東日本大震災と原発事故で被災した福島県の南相馬市など相双地区(沿岸部)で、乳がん患者の受診が遅れる割合が震災後に増加しているという調査を南相馬市立総合病院の尾崎章彦医師らの研究チームがまとめた。
受診が遅れると、病気の進行度合いや死亡率に深刻な影響を与える可能性がある。
震災直後に胸のしこり発見した女性、診断まで3年3カ月
研究チームは2014年7月に福島県南相馬市立総合病院を受診した、とある59歳の女性の病気や家族環境についての聞き取り調査をMedicine誌で報告している。
この女性は、震災直後の2011年4月には、右胸のしこりを自覚していた。しかし、女性が南相馬市立病院を受診したのはそれから3年3カ月後だった。同病院での精密検査の結果、ステージ3Bの進行性乳がんと診断された。現在は治療の結果、再発なく過ごせているという。
女性は、2012年9月以降、かかりつけ医に対しては何度か右胸の痛みを相談していたが、診断がつかなかった。相談できる人もいなかったという。
女性は夫と死別し、震災前から一人暮らしをしていた。しかし、同じ南相馬市内に住んでいた娘家族が度々訪問していた。
自身はその場にとどまったが、娘家族は放射線被曝を恐れて80キロ離れた場所に避難していた。その他、相談できそうな友人たちも避難してしまった。避難で苦労している友人や家族に対して、女性は相談することがはばかられ、社会的孤立状態に陥っていたという。
これは一人の女性の経験だが、地域の患者219人を対象にした調査でも、震災と原発事故が間接的に乳がん患者に与えた影響について、その一端が明らかになっている。
受診まで3カ月遅れた乳がん患者は1.7倍、1年遅れた人は4.5倍
尾崎医師らのチームでは、2005〜2016年に症状を自覚して、同病院もしくは近隣の渡辺病院を受診した乳がん患者219人(震災前の受診者122人、震災後97人)を対象とした調査も実施し、BMC Cancerに掲載された。平均年齢は60歳以上だった。
調査の結果、症状を自覚してから受診まで3カ月以上遅れた人が、震災前後の比較で18%から29.9%へと1.7倍に増加(年齢調整リスク比)していた。また、1年以上遅れた人は4.1%から18.6%へと、4.5倍(同)に増えていた。
また、12カ月以上遅れた人は、2012年〜13年にかけて22.7%とピークを迎えたが、その後2014〜15年も22.2%、2015〜16年も21.7%と高い水準だった。
震災直後の混乱から比較的落ち着いた時期になっても、高い水準を保っていることがわかる。
受診遅れ、なぜ発生?
研究チームでは、受診の遅れがなぜ発生したかについても分析している。その結果、震災後に受診が遅れた患者は、子どもとの同居が少ない傾向にあることがわかった。パートナーとの同居の有無とは関係がなかった。
調査では、受診が3カ月、1年遅れた患者は、同居している家族の人数の中間値は、それぞれ1人だった。一方、受診の遅れがない患者の中央値は2人だった。
3カ月、1年と受診が遅れた患者は、そうでない患者と比較して子どもと同居している割合が低かった。
研究グループでは、「この結果は、震災後の避難で若者が大幅に減少した福島県の相双地区(沿岸部)では非常に重大な問題。医療者の力だけでは限界があり、地域の住民や行政の力を借りながら必要な対策を進める必要性がある」と指摘している。
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