母であり、妻であっても、人はひとりで立って生きていく。
母との決別、義弟の自殺、そして、夫のがん——。写真家・植本一子さんは『家族最後の日』で生きる記録を残しつづけた。それは、大切な存在を看病し2人の子どもを育てながら、いのちや家族と向き合う日々だった。
家族との日々を文章や写真で残す理由は? 家族がいてもひとりで生きるとは? 「ひとりで完結できることを選んできた」と語る植本さんに、仕事や生きかたを聞いた。
知ってほしい気持ちのほうが大きかった
——(震災後の不安な日々、育児の苦悩や母との葛藤などを日記で綴った前著)前作『かなわない』もですが、『家族最後の日』でも、激動の日々とありのままに日記に書き残されていますけど、書かざるを得なかった?
そうですね。書かざるを得なかった。
——子どもに手を出したことなど、そこだけ切り取ると批判されてもおかしくないようなことも隠さず書かれています。
知ってほしい気持ちのほうが大きかったですね。「しんどい思いをしてる私のことを知ってください」というか、「いや、本当に私だけ?」みたいな気持ちもありました。
もし同じように(育児で)しんどい思いしてる人がいたら、同じような思いしてる人がいると気づくことで、すごく楽になると思うんですよね。そういう人に向けて書いてた部分はありますね。
——しんどいと思っている人も、植本さんのように日記を書いたほうがいいでしょうか。
うん。書くことで整理してるし、整理されます。
半日前にしんどかったことを、その日の夜に書くとしたら、ちょっと落ち着いてるはずだし、書いて文字にすることで、どうして自分がそういうことになったのか、もう一度考え直せる時間や余裕ができるはずなんですよ。だから書くのはいいと思います。
写真始めたときから、残すことは基本だった
——写真も撮られています。文章と写真、どう使い分けているんですか。
写真が先なんですけど、写真って結局、一瞬しか残せないから、その前後にどんな面白いことがあっても一面でしか残せない。そういうのが惜しいなって思って書き残している感じはありますね。
文章を書くのは、映像と一緒というか、写真の連写を文字化してるみたいなことですね。残さないのは惜しいなと思う瞬間を書いてる感じはあります。
——残すことに関心がある。
写真始めたときから、残すことは基本だったというか。高校生からやってるんですけど、高校生のあの瞬間って、本当にあの時期しかない。それにすごく早い時期から気づけてたのは、よかったなと思いますね。今でも、子どもの瞬間って、ああ今しかないんだなって思って撮り続けています。
(c)植本一子
——自分のため、ですか?
写真は、自分のためというよりは、写ってる人のための方が大きいですね。だから残してあげたいと思う人しか撮らない。身近な周りの人しか写さないんですよ。意味のないスナップは撮らないし、基本は子どもと友だちだけというのはずっと変わらないですね。
ひとりで完結できることばっかり選んできた
——写真と文章、植本さんはひとりの仕事を選ばれていますね。
ひとりで完結できることがいいです、何でも。
なんか最近、「写真の仕事、どう?」って友だちに聞かれたときに、実際写真の仕事が減って、文章の仕事が多くなったので、「文章の方をやってるよ」って言ったんです。その人はライターだったので、「写真のほうが手っ取り早く稼げて、文章なんて割に合わなくない?」と言われて。「いや、そうなんだけどね。気は楽だね」って話しました。
——どちらもひとりなのは変わらない。
写真も文章も、ひとりで完結できることばっかり選んできたんだなって思います。だから、写真もスタジオ(フォトグラファー)とかやらなかったし、ライティングも覚えなかった。(家族を撮影する)「天然スタジオ」とかひとりでできることをやって、本当に人と組むの苦手なんだなって思いました。
——仕事については、以前から"食い扶持"や"手に職"と表現をされていますね。
昔からです。とにかく家から出たい一心で、仕事というか手に職だけはつけようと思って生きてきましたね。
お母さんは事務をやってたんですけど、私が小学校低学年ぐらいのときに会社がつぶれて専業主婦になって。ずっと家にいるんだけどおばあちゃんと折り合いが悪かったから、手に職って言われ続けましたね。「結婚なんかしなくていい」って言われてたし。
——『かなわない』では、妊娠を伝えたときのお母さんの「裏切ったわね」という言葉がありました。
とっさに出たんでしょうね。何だったんだろうな、お母さんに聞けないからわかんないけど、私に幸せになってほしいとかじゃなかったと思う。
自分が幸せじゃないから、子どもの幸せを思える人じゃなかったと思うし。複雑だったと思いますね、私が楽しく生活してるのとか。難しいですね。
(c)植本一子
シャッターを閉じないのは大事だった
——地元を出て写真家として働くことも、人間関係がないと続かないと思います。現実的には、孤独を感じている人も多い。ひとりでいられるために大切なことは何だと思いますか。
あのね......
