女性のパンツは誰が洗濯するのか問題、『男尊女子』の酒井順子さんと考える

「あと20、30年も経ったら、妻のパンツや娘のブラジャーを夫が洗濯するのも、当たり前のことになっていくと思う。そこに抵抗感を覚えるのは過渡期の人間の感覚なのかな、と思います」

「あと20、30年も経ったら、妻のパンツや娘のブラジャーを夫が洗濯するのも、当たり前のことになっていくと思う。そこに抵抗感を覚えるのは過渡期の人間の感覚なのかな、と思います」

新刊『男尊女子』で、日常に潜む女性の男女差別意識を炙り出したエッセイスト酒井順子さん。前編に続き、ワンオペ育児や介護問題にもつながっていく「男尊女子」の危うさについて話を聞いた。

(c)Kaori Sasagawa

女性のパンツは誰が洗濯するのか問題

――『男尊女子』に、「真の平等とは、自分のパンツを父親や夫に洗ってもらって当然、と思うことができる女性でないと、享受できないもの」という一節がありましたが、この問題は人によって意見が分かれそうですね。

男と女が並んで歩いていく。それが目指すべき理想の関係性だとは思いますが、「じゃあ一気に明日から並んで歩こう!」っていうのは実際難しい。本当の意味での男女平等は、じわじわと実現していくものなんじゃないかな、と。

女性のパンツを誰が洗濯して干すのか、という例をとるとそれがわかりやすいんですよ。昔の女性は自分の下着だけを別でこっそり洗って、人目のつかないところに干していたんですね。そこから家族全員の下着を一緒に洗濯機に放り込む時代になった。でも干すのはお母さんの担当でした。そういう時代を経て、今は夫が妻や娘の下着を洗濯して、干して、たたむまでする時代にだんだんなってきている。

――共働き家庭が増えた結果、男性が洗濯担当という家庭も今では珍しくないかもしれません。酒井さんご自身は、自分の下着を男性に洗濯されるのは抵抗がありますか?

私は最近、それを克服したんです。うちには同居人がいるんですが、となると洗濯してたたむのはどちらかの担当になりますよね。大昔は「それくらいは自分が」と思っていたんですが、「いや、男に平気でパンツをたたんでもらえるようになるべきでは?」と考えを改めて、意識を変えました。

(c)Kaori Sasagawa

担当編集:私は40代後半ですが、男性に自分の下着を洗われることには抵抗がありますね。女性のたしなみ的に、というかどうしても「イヤ」という気持ちが出てきてしまう。そんな繊細な下着をはいているとかじゃないんですけど(笑)、やっぱり別で洗ってしまいますね。

「シモの部分は女の役割」という意識がワンオペ育児に

――今の40代以上の女性は抵抗がある人が多いかもしれません。ただ、慣れによって少しずつ免疫がついていく、という声も聞きますね。

本当にじわじわと変わっていくものなんですよね。おそらく今まで介護を全部女性がやってきたのも、「シモの部分は女の役割」みたいな意識が強かったからじゃないでしょうか。

確かに、女のパンツは生々しいものですけれど、そこで萎えていたらもう何もできないのでは。少しずつでもそういった人間の生身の部分、生命に関わる部分にも、男の人が関わっていけるようにならないといけないんじゃないかな、と思います。

というか、「変えなきゃ」と無理に思わなくても、自然と変わっていくものだと思いますが。

――そういう伝統的価値観が、女性側が仕事をしながら家事や育児を一手に担う「ワンオペ育児」にもつながっているかもしれません。

ああ、そうですね。それと関係している本として、山崎ナオコーラさんの『母ではなくて、親になる』というエッセイを私はおすすめします。

女は子どもを産むと「子育ては女にしかできないこと」「母親の自覚をしっかり持って育てましょう」と言われがちですが、ナオコーラさんは、「母」の部分をさっくり切り取る、という思い切ったことをなさっていて。彼女は旦那さんより収入が上で、育児も家事もほぼ半々くらいでやっているみたいなんですね。ワンオペ育児で苦しんでいる人には参考になるのではないでしょうか。

独り立ちできている人同士でくっつけばいい

――「男のほうが収入は上であるべき」などの男性への重圧も、これからは変わっていくと思いますか?

40代以上の夫婦やカップルだと、妻のほうが高収入でもそのことを隠したり、目立たせないようにしたりする女性が目立ちます。

でも今の20代の女性たちが社会に出ていってからの十数年後には、「妻の高収入を自慢できる男性」がきっと増えていくのではないでしょうか。女性側の収入が高いことを、男女ともに負い目に思わなくていい。そういう時代にだんだん変わっていくと思いますね。

(c)Kaori Sasagawa

――今は共働き世帯の方が多いですね。

単純に、どちらかがどちらかに「頼り切る」生きかたって、色々な意味で危険だと思うんです。離婚すれば経済的に困窮してしまうかもしれないし、先立たれれば家事が何もできない人間が残されるかもしれない。

だから男性でも女性でも、独り立ちできている人同士でくっつくのが理想なのだと思います。お互い身の回りのことは自分でできて、経済的にも自立できている人同士で結婚なり交際なりをすれば、「誰のおかげでメシが食えているんだ」というような差別的な発言はなくなっていくのではないでしょうか。

「男尊女子」はモテの戦略として有効か?

――そうはいっても、「モテ」という文脈でみると、男女が対等な関係であることを目指す女性よりも、男を立てる「男尊女子」のほうが圧倒的にモテそうです。モテが恋愛や結婚に行き着くことを考えると、男尊女子のほうが有利な戦略なのでしょうか。

そこは若い世代にとっては難しいところでしょうね。10、20代の女子が「私は平等でいく!」と思っても、隣にいた献身的で無知なフリがかわいいタイプの子が好きな男子をかっさらっていったら、「やっぱりこっちのほうが得なんだ」と思ってしまいますよね。

ただ、その戦略が成功して結婚に結びついても、結婚生活をキープしていこうと思ったら、その男尊女子のフリを一生続けていかなければならないということ。それはかなりのストレスではないでしょうか。

――相手をつなぎとめる「擬態」が一生続くかもしれない。それも辛いですね。

でも先日、作家の山内マリコさんとお話したときに、「夫とはケンカも辞さない。むしろケンカが好きだ!」と彼女がおっしゃっていたんですね。それは山内さんのもともとの性格もあるのかもしれませんが、そんな風に「男性とちゃんと言い合える」女性も最近は増えてきているのかな、と感じています。

――じわじわと変わりつつある。

またパンツの話になってしまいますが、父親が娘のパンツを普通に洗っている家庭が私の身近に実際いるんですね。だから私たちの世代とはまた違う血と言うか価値観が、その娘さんには注入されているはずなんです。

彼女が大人になる頃には「男尊女卑ってなに?」という感覚が普通になるかもしれない。そんな風に男女平等の意識も、少しずつゆっくりと変わっていくんだろうと思います。

(取材・文 阿部花恵

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