企業のパワハラ問題が増えているようです。その中でも、一生懸命仕事をしているのにミスが多い、相手の説明が理解できない、相手の目を見て話せないなど、発達障害が疑われる社員、あるいはその直属の上司からの相談も少なくありません。そこで、今回は私がこれまで相談を受けてきた中で、印象に残った発達障害と疑われる社員のパワハラ事件を取り上げます。(産業カウンセラー 松岡 翠)
初めて、ご連絡申し上げます。
私は、○○会社、△△課の、A(男性)と申します。
実は、直属の上司である、B課長(男性)から、パワハラと思われる言動を受けています。
会社に来るのが憂鬱です。
目を見て、話すことができません。辛いです。
電話をしようと思いましたが、電話をする勇気がなかったので、メールにしました。
一度相談させてください。よろしくお願いします。
ウィークデーの午前中、私のパソコンにこんなメールが入りました。
私はいくつかの民間企業から委託を受けて、社員たちからハラスメントの相談を受けています。相談者のAさんが勤める会社は、従業員1000人以上のメーカー。Aさんは大学の理系学部を卒業してこの会社に入社して今年で2年目、現在は研究開発の部署で働いています。
メールの送り主のアドレスを確認すると、ドメインはgmailです。今は勤務時間中。そして、送られたメールの中に「会社に来るのが憂鬱です」の文言。
(今、会社にいるのね。でも、会社のメールは使っていない。スマートフォンから送信しているみたい。自分の席をちょっと離れて、職場の人の目の届かないところから送っているようね)――そんなことが容易に想像されます。きちんと会社名、部署名、フルネームを名乗り、無駄のないわかりやすい文章。きっとこの人は、頭が良くて、真面目な人に違いありません。しかし「目を見て、話すことができません。辛いです」の、少しばかり唐突な文言が気になります。
メールでは流暢な文章でも電話での会話はたどたどしく...
早速、「ご連絡いただきありがとうございます。私は相談員の松岡と申します。お辛い状況にあるようですね。一度、お電話にてお話を伺いたいのですが、いかがでしょうか。Aさんのご意向をお聞かせください」と、返信。AさんからすぐにOKのメールが届き、今度は電話で相談を受けることになりました。
電話でAさんの話を聞くと、メールの時と少しばかり違う印象です。
Aさん「課長が、職場のエアコンの温度設定について、クレームを言うんです」
松岡「誰に言うんですか?」
Aさん「私に...」
松岡「温度設定についてのクレームをAさんに言うんですね」
Aさん「あっ、はい。私ばかりにです」
松岡「Aさんばかりに?他の人には言わないんですか?」
こんな具合です。メールでは実に流暢な文章だったのに、電話での会話となると、そうではありません。彼の言いたいことを理解するには、かなり丁寧なやりとりが必要になります。Aさんのペースに合わせて傾聴していくと、課長から「Aくんは、人の話をきちんと聞かない」と度々言われる、という話に行きつきました。
課長が言うには、「相手の目を見て、話をしない。話を聞かない」のだそうです。数日前も会議室に連れていかれ、課長と2人きりで小一時間も「目を見て話せ」と説教されたそうです。しかしAさんは、相手の目を見て会話することができないし、そうしようと頑張ると呼吸が苦しくなって、せき込んでしまい、倒れそうになってしまうのだそうです。
冒頭のメールにあった「目を見て、話すことができません。辛いです」は、ここにつながりました。
発達障害はどんな病気か?
