入門モデルで2200万円、F1発祥のスーパーカー「マクラーレン」が強気な理由とは?

「ハイエンドのスーパーカー市場として、日本には非常に大きなポテンシャルがある」(マクラーレンのジョリオン・ナッシュ・エグゼクティブディレクター)
冨岡耕 / 東洋経済
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「ハイエンドのスーパーカー市場として、日本には非常に大きなポテンシャルがある」

英マクラーレン・オートモーティブは、世界最高峰の自動車レース「フォーミュラ1(F1)」のレーシングチームを発祥とする高級スーパーカーメーカーだ。このほど来日した営業・マーケティングを統括するジョリオン・ナッシュ・エグゼクティブディレクターは、日本市場への並々ならぬ期待を口にした。

F1参戦から50年を経て市販車へ進出

F1チームは1960年代に発足したが、マクラーレンがロードカー(市販車)に参入したのは、意外にも最近の2011年。価格が2000万円を超える超高級車ばかりで規模は小さいものの、いま販売台数が急増している。2016年は世界全体で約3300台と前年比で倍増。スーパーカー市場で存在感を高めている。

日本国内に目を向けると、2016年の販売台数は179台とこちらも前年比倍増となった。今後はさらに伸ばす考えで、この6月には東京、大阪、福岡に次いで名古屋にショールームとサービスセンターを新たに開いた。近い将来には、第5の拠点も考えているという。

東京・赤坂にある「マクラーレン東京」の店舗。洗練された内装が印象的だ(記者撮影)

「日本市場は最重要マーケットの一つだ」。ナッシュ氏はそう断言する。世界30カ国以上で展開する中、日本の販売台数は米国、英国、中国に次いで4番目の規模にある。

「販売台数もさることながら、日本でもっと重要なのが顧客の質だ。日本の顧客は世界で最も厳しい目を持っており、車の品質に関してはつねに完璧を求めている。われわれは日本を指標にしており、日本で成功すれば、ほかの国でも成功できる可能性を高められる」(ナッシュ氏)

その理由は、日本の顧客の性質にある。「競合のスーパーカーメーカーに比べ、マクラーレンの顧客には運転すること自体が好きな人が多い。特に日本は世界の中でもその傾向が強い」のだという。

こうした顧客の特性がマクラーレンにマッチする。ナッシュ氏は、「マクラーレンはドライバーの運転体験を中心に据えて車を開発している。ほかのブランドは体験よりも内外装などの見た目を重視するが、マクラーレンはまず運転ありきだ」と説明する。

運転体験を重視する姿勢は、マクラーレンが主催するオーナー向けイベント「トラック・デイ・ジャパン」にも表れている。富士スピードウェイで毎年開催されており、昨年はオーナーたちの愛車70台以上が集結してサーキットを走った。

レーシングカンパニーとして50年の歴史があるマクラーレンは、たとえ市販車であっても、軽量、ハイパフォーマンス、スポーティにこだわるということは変わらない。「この哲学は妥協するつもりはない」(ナッシュ氏)。

マクラーレンの特徴の一つである「ディヘドラルドア」(記者撮影)

そうしたこだわりを実現するために重要なのが、車の重心位置だ。2人乗りスーパーカーであるマクラーレンの車は、座席のすぐ後ろにエンジンを載せるミッドシップ型。シートポジションもできるだけセンター寄りにするなど、車の中心に重心を置き、走行安定性を高めた。

こうした座席でも乗り降りがしやすいよう、通常のヒンジを使ったドアではなく、ディヘドラルドア(通称バタフライドア)を採用している。

最近は独ポルシェや伊ランボルギーニ、伊マセラティなどの競合スーパーカーメーカーが、世界的に人気の高いSUV(多目的スポーツ車)や、2シーターだけでなく4シーターへと商品群を広げている。価格もこれまでのモデルより手頃になった。こうした戦略が奏功し、高級車ブランドを以前より街で見掛けるようになった。

生産台数は「多くても年間5000台」

だが、マクラーレンは一線を画す考えを強調する。「台数を追うのは利益を出すうえで意味があるが、残念ながらブランドを希薄化させる。それは業界全体のリスクにもなる」とナッシュ氏は警鐘を鳴らす。

「SUVは軽量のスポーツカーといえず、われわれが手掛けることはない。マクラーレンは、エクスクルーシブでなければならない。希少性や独自性をつねに保つ。客もそれを求めている。駐車場がマクラーレンだらけというのは誰も求めていない」

なぜそこまで強気になれるのか。それは市販車に参入してわずか3年で黒字化を果たしたからだ。現在は年間1600~1700台を販売できれば利益が出る状態だという。昨年の生産台数は約3300台だったが、「今後2~3年で4500台、最大でも5000台に抑える」。希少性を維持するために、ナッシュ氏は生産自体を制限する考えを示した。

一方で、新製品の開発スピードも緩めない。開発投資額は2015年に利益の30%に上ったが、今後も利益の20~25%という高い水準の開発費を投じることで、新車を市場に出していく考えだ。「しっかり投資するから良い製品ができて、良い製品ができるから売れて、売れるから投資ができるという好循環にある。あえてSUVで利益を狙いに行く必要がない」(ナッシュ氏)。

マクラーレンで営業・マーケティングを統括するジョリオン・ナッシュ氏(記者撮影)

さらにマクラーレンの特徴に挙げられるのが、オーナーの平均年齢だ。同社の場合は40代半ばから後半が中心で、客の高齢化に悩むほかのスーパーカーブランドよりも若い。

その理由についてナッシュ氏は、若い会社であること、伝統的メーカーでないこと、そしてテクノロジー主導で製品開発していることを挙げる。「若い人は特にイノベーションやテクノロジーに興味がある。たとえば、われわれはカーボンファイバー(炭素繊維)のスペシャリストだ。超強硬度で超軽量の素材で車を軽くするほど、サーキットパフォーマンスは良くなる」と自信を見せる。

エントリーモデルが躍進を支えた

マクラーレンは現在3つの車種のシリーズを展開している。中でも昨年台数を躍進させた立役者が、入門モデルに位置づける「スポーツシリーズ」だ。同シリーズはマクラーレンを初めて購入する顧客が75~80%を占めており、まさに狙いどおりといえる。

入門モデル「540C」の一つは、現在商談中だった(記者撮影)

ただ入門といっても、いちばん廉価な「540C(ファイブ・フォーティーC)」でも約2200万円と超高額だ。「もしほかのセグメントに参入するとしてもスポーツシリーズの価格を下回ることはない」とナッシュ氏。あくまでブランド価値を毀損するような価格設定はしないという姿勢を強調する。

スポーツシリーズの上に位置するのが、マクラーレンの中核モデル「スーパーシリーズ」だ。今年3月に発表した720馬力を発揮する新型車「720S(セブン・トゥエンティーS)」(価格は約3338万円~)は納車がすでに1年以上先という人気ぶり。こちらも新規客が多いという。

そして最上位のスーパーカーが、「アルティメットシリーズ」だ。同シリーズの「P1」は2013年に発表され、375台限定で販売された。さまざまなレーシングテクノロジーと3.8リッターV型8気筒ツインターボエンジンを搭載。"サーキットに最も近いロードカー"と称された。販売価格は実に86万ポンド(約1億2285万円)。現在は28台のP1が、日本のオーナーに渡っている。

F1から市販車へと"戦いの場"を広げてからまだ日が浅いマクラーレンだが、唯一無二のポジションを確立することはできるか。挑戦はまだ始まったばかりだ。

(冨岡 耕:東洋経済 記者)

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