受動喫煙には「政治的な決断が必要」 飲食店の禁煙問題、専門家が訴える

「受動喫煙」を防ぐ対策を罰則付きで強化する健康増進法改正案を、厚生労働省が今国会へ提出することをめざしている。議論をどう捉えたらいいのか専門家に聞いた。

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他人のたばこの煙を吸わされる「受動喫煙」を防ぐ対策を罰則付きで強化する「健康増進法改正案」を、厚生労働省が今国会へ提出することをめざしている。しかし、自民党内での調整が難航し、先の見えない状況となっている。

厚労省が3月1日に発表した改正案の骨子では、飲食店のうちレストランや居酒屋などは「屋内禁煙」とし、喫煙専用室の設置は認める。一方、主に酒を出すバーやスナックに限り、床面積30平方メートル以下は例外として「受動喫煙が生じうる」との掲示や換気を条件に喫煙を認める、という内容だ

この厚労省案に対し、自民党の「たばこ議員連盟」は対案を発表、飲食店については禁煙・分煙・喫煙から店側が自由に選びそれぞれの表示は義務化。このほか、小中高校や大学、体育館、医療施設でも喫煙専用室の設置を認めるとしている。議連案は基本理念として、「受動喫煙を受けたくないこと」だけでなく「喫煙を愉しむこと」も国民の権利だとして、分煙推進を掲げている。

受動喫煙の問題点は何か、また、今回の健康増進法改正案の議論をどう捉えたらいいのか。ハフィントンポスト編集部は、たばこ政策に詳しい公益社団法人「地域医療振興協会」の中村正和・ヘルスプロモーション研究センター長(62)に聞いた。中村氏は「状況を大きく変えていかなければなりませんが、そのためには政治的なリーダーシップが重要」と話した。

取材に答える「地域医療振興協会」の中村正和・ヘルスプロモーション研究センター長=東京都千代田区

■日本のパッケージはインパクトが小さい

———まず、日本人の受動喫煙に対する認識はどうなっていますか。

わが国では、受動喫煙との関係が確実な肺がんや心筋梗塞、脳卒中、乳幼児突然死症候群に限っても、年間に1万5000人が亡くなっていると推定されています。受動喫煙に対する認識について海外と比較すると、日本人ではその認識はとても低いです。2014年の調査では、海外の約20カ国と比べて日本人は1番下ぐらいに位置し、中国と同じぐらいのレベルでした。

それは、日本が二つの政策をやってこなかったからです。一つはメディアキャンペーン。海外では電波媒体でたばこの害を知らせてきました。教育や所得レベルに関わらず、テレビを見る多くの人の理解が進みました。もう一つは、たばこのパッケージでの警告表示です。日本は細かい文字でたばこの健康影響が書いてあるだけで、インパクトが小さいことがわかっています。

———お洒落な外装だったりしますよね。

ええ。でも海外では、多くの国がパッケージにたばこの害に警鐘を鳴らす画像を載せています。見たくない人でも無意識のうちにある程度まで認識が上がるんですが、日本はそれがほぼ皆無。一方で、たばこ会社がテレビなどのメディアで「分煙が受動喫煙防止の解決策である」とする内容のコマーシャルを流していて、喫煙者と非喫煙者がマナーに基づいて住み分けて共存できるんだという誤った理解をする人も多いです。

国として知識を伝える方策ができていないので、結果として認識がとても低い。だから日本では世論もあまり盛り上がらないでしょ。禁煙運動を起こしているのは既存の禁煙の活動団体と保健・医療団体が中心で、一般市民が問題に気付いて憤慨してデモが起こることもないです。

