老舗レコード会社、下北沢で本気のコンビニ開業。そこには"カルチャー愛"があふれていた

老舗の音楽レーベル「P-VINE」が、下北沢に"こだわり"が詰まったコンビニをオープンした。なぜ、コンビニなのか?

東京都・小田急線沿いの下北沢駅といえば、どんなイメージが浮かぶだろう?

ヴィレヴァン、本多劇場、ライブハウス、古着…映画『モテキ』の舞台にもなった下北沢に、“サブカルの聖地”というイメージを持っている人は多いはずだ。

しかしここ数年で、駅の改良工事も進み、下北沢の風景は少し変わった。古着屋やライブハウスは減り、パンケーキ屋さんが増えた。

そんな下北沢で2017年5月9日、西口から徒歩3分ほど歩いた住宅街の一角に、とても素敵なコンビニがオープンした。店名は『nu-STAND(ニュースタンド)』。開業したのは、老舗レコード会社のPヴァイン(P-VINE, Inc.)だ。

P-VINEは、エルモア・ジェイムスなどのブルースミュージシャンから日本のロックバンド、オウガ・ユー・アスホールなど、洋楽・邦楽問わずコアな音楽ファンを唸らすアーティスト作品を世に出してきた、伝統あるレーベルだ。そんな老舗レコード会社が、なぜ今、コンビニをやるのか?

P-VINEの社長・水谷聡男さんと、『nu-STAND』の店長・前田裕司さんを訪ねた。

店長・前田裕司さん(左)、P-VINEの社長・水谷聡男さん(右)

水谷社長は、1975年の設立から40周年を迎えた2015年ごろから、新規事業の計画を立てていた。

「音楽だけじゃないよね、っていうのが、P-VINEが抱える数年間のテーマでした。

うちは『ele-king』という雑誌媒体もやっていますが、音楽以外の書籍も出していることもあり、カルチャー全般をマーケットとして捉えてビジネスを展開していきたいとずっと思っていたんです。会社の雰囲気が少し変わるような、新しいことをやりたかった」

近年、ファッションブランドがカフェ運営といった飲食産業に参入するケースも増えてきた。しかし、カフェやダイニングバーなどのお店はピンとこなかったという。

「すぐに飲食店が思いついたんですが、カフェとかライブスペースみたいなものは『ちょっと違うな』と思っていました。P-VINEの音楽を聴いていない層にも、うちが持つカルチャーを知ってもらいたいと思ってずっとやっています。それでも、どこか尖ったことをやっていきたいというバランスを大事にしている会社なんです。

ポップ・ミュージックをやるにしても、オルタナティブみたいな、ちょっとP-VINEらしいポップ・ミュージックを出していくということを意識している。うちのお客さんではない層、それこそおじいちゃんやおばあちゃん世代に、P-VINEらしい形で何か表現をして、商売ができないかなと思っていました。

そう考えると、やっぱりライブスペースでも、カフェでも飲み屋でもなかったんですよね。そんな時に出てきたのが、コンビニでした」

誰にとっても身近な存在であるコンビニだが、P-VINEのスタイルを貫くために、既存のコンビニではありえないことをやると決めたという。店頭に置く商品も店の内装も、すべて社内のメンバーで考えた。

大きな挑戦のひとつが、お弁当だ。『nu-STAND』で買えるお弁当はすべて店内で調理しており、店頭には安全・安心に徹底的にこだわったお惣菜が20種類ほど並んでいる。

サラダバーも常設しており、お弁当には添加物を一切使っていない。自慢のコロッケはじゃがいもをつぶすところから作っているという。

好きな総菜を3つ選んで、ご飯が付く。このクオリティーで、値段は650円だ。

「コンビニ価格で提供したいから、すごくギリギリですが、頑張ってやっています」。水谷社長の“本気度”が、ひしひしと伝わってきた。

自家製のパストラミ。ご飯にのせる“オン・ザ・ライス”やサンドウィッチを販売中で、量り売りもしている。

商品が並ぶ「棚」にもこだわりが詰まっている。

「普通のコンビニにあるようなスタンダードなものも棚に置いていきますけど、それとは別に、うちらしい、オルタナティブな商品を置いていきたいと思っています」

「それこそ、全国に流通していないようなめずらしいもの、地方の食品やちょっと変わったお菓子だったり。例えばカップ麺ひとつとっても、地方にはおもしろいカップ麺があるでしょうし。今あるようなコンビニとは違うラインナップを揃えていきたいと思っています」

