熊本地震の発生から間もなく1年を迎える。2度の震度7と相次ぐ余震は、人だけでなくペットからも日常を奪った。
2011年の東日本大震災では、避難時の止むを得ず生じたペットの置き去りや、日頃からワクチン接種や「しつけ」をしていなかった飼い主の存在が問題となった。こうした経験から、環境省は2013年にガイドラインを策定。飼い主がペットと同行避難することを原則とし、自治体には受け入れ可能な避難所へできるだけ誘導するよう推奨。飼い主にも、ペットをケージに慣れさせたりワクチンの接種など、災害に備えた「しつけ」と健康管理を呼びかけた。
ところが今回の熊本地震では、この教訓が生かされていなかった面が明らかになった。一部の飼い主が「ワクチンの接種をしていない」「ノミ・ダニ予防なんてしたことない」という例も。一方で避難所の中には、当初はペットの同行避難を受け入れても、苦情を受けてペットNGとしたところがあったという。
感情を言葉で伝えられる人間と違い、動物には語る術がない。それでも、人と同じようにペットにも命がある。熊本地震でペットはどんな境遇に置かれたのか。ハフィントンポストでは、熊本県健康危機管理課の江川佳理子さんと「熊本地震ペット救護本部」で飼い主の相談窓口を担当する山本志穂さんに、震災で明らかになったペットと飼い主の避難をめぐる課題について話を聞いた。
■ペットの一時預け入れ、問われる飼い主のモラル
熊本県や県獣医師会では、地震直後から被災ペットと飼い主の支援を続けてきた。2016年4月16日の本震から一週間後、県獣医師会は避難所や市役所にペットの相談窓口を設置。ケガをしたペットの応急手当や、ペットの一時預かりに関する相談を受け付けた。
被災地では県獣医師会が避難所を見回り、被災したペットや飼い主をサポート。発生から約1カ月後(2016年5月27日)には熊本県・熊本市・県獣医師会が「熊本地震ペット救護本部」を立ち上げ、ペットの医療支援の体制を整えた。
避難先がペットNGの飼い主からは、再びペットと暮らせるようになるまで一時的に預かってほしいという要望もあった。こうした声を受けて、大分県九重町に受け入れ施設「熊本地震ペット救援センター」が6月1日を設置された。熊本市内から車で3時間ほど離れた場所だが、敷地は広く、ペット用のプレイルームも設けた。犬の散歩をするボランティアや、獣医、動物看護師、トレーナーもいる。ペットたちはのびのび過ごせるようだ。
一時預かりに際して、救護本部では受け入れ条件を設けた。熊本県健康危機管理課の江川さんはこう話す。
「条件としては、飼い主さんが普段やっておくべきことになります。犬については、法律で義務付けられてる『飼い犬登録』と狂犬病の予防接種。また、犬猫とも混合ワクチンの接種とノミ・ダニ予防が条件になります。できれば、去勢・不妊手術もお願いしています。混合ワクチンの接種とノミ・ダニ予防は法律で義務付けられていませんが、感染症の心配があるため、獣医師の先生たちとも相談し、こうした受け入れ条件を定めました」
ただ、一時預かりを相談する飼い主の中には「ワクチンの接種をしていない」「ノミ・ダニ予防なんてしたことない」という飼い主もいたという。また、狂犬病の予防接種と混合ワクチンの接種を同じものだと勘違いしている飼い主や、フィラリア予防をしたことがない飼い主もいた。
日本獣医師会では2016年5月1日から7月31日の使用期限で、被災者1人のペット2頭までに診療券を交付(1頭あたり1万円まで)。これを使うことで、一時預け入れが叶った飼い主もいたという。ただ、交付終了後は自己負担となるため、飼い主の中には「診療券が交付されたなんてこと知らなかった」「犬猫になんでそこまでしなくちゃいけないんだ」と不満を述べる人もいたという。
江川さんは「受け入れの条件は決して難しいものではありません。飼い主さんが普段やっておくべき、当たり前のことです。ペットをただ可愛がるのではなく、『飼い主として責任をもつ』とはどういうことか、もう一度噛み締めてほしい」と語った。
■ペットが避難所トラブルの原因に 環境省は「同行避難」を原則とするが…
避難所ではペットが被災者間トラブルの原因になる例もあった。朝日新聞(2016年5月10日)によると、熊本市内のある避難所では、犬を連れていた男性が別の避難者に顔を殴られるトラブルが発生した。
東日本大震災の教訓から、環境省では飼い主とペットの「同行避難」を原則とするガイドラインを2013年に示した。だが、これには強制力がなく、避難所でペットの受け入れるかどうかは、事実上は各自治体の判断となる。熊本地震ペット救護本部の山本さんによると、当初は同行避難を受け入れるも苦情を受けて、ペットの同行を禁止した避難所があったという。
熊本市では「避難所の居住スペース部分には、原則としてペットの持ち込みは禁止」とした上で、「動物が苦手な人、アレルギーを持っている人等への特別の配慮が求められます」とした上で、通常の生活環境とは大きく異なるため「避難所におけるペットの存在が、人々にとってストレスやトラブルの原因となったり、ペットにとっても大きなストレスとなる可能性」があるとしている。
山本さんによると、避難所ではペットを連れて援助物資や食料を受け取りに行くと、「ペットにやるなら人間にやれ!」と怒鳴られる例もあったという。ペット同行で避難した被災者は、プライベート空間を確保するためだけでなく、こうしたトラブルへの恐れから車中泊する人もいた。2004年の中越地震では、ペット同伴の被災者が車中泊を続け、エコノミークラス症候群で死亡した例もある。環境省では熊本地震が発生すると、車中泊をする飼い主に向けて注意を呼びかけた。
