5月4日、東京・高田馬場で東京レインボーウィーク協賛イベント「アイドル×LGBT=?」が開催される。女性アイドルが好きなセクシュアル・マイノリティを中心とした参加者が、自分のセクシュアリティとアイドルについて語り合う企画だ。
セクシュアル・マイノリティとアイドルという意外な組み合わせ。ミーハーな企画のようにも見える。
しかし、じつはそこにはセクシュアル・マイノリティがいかにして自分の居場所を見つけるかという企図が隠されていた。イベントの主催者の一人である中村香住(なかむら かすみ)さんに語ってもらった。
慶應義塾大学大学院で社会学を学んでいる中村香住さん(撮影:波多野公美)
■ LGBTのコミュニティで感じた「アイデンティティ・ポリティクス疲れ」
――LGBTとアイドルというのは少し意外な組み合わせという気がします。
私のセクシュアリティはあえて言うならば、ほぼ「レズビアン」よりの「セクシュアル・フルイディティ(性的指向が流動的で時によって男性も女性も好きになり得る)」ですが、そんな私が女性アイドルのおかげでセクシュアル・マイノリティとして生き残れたという思いが強いのです。
大学院でも「クィア・スタディーズ」「ジェンダー・セクシュアリティ」を研究している中村さん(撮影:波多野公美)
――中村さんがセクシュアリティとアイドルについて考えるようになったきっかけはなんだったのですか?
私は高校生の時にLGBTコミュニティにデビューしました。レズビアンのコミュニティ・スペースをベースにする形で、様々なイベントに参加したり、またスタッフを務めたりもしました。
その当時のLGBTコミュニティというのは、セクシュアル・アイデンティティを明らかにしてそれをもとに権利を主張しようとする「アイデンティティ・ポリティクス」の側面が今よりも強調されていたように思います。
当然、自分のセクシュアル・アイデンティティをはっきりさせていくことが望ましいという雰囲気でしたが、私は自分が100%完全なレズビアンと名乗れるのか疑問でした。
当時はまだパンセクシュアル(男性女性の分類にとらわれずあらゆる人を性的指向の対象とする人)やクエスチョニング(性的指向や性自認が定まっていない人)というような概念も浸透しておらず、そのような状況で居心地の悪さというか、いわばアイデンティティ・ポリティクス疲れのようなものを感じはじめたのです。
もちろん、今までレズビアンを名乗って活動してきた人も、みんながみんな100%必ず女性だけが好きなわけではなかったのだと思います。それでもあえてレズビアンという名付けを引き受けてアイデンティティ・ポリティクスを行ってきた。
それは意義のあることだったと思いますし、先人への感謝はありますが、今の状況なら硬直的なアイデンティティ・ポリティクスに落とし込まないで生きて行くというスタイルもあるのではないかと思ったのです。
そんな思いがあって、大学2年くらいで少しLGBTコミュニティの活動から距離を置くようになりました。
■ セクシュアル・アイデンティティにこだわらない「アイドル百合コミュニティ」
そんな時期にアイドルの百合コミュニティと出会いました。
男性同士の関係や、それを描いた作品を指すBL(ボーイズラブ)という言葉は一般にも浸透しています。女性同士については「百合」と言います。
そして、女性アイドルグループを百合の視点で捉えて創作したり、グループを応援したりする「アイドル百合コミュニティ」が存在しています。
このような「アイドル百合コミュニティ」はTwitterや個人のウェブサイトなどネットによってつながっています。そして、アイドルの握手会やコンサートなどで顔を合わせると自然にオフ会のようになるのです。
そこにはLGBTコミュニティとは違って、セクシュアル・アイデンティティを明らかにしていかなければならないという雰囲気はありません。セクシュアリティをめぐる問題は副次的な要素ですから。多くの人は、自分がレズビアンだとわざわざ名乗ったりしないのです。でも、なにかの話の流れで「この間、彼女と遊んだんだけどさあ」というような発言がいきなり出てきて、ああそうだったんだみたいに確認したりする。
LGBTコミュニティはレズビアンならレズビアンという当事者だけが集まる場になりがちです。アイドル百合コミュニティは、異性愛者やセクシュアリティを定めていない人も含め、もう少し横断的に様々なセクシュアリティを持つ人が集まってグラデーションになっています。
先ほどレズビアンが100%女性だけを好きなわけではないと言いましたが、異性愛者だって完全に異性だけを好きなわけではないかもしれません。自分が基本的に異性愛者だと思っていた人が、アイドル百合コミュニティに接するうちに同性も好きになれる自分に気づくこともあります。
■ 数少ない承認の場であり、出会いの場でもあるアイドル百合コミュニティ
私を含めてアイドル百合コミュニティではじめて自分の居場所を見つけたという人は多いのです。
