居酒屋のカウンターに、仕事終わりの若い女性がひとり。一日の終わりに、うまい酒とつまみに舌鼓を打ち、そして思わず「ぷしゅ〜」と嘆息...。黙々と「ひとり酒」を楽しむ女性の姿を描いた話題の漫画『ワカコ酒』。
2011年に連載が始まった同作は、アニメや実写ドラマになるほどの人気に。中には「『孤独のグルメ』の女性版」と評する人もいるようだ。しかし、作者の新久千映さんは、『ワカコ酒』の根底には「10代の頃に悟った幸福論がある」と語る。
女性の「ひとり酒」を描いた毎週4ページの原稿には、どんな思いが込められているのか。『ワカコ酒』誕生の経緯や「内向的」だと語る自身の人生観について聞いた。
料理を描く時のポイントは「食感」と「温度」
——2011年に始まった『ワカコ酒』ですが、いまや新久さんの代表作となりましたね。
当時は読み切りくらいしかお仕事がなかったのですが、編集さんとたまにお酒をご一緒することがあったんです。
お酒を飲みながら、編集さんから「何か連載企画をたてましょうか?」とお話をいただいたのですが、その時に「新久さんってお酒好きですよね?お酒の漫画はどうですか?」と言ってもらったところから始まりました。
「女の子がひとりで飲む作品っていうのは、今までになかったよね」と話が広がり、そこから段々と形になっていきました。
——主人公のワカコの顔って、新久さんのお顔と似ているような...。
はい、よく言われます(笑)。もともとは、もっと違う顔にしようと思って色々と描いていたんですけど、どれもしっくりいかなくて...。担当さんに相談したら、「いやもう、新久さんの自画像でいいんじゃないですか」って言ってくれて...(笑)。
そうしたら、「この人は口をきかないで、淡々と、黙々と食べる人だな」とか「ちょっとマニアックな語り口」だなとか、すごくキャラクターが固まっていった。ポッと自分の顔のピースをはめてみたら、キャラが上手くはまったという感じでした。
——「ワカコ酒」ではお酒はもちろん、料理も美味しく描かれています。おつまみも、どれも「しずる感」(食べ物のみずみずしさ)が出ていて、とても美味しそうです。料理を描く時に工夫しているところはありますか。
珍しいことではないかもしれないですが、「自分で食べたことがあるもの」を描くのが大前提です。やはり味を知らないと上手に書けないので。
あとは「食感」ですね。「固いのか、柔らかいのか」「熱いのか、冷たいのか」「火が通っているのか、生なのか」。そういう要素がうまく出るように考えています。スクリーントーンも、生モノではグラデーションを使ったり、油っぽいものはテカテカ感を大事にしたりと工夫しています。
それと、大事にしているのは「湯気」の描写ですね。これを入れるとすごく「しずる感」が出る。食感と温度、そのあたりが出るといいなって考えています。
「料理は食べるだけでなく、作るところから楽しみがある」
——夜中に読むと、お腹が空いてきます...。作品には色々なお店が出てきますが、実在するお店をモデルにしているのでしょうか。
ほとんど実在のお店をモデルに描いています。名前を出しているガイドブックとは違うので、ちょっと店内のレイアウトを変えていることもありますが。ほぼ実際に行っているお店です。いま私が住んでいる広島のお店が多いですね。
取材は、ひとりで行くことが多いです。ひとりで飲むことは好きなので。でも、ひとりで「取材に行くぞ!」っていう日もあれば、誰かと飲みに行ったついでに写真を撮らせていただくこともあります。もちろん、取材抜きで普通に飲むこともありますよ(笑)。
——主人公のワカコは、外で飲むこともあれば、お家でおつまみを作って飲む時もありますね。ワカコが自宅で作るおつまみっていうのは、新久さんご自身も調理をされるんですか。
ワカコが自宅で食べているものは、普段私が自宅で作るものが多いですね。描くために作るというより、普段作って食べてるものをネタにしています。誰でも簡単に作れることを大事にしています。
作品の中では簡単に作り方の流れも紹介しています。是非やってみていただけたらと思います。料理は食べるだけでなく、作るところから楽しみがあると思うので。
——新久さんご自身もお酒がお好きだそうですね。好きなお酒はありますか。
うーん、全部ですね(笑)。本当は日本酒が一番好きなんですが、最近、家だとワインばかり飲んでいます。日本酒はやっぱり酔っ払っちゃうので...(笑)。
おつまみも食べすぎて、いつもすぐ太っちゃうんです。なので、なるべく野菜中心のおつまみにしようと考えています。野菜のおつまみには、ワインが合わせやすいっていうのもあります。
「食事ができて、お風呂に入れて、眠れる場所がある、それが『幸せ』なのだと思う」
——近年のグルメ漫画は『孤独のグルメ』、『駅弁ひとり旅』のように、庶民の目線で、自分の手の届く範囲で美味しいものを楽しむ漫画が人気を博しているように感じます。『ワカコ酒』でも、そのあたりを意識していますか。
実は、『ワカコ酒』の主人公ワカコが「ひとり酒」を楽しむスタンスというのは、私が10代の時にたどり着いた幸福論が根底にあるんです。
幸せっていうのは、毎日普通に食事ができて、お風呂に入って、眠れる場所がある...。そういうのが、やっぱり「幸せ」なのだと。それは決して向上心を失っているという意味ではありません。
普通の生活をするために日々頑張り続けることって、大切なことだと思うんです。そうやって何気なく思えることが一番の幸せだなって思うんです。
——「食う寝るところに住むところ」があるというのは、やっぱり幸せなことなんですね。
その「幸せ」を維持しようという意思がもてること自体、幸せなんだなって。「もうダメ。何もできない」ってなってしまうのが、不幸なことかなと考えています。『ワカコ酒』にも、根底にはそういう部分があります。
