普通にある。
——個人情報。
今、家庭訪問しない学校が増えてますよね。それは個人情報だからです。僕らはやっぱり家庭訪問の日っていうと、先生の後ろをみんなでついてって、ドカドカ人の家に上がって怒られて。みんなの家をそうやって知った。「でっけー家だな」とか、座敷があって「あ、おじいさんが寝てる」とか、それはもうできなくなった。
お年寄りも、「全国一律介護保険、1割でいい」という世の中になったときに、やっぱり関心を持つことが薄くなっても仕方がないんでしょうね。
お父さんが働いてて、お母さんがお家にいたら、お母さんは地域のことをお父さんに教えられますよね。今はもう一緒になって社会に出ていった。なんでしょう。地域の情報を家に持ってくる役割の人がいなくなってしまった。
——地域をつなぐ役割の人が、家庭にいない。
今、待機児童の問題で(騒音の)クレームがちょっと目立ってますけどね。保育園を作るとうるさいという批判は、多分昔から僕はあったと思うんですよ。自分が静かに暮らす権利があるのは正論じゃないですか。それを言われたら、たしかに権利はあるんですよ。
——そうですね。
介護施設を作る、障害者施設を作る。相模原の事件だってあんな山の中ですよ。あんな山の中じゃなきゃ作れない社会なんですよ。今に始まったことではなくて、昔からあったんじゃないかと思いますね。
子どもに対しては寛容じゃなくなったということはあると思うんです。なので、この映画は、もちろん当事者の方にも観てほしい。一方で、おじいさんおばあさんたちにも観てもらって、自分たちが子供の頃を思い出して欲しいんですよ。
——上の世代にも、子ども時代があった。
自分がどんなに愛されて、どんな環境で育てられて、今、桶の一歩手前まで生きて来られたか。それを思い出してくれたらば、少し寛容度が増すんじゃないのかな。僕もそうですけど、みんなひとりで大きくなったつもりでいるわけじゃないですか。
——本当にそうですね。最後の質問です。「夜間もやってる保育園」は、たしかに温かい物語ですが、やはり社会的なテーマを感じる作品です。先ほど大宮監督はご自身のことを「社会派ではない」と表現されていましたが、どんなことを大事に撮られているのでしょうか。
社会派って、映画が怒っちゃうんですよね。映画がエキサイトするじゃないですか。僕はそれが苦手というか。告発のため、というピンポイントの目的がある映像の必要性もあると思うんです。ただ映画というのは、もう少し幅があるべきだと思うんで、映画自体が怒っちゃいけない。
怒ってるみなさんに、少しトーンダウンしてもらって、一歩引いてもらって。保育園に入れなくて苦労しているお母さんたちの苦労は、作り手はわかっているんですが、そこと一緒に声を上げることではなくて。
——一歩引いて、一緒に考える。
難しいかもしれませんけども、本当に当事者の方、お父さんお母さん、とくにお母さんですか。自分もこれまで育ててもらって、(子どもが)保育園に入れないっていう現実を、受け止めざるをえない。
でも、その次にどうするか。本当にひとりで抱えない。誰かに言う。誰かというのは、大きな組織や行政ではなくて、身近にある援助を探せばいいと思う。
——身近な人に、助けを求めてみる。
(保育園には)入れないんですよ。入れないですけども、"片野園長"的な人はいると思うんです。それが、保育園という箱モノ行政じゃない、自分たちの地域から少しずつ始められるヒントになるかもしれないです。
——身にしみます。
緩やかな社会派なんで。