レズビアンのコミュニティというのは主に2種類に分かれると思います。1つは政治的な活動を積極的にしているアクティビストの集まり。もう1つはレズビアンのクラブイベントに参加したりレズビアンバーに出入りしたりする、いわゆる「パリピ(パーティ・ピープル)」っぽい人たちです。これはゲイで言えば「シャイニー・ゲイ」と呼ばれる人たちに当たります。
そのどちらにも馴染めない人は居場所を見つけ難いですし、パートナーとの出会いの場もないのです。アイドル百合コミュニティは、そういう人たちが自分を承認してもらえる数少ない場であり、出会いの場でもあると思います。私はコミュニティの中で間を取り持って何組もカップルを誕生させていて「くっつけおばさん」みたいになっています(笑)。
■ 今、このタイミングだから出来ること
――レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーという4つの分野の総称としてのLGBTという言葉で、セクシュアル・マイノリティを代表することには異論も出るようになりました。中村さんの話は、そうした定義をめぐる議論の先を行くものですね。
最近では百合という言葉が商業出版の世界でも流通しはじめ、アニメイトでも百合特集をするなど、ある程度は世間に知られるようになりました。LGBTという言葉も流行語のようになり、政治的な意味合いが軽くなってポップな文脈に乗るようになっています。この「アイドル×LGBT=?」というイベントは、そんな「今」というタイミングだから出来るのかもしれません。
――LGBTという言葉のいわば流行については批判もあります。
確かにLGBTという言葉が一人歩きすることがいいとは思いませんし、ある種、ネオリベラリズム的になんでもかんでもマーケットを作って消費してというのは私も好きではありません。
でも今は、どうせならこの状況を利用してやれという気持ちがありますね。
これからも中村さんは、研究とセクシュアル・マイノリティとしての活動を両立していくという(撮影:波多野公美)
■ 様々なセクシュアリティの人たちに参加してもらいたい
――アイドルについてはフェミニズムなどの立場から、女性の商品化ではないかというような批判もあります。
よく批判されるように、男性が女性性を搾取するというような面も確かにあるとは思います。ただし、アイドルたちは果たして男性に向けてだけ活動をしているのかという疑問もあります。頭ごなしに否定するのではなく、女性同士の新たな表現が出てきていることをきちんと見ていくことが、新しいフェミニズムやジェンダー論の議論につながるのではないでしょうか。
完全に否定するのでも完全に肯定するのでもなく、「どういう表現があって、どういう面白さがあって、どういう問題点があるのか」を見ていきたいのです。それで「アイドルとセクシュアリティ研究会(仮)」という組織を立ち上げたわけです。居場所としてのアイドル百合コミュニティをゆるやかに維持することと、セクシュアリティの観点からみるアイドル研究が結びついた場を作る試みと言えます。
最近ではLGBTアイドルと呼ばれる人たちも出てきました。レインボープライドのステージにも登場するSECRET GUYZや名古屋で活動しているNSM=(NAGOYA SEXUAL MINORITY EQUAL)もその1つです。
今回のイベントには、以前NSM=に所属していて現在は「百合坂46」(乃木坂46と欅坂46のダンスコピーグループ)の一員として活動している奈緒さんをスペシャル・ゲストとしてお呼びしています。アイドルファンとしての自分、表現者としての自分、セクシュアル・マイノリティとしての自分というテーマでお話していただけると思います。
アイドルの歌には、片思いの心情を細やかに表現したものや、あるいは自分らしくいようというようなポジティブ・ソングが多くあります。LGBTのアイドルファンは、振り付けをコピーして踊ったり、歌詞に気持ちを投影したりする中で、直接的ではないにせよセクシュアリティの面でも救われている気がします。
――ゲイにも女性アイドル好きは多く、振り付けを完全コピーして踊る人もいます。
今回のイベントにはゲイの人にも来てもらいたいですね。異性愛者でもセクシュアリティを定めていない人でも、セクシュアル・マイノリティへの偏見がない人なら歓迎します。興味を持たれた方はぜひいらしてください。
「アイドル×LGBT=?」
・日時 : 2017/05/04 (木) 16:00 ~ 18:00
・会場 : 10°SPACE (10°CAFEの3F)(東京都豊島区高田3丁目12-3)
中村香住(なかむら・かすみ) 慶應義塾大学大学院博士課程でクィア・スタディーズ、ジェンダー・セクシュアリティについて研究するかたわら、「アイドルとセクシュアリティ研究会(仮)」を立ち上げる。Twitterのアイドル百合コミュニティではレロ(@rero70)を名乗って活動している。
(取材・文 宇田川しい)
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