母の日にちなみ、フォトグラファーの宮本直孝さん(56)が、ダウン症のある子と母親を撮影した。21組の写真には、親子の人生が写り込む。写真は縦90センチ・横2メートルのパネルになり、5月8日から14日まで、多くの人が行きかう東京・表参道駅の構内に飾られる。
宮本直孝さん
■ パラリンピック選手の写真・たくさんの人が行きかう駅に
宮本さんは、ファッションや広告などの商業的な写真を撮ってきた。交流のあるモデルたちの写真集を作ったとき、WFP(国連世界食糧計画)に売り上げを寄付したのがきっかけで、社会貢献にかかわるようになった。
2012年、ロンドン・パラリンピックに合わせて選手の写真を撮影し、表参道駅の構内に展示した。障害があって、つらいこともあるだろうけれど、充実している選手たち。楽しんで競技をしている表情を切り取った。
宮本さんによると、1週間、広告用の壁面(合わせて幅26メートル)を借り、設置代などの費用を含めると250万円ぐらいかかる。大きな写真は、通りがかりに目に入るし、関心のなかった人にも見てもらえる効果があった。選手は注目されて、とてもうれしそうだったという。
「パラリンピックの選手を撮影するとき、障害のある人はどんな気持ちなんだろうと思っていた。実際に会ってみると、自然に生きているんですね。かわいそうという視点ではなく、きれいに撮りたいと思いました。その経験がきっかけで、今度はダウン症のある人たちを撮りたいと思ったんです」と宮本さん。
■ ダウン症のある子と母・親子の関係や人生が出ている
宮本さんは、ダウン症のある人たちと一緒に歩くイベントを手がけるNPO法人「アクセプションズ」に相談。展示の時期から、5月14日の母の日にちなんで、母と子をモデルにしたかった。そして2017年2月、集まりに呼ばれてたくさんの親子に出会い、「ほかの親子と変わらないな」と感じた。モデルを紹介してもらい、実際に撮影することになった。
子供は1歳から30代、母は30代から70代。21組が集まった。宮本さんのスタジオで何回かにわけて撮影。仕事仲間のヘアメイクやスタイリストも協力してくれた。初めは母と子を一緒に撮ってみた。「カメラを見なかったり、まっすぐに立たなかったりで、親子を同時に収めるのは難しかった。お母さんも、隣にいるわが子に気持ちの大部分がいってしまい、お母さん本人の気持ちや表情でなくなってしまう。そこで別々に撮ることにしました」
表情を引き出すため、絵を描く人には紙とペンを用意し、ピアニストの撮影にはクラシック音楽をかけた。シリアスになりすぎても重いし、笑顔でよく見せようとすると、その人らしさが隠れてしまう。すぐに撮れる人もいれば、900枚も撮ったお母さんも。一瞬を狙って撮った写真を親子で並べてみると、雰囲気や表情が似ている。
「ダウン症ということにかかわらず、親子の物語が出ている。大変さもあるけれど、幸せが詰まった人生です。一般的には、障害があると不幸と思われがちですが、実際に生きている人は違う基準を持っている。前向きで痛みも知っているお母さんたちは、感受性が豊か。そんな生き方が表現されています」(宮本さん)
■ 息子の成長「楽しみのほうが大きい」・今の気持ちが写っている
協力したアクセプションズ代表の古市理代さん(47)も、長男の裕起さん(13)とモデルになった。2012年からダウン症のある人と一緒に歩く「バディウォーク」を開いている。昨年は初めて公道を歩き、「みんな変わらないよ」というポジティブなメッセージを発信した。
取材の日、古市さんが持参した裕起さんのアルバム。1~2歳のときの写真がなかった。合併症のため入院していて、古市さんは病院と家を往復する日々。先が見えなかったという。退院後、治療の成果があってつかまり立ちやハイハイをするようになり、療育もスタート。地元の幼稚園に通い、「一緒に育てましょう」という先生に恵まれた。
古市さん自身、現実を受容して変わっていった。小学校でも大変なことはあった。でも、先生や友達のサポートでサッカーや社会科見学、運動会の組体操や騎馬戦にも参加。裕起さん念願の応援団に入って、朝練にも出た。この春、中学校に進んでいる。
「宮本さんが撮った写真を見て、今の気持ちが写っていると思いました。中学に入って、楽しみのほうが大きい。何とかなるだろうと楽観的なのは、小学校6年間の積み重ねがあるから。小学校に入学したときは、不安が100パーセントでした。6年間、丁寧に積み上げ、支援者を増やして彼の成長を見てきたので、『難しいこともあるだろうけれど、乗り越えられる。何が起こるか楽しみ』と思っています」と古市さん。
古市さんは「障害にかかわらず、どんなお母さんも、苦労して悩んでいますよね」という。今回の撮影で、自分と向き合う時間がなく生きてきたお母さんが、主役になり、1人でカメラの前に立って向き合った。「それぞれの写真から、母としての誇りや、女性として豊かになっている人生を感じてほしいです」
■ 出会えなかった人と出会えた・「遠慮しないで堂々と生きよう」
東京都内で飲食店を営む鈴木英莉那さん(48)も、長男の俊太朗さん(18)と撮影に臨んだ。生まれたとき、医師に「おめでとう」と言われなかったショックもあり、初めは受け入れるのが難しかった。俊太朗さんが2カ月半のとき、心臓の手術をした。「命をいただいたのだから、生きていることに感謝しよう」という気持ちに変わった。
専門医に「笑わせると、声を出せるようになる。楽しいことをすると刺激になる」と聞き、心がけると発達につながった。幼稚園には就学猶予の制度を使って、4年間通った。「あたたかい雰囲気の園で、最後の1年は、気負いが取れて親子で楽しめた。ママもリフレッシュできました」
小学校でも、校長に「遠慮しないで、堂々としていなさい」と迎えられた。3年生のとき、本人の希望で移った支援学級では、先生が小さなこともほめてくれた。2歳半から通ったリトミックの先生は、怒ったり、厳しくしたり、健常の子と同じように扱ってくれる。その延長で歌や太鼓もやるようになり、今も合唱団と一緒にコンサートに出る。高校生になってからは「ドラムをやりたい」と言い、プロに教えてもらう機会に恵まれた。今はNPOが運営する、障害がある人のための教室に通っている。
「息子のおかげで、出会えなかった人に出会えています」という鈴木さん。「写真展の話を聞いて、オシャレな広告が多い表参道駅に?と思って嬉しかった。私は何百枚も撮りましたが、息子は堂々としていて、1枚目でOKでした。仕上がりを見たら、つらかったことを忘れるぐらい息子から幸せをもらっているんだなあと改めて感じました。小さい子のお母さんたちには、こんなふうに、遠慮しないで堂々と生きてと伝えたいです」
なかのかおり ジャーナリスト Twitter @kaoritanuki