なのでワカコを描く時は、「ちょっとしたものを食べて、飲んで、今日も一日幸せでした」という雰囲気にしたいなと、いつも思っています。
——なるほど。その全てが「ぷしゅー」の一言に凝縮されていると...。
そう...なんですかね(笑)。実は「ぷしゅー」も別に大したきっかけではなくて...。もともと、私が仕事中に一息つく時に「ぷしゅー」って言っていたんです。
『ワカコ酒』を書き始めたとき、「ワカコにグイッとお酒を飲ませて、何か言わせよう」と思って。「ぷはー」はありきたりだし、「ぷしゅー」にしとくかと思い書いてみたんです。
そうしたら編集さんから「『ぷしゅー』ってすごくいいから、毎回入れましょう」「水戸黄門の印籠のようにしちゃいましょう」という話になりました(笑)。
「パートナーがいても、ひとりで飲む時があって良い」
——ワカコには彼氏がいますが、ひとりで飲むことをすごく大事にしている感じがあります。
彼氏の設定は作品を作る上での駒でしかないんです(笑)。ただ、本当にひとりの子がひとりでお酒を飲んでいるのと、彼氏のいる子が「あえてひとりで飲んでいる」のでは意味合いが違ってくると思うんですよ。
彼氏の存在は「あえてひとりを選んで飲んでいるんだよ」ということを、わかりやすくするためですね。パートナーがいても、ひとりで飲む時があっていいと思うんです。
——「みんな」で飲む良さもあれば、「ひとり」で飲む良さもありますよね。新久さんも、そこは意識しますか?
最近Twitterで話題になった「外向型と内向型の違い」という漫画を読んだのですが、そこには「みんなで過ごすのは楽しいけど、内向的な人は、ひとりでいることで心の充電ができる」というようなことが書かれていました。
内向的な人と外交的な人は「充電方法が違う」という、その言い方がすごくしっくりきました。いままで私は「みんなで一緒にいたい人」のことを「ひとりでは何もできない人」のように思っていたんです。でも、そう思ってはいけないんだと、反省しました。「みんなと一緒にいたい人」にとっては、みんなと一緒に過ごすことが充電方法なんですよね。その点に全く思いが至らなかったんです。
私自身、内向的なタイプなので、その漫画を読んですごく腑に落ちました。ひとりで飲むことが好きなのも、そういうところからきているかもしれません。
「立食パーティーでは、何を話せば良いか緊張します」
——漫画家さんだと、いろんな方とお話する機会があると思います。出版社が主宰する立食パーティーみたいなものもありますよね。不特定多数の方と話すことになるので、何を話せば良いか困ったりすることはありませんか。
確かにありますね。あれは緊張します。特に自分が新人から中堅になってくると、自分より若い漫画家さんとお話する時に緊張します。
若い漫画家さんから「何かアドバイスをください」って言われたりするんですが、何を言っていいのか...。「もう十分上手いから、伝えることはないですよ」と言うわけにもいかなくて...(笑)。
自分はただ、その人たちより早くデビューしただけなので、「先輩」という責任ある感じが出るのが苦手ですね。そういう時はいつも編集さんに助けてもらっていますが...(笑)。
——そういう時、僕は別人格で話して乗り切るんですが、後になって「あれでよかったのだろうか」と、自己嫌悪に陥ることもありまして...。
仕事だとやりたくないとか、苦手なことにも挑戦しないといけないのが大変ですよね。でも、それをやっていくから、大人になれるのかもしれないですね。
漫画でも、難しい構図とかにも挑戦してみるというのが成長に繋がる面があります。毎回全コマ難しい構図っていうのは読みづらく、こちらも大変なんですけれど、最低でも1話に1つは、ちょっと凝った構図を入れるとか、そういう工夫はするようにしています。
『ワカコ酒』の連載は4ページと短いので、どこかで手を止めてもらえるようなコマがないと、読者さんの心に残らないと思うんです。そういう工夫は、4ページの中でするように心がけています。
【※】インタビュー後編はこちら⇒"おひとりさま"で外食するのが不安な人へ 「大丈夫。むしろ喜んでくれる店もあります」
新久千映(しんきゅう・ちえ)
広島県出身。2006年コミックバンチ増刊号にて読み切り「痛快!堀田クリニック」で掲載デビュー。現在、月間コミックゼノンで『ワカコ酒』、WEBコミック ぜにょんで『タカコさん』を連載中。単行本『ワカコ酒』『タカコさん』(徳間書店)、『Yeah! おひとりさま』(朝日新聞出版)、『新久千映のねこまみれ』『新久千映のねこびたし』(ホーム社)など。
ハフポスト日本版は、自立した個人の生きかたを特集する企画『#だからひとりが好き』を始めました。
学校や職場などでみんなと一緒でなければいけないという同調圧力に悩んだり、過度にみんなとつながろうとして疲弊したり...。繋がることが奨励され、ひとりで過ごす人は「ぼっち」「非リア」などという言葉とともに、否定的なイメージで語られる風潮もあります。
企画ではみんなと過ごすことと同様に、ひとりで過ごす大切さ(と楽しさ)を伝えていきます。
読者との双方向コミュニケーションを通して「ひとりを肯定する社会」について、みなさんと一緒に考えていきたいと思います。
『だからひとりが好き』Facebookページも開設しました。最新記事や動画をお知らせします。
ハッシュタグ #だからひとりが好き も用意しました。みなさんの体験や思いを聞かせてください。
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