揉め事を恐れ、半壊の家やがれきの中でペットを飼い続ける飼い主もいた。山本さんは「地震で怖い目にあっただけでなく、重機の音もストレスになっていた恐れがある」と指摘する。山本さんも地震後に飼い犬を亡くした。「あの地震がなければもっと元気でいてくれたかもしれない」と話す。
こうした中、熊本市の拠点避難所の一つだった市総合体育館では「ペット同伴専用スペース」が設られた。ここでは「ペット同伴者の出入り口を決める」「においのしないウンチ袋を利用して廃棄場所を守る」など、ペットをめぐる避難者のルールがつくられた。動物と一緒のブースと、一般の避難者のブースが分かれており「理想的だった」と山本さんは話す。別の避難所でも、「犬を保護する部屋」「猫を保護する部屋」と、専用スペースが設けらたところもあった。
被害の大きかった益城町でも、震災から1カ月で避難所となった総合体育館の敷地内に、ペット専用の預かり施設(プレハブ3棟)が設置された。約60個のケージと周りにドッグランも整備した。
県健康危機管理課によると、環境省と県が2016年4月末〜5月末に実施した調査では、県内149の避難所のうち46カ所で同行避難を確認。確認できたペットは犬160頭、猫15頭だった。
避難所でのペット受け入れは予防接種などはもちろん、吠えないような「しつけ」、ケージに入る訓練など、「飼い主が、飼い主としての責任を果たしていることが前提」だという。人とペットが避難所で安心して過ごせるかどうかは、ひとえに飼い主のモラル次第だ。
一方で、国や県に対しては「同行避難を推奨しておきながら、対応は市町村に丸投げではないか」などと批判の声も出た。自治体側にも、ペット同行可能な専用避難所の設置やペット同行で避難所に入れる条件などルールの策定が求められる。「決まりがあれば、無用なトラブルを回避することもできる」と山本さんは指摘する。
■熊本から全国への教訓は「ペットの飼い主は、飼い主としての責任を」
「実は狂犬病の予防接種を10年ほどしたことがない」「うちの犬は病気しないから動物病院に行ったことはない」。救護本部の窓口を担当する山本さんは、飼い主からそんな言葉も聞いたという。一方で、我が子のようにペットを可愛がり、泣きながら一時預かりを依頼する飼い主もいたという。
「法律で決まっている飼い犬登録や、狂犬病の予防接種、混合ワクチンの接種、フィラリアやノミ・ダニの予防など、基本的なことはやっておかないとダメです。ワクチンはペットのための注射です。人間の子供にもワクチンを注射しますよね。それと同じことです。人もペットも、同じ命なんです」と、山本さんは全国的な啓発活動が必要だと指摘する。
地震発生後は飼い主の連絡先がわからない犬や猫も多数保護された。熊本県によると、2016年10月31日までに「被災ペット」として保護された動物は県全体で2024頭にのぼる。
山本さんは、「しっかりと迷子札やマイクロチップをつけてほしい。犬の場合は「鑑札」「狂犬病予防注射済票」もつけてほしい。飼い主としての責任を果たせば、犬や猫も怖い目に合わなくて済む。そうでないと処分される可能性もある」と警鐘を鳴らす。
被災地では、住宅の倒壊や飼い主の避難によるとみられる野良猫も増加している。山本さんは「繁殖させないのであれば、不幸なペットが生まれないためにも避妊や去勢手術が必要。避妊や去勢をしていないと、野良猫が爆発的に増える恐れがある」と指摘する。
こうした猫の殺処分を減らすため、2016年11月に熊本市の崇城大と竜之介動物病院が、野良猫の写真と生息場所の住所、不妊手術の有無などの情報を共有できるサイト「ねこでる」を開設。野良猫が集まっている様子などの写真や撮影場所、猫の特徴を募集し、その情報を基にボランティアらが野良猫を捕獲。不妊手術をして元いた場所に戻す取り組みをはじめた。
■「熊本地震は、まだまだ終わらないんです」
震災から1年が経ち、仮設住宅や「みなし仮説」に住まいを移す人々も増えてきた。だが、救護本部には「ペット不可のみなし仮説にしか入れなかった」「家屋の解体が10月以降になりそうで、引きとれる家がない」「土地はあっても次の家を建てられない」という悲痛な声も寄せられたと、山本さんは明かす。仮説住宅でも、ペットを飼っている人と一般住民の間でフンの始末や、しつけをめぐるトラブルが発生しているという。
救援センターに預けられた犬猫55頭のうち、これまでに飼い主が迎えに来たのは21頭(犬11頭、猫10頭)と半分以下だ。預かり期限は10月末まで。期限は残り半年ほどに迫っている。民間ではこれに代わる新たな動物シェルターの設置を模索する動きがあるが、場所の選定などで難航しているという。
救護本部ではペットを預けている飼い主向けに、預かり施設「救援センター」へのバスツアーを開いている。「預けているペットに会うことで、少しでも元気になってくれれば」と、山本さんは語る。これまで2〜3カ月のペースで開催されており、ツアーを申し込むハガキには飼い主から救護本部への感謝の言葉が並ぶ。
手紙を見せながら、山本さんはこう語った。
「震災直後、家々の屋根にかかっていたブルーシートは、この1年でだいぶ減りました。それでも、日常を取り戻せていない人やペットがたくさんいる。熊本地震は、まだまだ終わらないんです」
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