まずは近所のママ友だと思います。
最近、やっぱりそこなんだなあって思っちゃって。
——え? ママ友、ですか。
私、娘の保育園が一緒だったお母さんの名前、結局覚えられなかったんです。クラスの子どもの名前も覚えられなくて。それが結構、傲慢だったというか。自分からシャッターを完全に閉めてたというか。
もちろん人を選ぶのは大事だと思うんですけど、趣味が合わなそうでも気の合う人はいるから。難しいんですけど、シャッターを閉じないのは大事だったんじゃないかなって、今さらながらに思いますね。
——夫のがん治療に、育児に、仕事に、それどころじゃなかった部分もあると思いますが。
ママ友は、同い年の子どものお母さんだから状況が同じなわけじゃないですか。大変さがわかるからこそ頼めないって思ってたんだけど、実際に向こうから、例えば「ちょっと、このときだけ子どもを預かってもらえる? お願いしていい?」と言われたら、ちょっとうれしいというか。
——頼られて、うれしい気もします。
自分のなかに「どうせ私のことなんてわかんない」というのがあったんだと思うんです。でも向こうからしたら完全にオープンで、名前も顔も覚えてて、すごく心配されたんです。
結局そういうことを、近所のママ友じゃなくて友だちに託しちゃったところがあった。全部みんなに時給500円で頼んじゃった。頼みづらいからお金を介した部分があって。
でも多分、近所のママだったら、きっとそんなのはないんですよね。おやつ持っていくとか、そういうことで済むんです。
なんかこう、できなかった。あんまり人付き合いはうまくないんですよ。ただ頼れる人が近所にいるといいなとは思います。
(c)植本一子
■「ひとりでいる」ための友だちを作る
——ママ友もそうですが、自立のためにいろんな人にちょっとずつ頼ることが大切という話もありました。ただ、結婚せずに「ひとりで生きる」と思っている人もいます。生涯未婚率も上がり、男性のおよそ4人に1人、女性のおよそ7人に1人が生涯未婚です。
今は多いですよね。わたし自身はしんどくなると思う。世の中が、もう本当「結婚しろ、結婚しろ」って、国を挙げてそういう感じになってるじゃないですか。本当に強いマインドがないときつい。流されます。
——ひとりが、孤独でしんどくならないためには。
あまり壁を感じないようにすることじゃないでしょうか。結婚しているしていない、子供がいるいない、関係なく、人として付き合いたい人と付き合う。
結婚を目指すんじゃなくて、一緒にいて居心地のいい人を探す。例えば子持ちの夫婦と独身の人が一緒に住むのもいいと思います。
——共同体もこれからの家族のかたちですね。
うん。そうだ、『家族最後の日』を書く前、最初は結婚について書きませんかって言われて、周りにいるちょっと変わった家族にインタビューして1冊にする話があったんですよ。
ひとりだけインタビューしたんです。子どもがいて、夫が浮気して離婚することになったんだけど、夫のお母さんとは仲がよくて。いまだに夫抜きでお母さんの家で、みんなで住んでいる人の話を聞きましたね。羨ましいって思いました。
他にも、夫婦とその夫婦の友だちの男の人、3人で生活している人の話も聞きたいなって思ってるんです。
うちも、そのうち変えていきたいなっていうのはありますよ。どういうふうになるかわかんないけど、ちょっとね、家族だけでいるとしんどい。
——家族だけはしんどい。そんな人が家族を持っているんですね。
すごいですね。どこか無理してますよ(笑)
やっぱり子どもが生まれて、「子どものために生きてかなきゃ」と思ったことがすごく大きかったなって。子どもが生まれてなかったら、私はもうちょっと早死にしてたんじゃないか。自暴自棄な生活というか、自分を大事にできなかった。
子どもがお守りみたいな感じはありますよ。死ねないな、みたいな。子どもいなかったら危うかったというのはありますね。うん。
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