「学校が始まるのが死ぬほどつらい子は、学校を休んで図書館へいらっしゃい」。新学期を目前に控えた2015年の夏、Twitterに投稿されたこのツイートは、大きな注目を集めた。その理由は、学校と同じく教育行政に携わる鎌倉市の中央図書館が、投稿者だったからだ。
当時、学校に馴染めずに苦しむ子供たちに居場所を提供しようとする姿勢に、「心に響いた」などと称賛する声が相次いだ。一方で、学校に行かなくてもいいと受け止められたり、自殺を想起させたりする表現を用いたことに対する批判も寄せられた。
「このツイートをきっかけに、学校に行くことに負担を感じている人の居場所としての役割が図書館にあることが分かったのが、大きなことだった」。当時をこう振り返る市中央図書館の菊池隆館長に、ツイートに込めた想いや不登校の子供に対する考えなどについて聞いた。
インタビューに答える菊池館長
■「誰からも責められずに、見守ってもらえる場所なら大きな救い」
中央図書館のツイートのきっかけは、2015年8月に内閣府が公表した「自殺対策白書」。
1972年から2013年までの40年間の18歳以下の自殺者数を、日別に集計した結果が初めて公表された。自殺者は9月1日が年間で最も多く、夏休み明け前後に顕著に増える傾向がみられた。中央図書館のTwitterを担当する女性職員が、この報道を目にし、ツイートを出すアイデアを提案。菊池館長も同意し、2015年8月25日に投稿した。意図について次のように説明する。
「図書館が学校教育を否定しているわけではなくて、学校に行くことに対して、自殺しようかなと不安を持った時に、『緊急的な避難場所として図書館もあるよ』という意味合いで出した」
反響は想像をはるかに上回った。ツイートは広くネット上で共有され、新聞やテレビなどで取り上げられことから、さらなる注目を集めた。
好意的な意見が多かったが、図書館は自殺対策の専門機関ではなく、実際に自殺について悩む子供が来たとしても、「『どうしたんですか』『何に悩んでいるのですか』と、こちらから主体的に悩みを解決することができない」。そのため、「何もできないにも関わらずツイートを出したのは無責任だ」との批判も受けた。
数ある反応の中で、図書館に寄せられたあるメールの内容を紹介してくれた。
「図書館という静かな空間は、ただぼんやり静かに座っているだけでも傷ついている人にはこれほど癒される場所はない。具体的に子どもたちを助けたりすることができなくても、風雨や暑さ、寒さから守られて、一日中そこにいても誰からも責められずに、ここにいてもいいんだよと、見守ってもらえる場所だったとしたら、大人にとっても、子供にとっても大きな救いです」
「何もできないけど、見守る場所としてあることがいい」という図書館の役割を定義する内容だった。
反響が大きかった分、問題も起きた。教育委員会がツイートの内容や影響を問題視し、協議することに。「死ぬというとても強い言葉なので、そういう言葉に連鎖・反応した子供に、影響が出かねない」という意見もあり、一時は削除も検討された。しかし、最終的には経緯や背景を理解してもらい、削除には至らなかった。
■声かけず、あくまでも見守る
実際に、ツイートをきっかけに図書館に「逃げて」きた子供がいたのかは、分からない。鎌倉図書館は、訪れた人たちに来館理由を尋ねたりしない。学校に行っていないと思われる子供が来たとしても、声を掛けたりせず、「(役割は)あくまでも見守り」。それが図書館の良さでもあり、機能的な限界でもある。
それでも、職員の姿勢に変化があり、「より強く、ひとりで来ているお子さんとかを見守るようにはなった。今までも気にしてはいたんでしょうけど、その子がずっと続けて何日もずっといるとしたら、『あれっ』という感じで見るようになっている」。
また、子供用の本を置くエリアに、不登校の子供の相談に乗る部署のポスターを貼った。「見るかどうかは分からないですが、相談する場所があることを少しでも伝えるために」。そんな想いが込められている。
館内に貼られた、不登校の子供の相談に乗る部署のポスター
■自分を苦しめる世界観、本で変えて
「まさに中学生の頃、逃げ場にしてました」「図書館がそういう場所だと知っていればよかった」。鎌倉市図書館のツイートに寄せられたのは主に、当時を振り返って共感を覚えた大人たちの声だ。形には現れていないが、自殺を考えるほど学校が辛いと感じ、不登校に悩む子供たちにも、勇気を与えたに違いない。
学校という社会から孤立した子供たちにとって、図書館はどんな場所で、何を与えることができるのだろうか。その問いには、次のように答える。
「そうした居場所となりうる。私の思いとしては、本をきっかけに、いろんな世界、考えがあるというのを気付いて欲しい。本の中の世界観は、今までの自分の世界観を変えるきっかけになる。学校に行きづらい子は、本をきっかけに世界観を変えてもらったり、自殺を考えているような子が、違う世界もあるということに気付いてくれればいい」
本を通じて、ひとりでいることを肯定する考え方や、みんなと過ごさなければいけないという固定観念を崩す世界観にも、出会うことができるという。
鎌倉市中央図書館
■それぞれの立場を尊重し、排除しない
教育の課題として、不登校になった子供たちが選択できる、フリースクールなど学校以外の学びの場が少ないことが挙げられている。
菊池館長は、学校教育の重要さについて「人はひとりでは生きていけない。何らかの形で誰かとコミュニケーションして、繋がっていないと生きていけない。(学校は)いろんな人とどうやって付き合っていくかを学ぶいい機会だ」と語った上で、「フリースクールに行きながら学校にも来れるとか、シンクロするという部分は大切だ」と話した。
また、図書館の役割が変化していることにも触れてこう話した。
「今までは本の貸し借りとか、本で調べるぐらいであったのが、新しい図書館は人と人が交流する場ができている。色々な人が、本や図書館を介して集まる場所になりつつある」。そうした現状を踏まえながら、「もちろんひとりで本を読んだり、調べ物をしたりするのも構わない。それぞれの立場の人を尊重し、排除しないことが重要だ」と語った。
ハフポスト日本版は、自立した個人の生きかたを特集する企画『#だからひとりが好き』を始めました。
学校や職場などでみんなと一緒でなければいけないという同調圧力に悩んだり、過度にみんなとつながろうとして疲弊したり...。繋がることが奨励され、ひとりで過ごす人は「ぼっち」「非リア」などという言葉とともに、否定的なイメージで語られる風潮もあります。
企画ではみんなと過ごすことと同様に、ひとりで過ごす大切さ(と楽しさ)を伝えていきます。
読者との双方向コミュニケーションを通して「ひとりを肯定する社会」について、みなさんと一緒に考えていきたいと思います。
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