"発達障害"――そんな言葉が私の頭をよぎりました。発達障害は、脳機能に偏りがあることで引き起こされる生まれつきの病気のことで、自閉症(高機能自閉症を含む)、ADHD(注意欠如多動性障害)、LD(学習障害)などがあり、アスペルガー症候群も発達障害と呼ばれる病気の一つです(*)。
*発達障害に関する内容は明確な定義がないため、書かれている内容が人によって一部異なること、ご了承ください。
また、NHKスペシャル「発達障害~解明される未知の世界~」(2017年5月21日放送) のホームページには、「生まれつき、独特の『世界の見え方・聞こえ方』をしているケースが多いことがわかってきた」とあります。
私もこのNHKの番組を観ましたが、健常者には何の変哲もなく見えているものが、とても眩しく見えたり、ストレスなく聴き取れる人の話し声が、多くの雑音に紛れて聴き取ることが困難だそうで、発達障害の人の見え方、聞こえ方を映像と音声で再現しています。
おそらくAさんの「目を見て、話すことができません。辛いです」もこれだったのでしょう。他にも、私と電話で話をした時もそうだったように、口頭で話を上手く伝えられないなどということもあるでしょう。それが原因となって、職場内で「言った言わない」「聞いた聞かない」などの、トラブルが発生することも想像できます。
こうした特性について知識のないB課長は、「話をする時に相手の目を見るのは、社会人のマナーの基本」と、普通なら当然の指導をしました。しかしAさんにとって、その指導は耐え難いものだったということです。
ちなみに、Aさんに「私とのやりとりは、電話とメールのどちらがよいですか?」と質問したところ、Aさんは「メールの方がよい」と答えました。Aさんの場合、会話よりも文字の方がコミュニケーションがとりやすい、ということでしょう。
最近、このような、発達障害の傾向を感じさせる相談が増えています。被害を訴える人に、あるいは、加害者とされる人に発達障害が疑われる、というケースです。
そして、B課長のような立場からすると、お互いの意思疎通が上手くいかないのは、コミュニケーション不足が原因とばかりに、従来と同じ手法でコミュニケーションをより多くとろうとする方向に進みます。Aさんのような人にとっては今までだってコミュニケーションに苦痛を伴っていたのに、それがさらに多くなるのですから、耐え難いものになり、ハラスメントという訴えに至ってしまいます。
コミュニケーションが上手くいかなければ相手に合わせて方法を変えてみる
「コミュニケーションが上手くいかないのは、それが不足しているのではなく、コミュニケーションの方法が合っていないのだ」と私は考えます。ですから、コミュニケーションの方法を相手に合わせて柔軟に変えてみる、そこに、このようなハラスメント被害をなくしていくヒントがあると思います。
本ケースでは、Aさんに少しばかり"うつ"を疑わせるような症状が見られたことと、発達障害も気になったため、会社はAさんにメンタルクリニックを受診してもらったそうです。B課長には上司である部長も同席のもと、人事部長より今回のAさんからの訴えについて説明し、Aさんの場合は、口頭よりメールなどの文字ツールでコミュニケーションをとりながら、長所を伸ばすようなマネジメントをしてほしい旨、指導したとの報告がありました。
加えて、最近、同社ではAさん以外にもこのような相談が増えていることから、近々全管理職に向けて、発達障害の傾向を持つ部下指導について、正しい理解を促す研修会を実施する予定とのことです。
パワハラの加害者像というと、悪意に満ちた、いやな上司を思い浮かべる人も多いでしょう。しかし、誰も悪くはない、みんながいい人という中で起きてしまうこともあります。もし、起きてしまえば、被害者本人にとっても、指導する上司にとっても、会社にとっても、三者三様とても残念なことです。
とはいえ、すでに発達障害者のための取り組みをし、効果が現われている企業は問題ないかもしれませんが、中にはどういうふうに接して、どんな対策をしたらいいのか、悩まれている企業担当者もいるかもしれません。症状は一人ひとり異なるため、産業医に相談しながら個別対応をしなくてはならないでしょう。発達障害の社員とどう接し、能力を発揮させる方法としては、厚生労働省の「発達障害のある人の雇用管理マニュアル」に「発達障害と思われる社員への対応」や「様々な職場で働く発達障害のある人の事例」などが出ているので参考にしてみてはいかがでしょうか。
参考文献:加藤進昌著『大人のアスペルガー症候群』(講談社)
※本稿は実際の事例に基づいて構成していますが、プライバシー保護のため社名や個人名は全て仮名とし、一部に脚色を施しています。ご了承ください。
(松岡 翠:産業カウンセラー)
【ダイヤモンド・オンラインの関連記事】