コカ・コーラひとつとっても、お店に並べるのはペットボトルのコーラではなく、瓶のクラシックコークだ。

沖縄・石垣島の農家さんからもらったパイナップルをスムージーにして販売するという、普通のコンビニではできないようなことにもチャレンジしている。

P-VINEのオフィスは渋谷区にある。渋谷も独自のカルチャーが存在する街だが、記念すべき1号店の場所には下北沢を選んだ。

「お店には、本当に幅広い層のお客さんに来ていただいています。おじいちゃんおばあちゃんから子連れの方、独身で住んでいる方…。週末は、下北沢に遊びに来た若者が、駅周辺をブラブラしている間に寄ってくれる。ギターを背負ったバンドマンも来てくれますね」(店長の前田さん)

水谷社長によると、下北沢には、「一番街」や「鈴なり横丁」に代表されるような昔ながらのレトロな空間と、今ドキのカフェなど新しいカルチャーが混在する“雑多感”があるという。

「下北沢には日常感があるというか、近所の地元感がある。渋谷の街には、あまりそういう雰囲気はありません。おじいちゃんおばあちゃんがいるような"日常感"と、古着屋が並ぶような"カルチャー感"がバランス良くあるのが、下北沢だなと。

下北沢といっても、エリアでいうと、南口だと“日常”というよりは、“街”じゃないですか。かと言って、住宅街に入り込みすぎちゃうとカルチャー感がなくなってしまう。西口方面の、駅からちょっと離れた、住宅街にほど近いエリアがベストでした」

下北沢の「一番街」。

"雑多感"を感じるお店が、下北沢にはたくさんある。

もちろん、コンビニ業が軌道にのりたくさんお客さんが来て、それで成功で終わるわけではない。コンビニを拠点として、P-VINEのブランドやカルチャーを伝えていくことが大事だという。

「『nu-STAND』は、お弁当や商品の販売エリアとイートインスペースが分かれています。商品が並ぶ店内だと難しいですが、別の空間を設けることによって、イベントもやりやすい。

イートインスペースでうちのカルチャーを伝えるような『ele-king』のトークショーだったり、クラフトビールの試飲会など、食品・飲料メーカーさんと一緒にイベントをやったりしたいなと思っています」

7月28日にはイートインスペースで、動画配信サービス「AbemaFRESH!」で放送している番組『7INC TREE』を収録した。

「基本的には、P-VINEは音楽中心の会社です。でも、積極的に違う分野にもチャレンジしていきたいし、絶対にあるのは自分たちの“感性”、つまりオルタナティブであること。これを貫いていくことは絶対に曲げずにやっていきたいなと思っています」

2018年にかけて、下北沢駅は大きく変わる。複々線化が完了し、駅舎には商業施設を置く。完成予想図には、とてもスタイリッシュで“綺麗“なイメージが並ぶ。

時代とともに、街の風景は変わる。新しいものも増えていく。

けれどP-VINEが手がける『nu-STAND』のように、カルチャーへの愛と熱量がみなぎるお店は、なくならないでほしい。下北沢の"雑多感"に同じく魅力を感じる者として、しみじみと思った。

■店舗情報

住所  :〒155-0033 東京都世田谷区代田 6-7-24 ルミナス 24 1F-A、1F-C

最寄駅 :小田急/京王井の頭線・下北沢駅西口から徒歩3分

電話番号:03-5738-0251

営業時間:7:00~23:00、年中無休

URL  :http://nu-stand.jp/

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