———日本では禁煙デモは起こらないです。2020年の東京オリンピックを控え、まだ道半ばですね。

たばこの真実が伝えられてないことに問題があるんです。財務省ががっちりと予算を押さえていて、メディアキャンペーンには予算が付いて来ませんでした。パッケージの警告表示も日本は財務省が所管する「たばこ事業法」で仕切れるようになっています。つまり、「たばこ規制法」を進める厚労省ではなく、売る側とかなり密接な財務省が警告表示を担当していることが根本的な問題です。これだけの先進国でたばこの政策は非常に遅れていて、世界の人からはかなり不思議に見えると思います。

———フランスやイタリアは、受動喫煙への対応が進んでいます。そんなイメージは日本にはあまり伝わっていないですね。

喫煙室の設置を認めていますが設置基準がかなり厳しくて、実質的には禁煙にせざるを得ないのが現状です。

フランスは自由を大事にする国のイメージがありましたが、意外と早く法規制を導入しました。諸外国の多くでは、国民の健康を守る観点からたばこ政策をエビデンス(科学的証拠)に基づいて実施しています。日本はそうではなく、自民党の「たばこ議員連盟」などが厚労省の健康増進法改正案に対して「全面的に禁煙にしたら小さな飲食店が潰れる」などと反対しており、議論がかみ合いません。

———飲食店が屋内禁煙にしたら、店が簡単に潰れるんでしょうか。

たばこ産業から資金が提供された研究では売り上げが減ると結論付けた報告はあります。しかし、中立的な立場で実施された科学研究ではそのような結論は得られていません。たばこが吸えること以外に魅力がなく、喫煙場所にしかなっていなかったような店は確かに厳しいかもしれません。でも他に、例えば店主との会話が楽しめるとか、食べものでなくても何か魅力があればやっていけるはずなんです。

さらに、そこで働いている労働者の健康が大切です。健康と、経済的利益のどちらを重視するのかという話です。私たちは受動喫煙の問題を「他者危害性」という言葉を使って伝えようとしているんですが、受動喫煙というと、匂いははた迷惑だけれども害が実感として湧きにくいですよね。特に日本の場合は認識が低いので、大変な健康問題だと知ってもらうために「他者危害」という言葉を使っています。「健康影響」だと、ちょっと緩いですから。

———最近はレストランでもコーヒーショップでも分煙スペースを設けているところが増えていますが、中村さんの考えとしては意味がないのでしょうか。

いや、それは自由に吸えるよりはずっとマシです。空間だけ仕切るよりは、喫煙専用室をつくって外に排気するのですから、だいぶ曝露量を減らせますよ。ただし喫煙専用室を設けても、屋内に煙が漏れるし、従業員や掃除をする人はそこに立ち入らないといけないですよね。

厚労省案について「規制が厳しい」という業界の反発の一方で、規制が十分でないという意見が出てくるのは十分に予想されました。でも初めから、1番理想のレベルを目指すと現状よりも進まなくなってしまいます。海外でも、アメリカでは州政府によって違いがあり、規制が進んでいる州でも段階的に進んできました。例えばバーは、最後に禁煙化されていきます。だから日本では、罰則を付けて、飲食店などで喫煙室を認めるという例外があっても現在よりも進んだことになるので、いいと思ったんです。全部禁煙というのは現状ではちょっと無理でしょう。

厚生労働科学研究費補助金「たばこ対策の健康影響および経済影響の包括的評価に関する研究」(研究代表者 片野田耕太) 厚生労働科学研究費補助金「受動喫煙防止等のたばこ対策の推進に関する研究」(研究代表者 中村正和)

■たばこ関連産業との付き合いは選挙の票に繋がります

———厚労省案に反発している議員の中には、結構有力な人もいます。

そうなんです、まだまだ自民党の上の世代で喫煙者が多いし、献金を含めてたばこ関連産業との関係がある有力議員さんもいるからです。たばこ関連産業との付き合いは選挙の票に繋がります。一方、たばこを吸わない人の票は読めないと言われます。選挙モードになると禁煙推進議連も波風が立たないように休眠状態に入ると聞いています。

———さっき触れた禁煙キャンペーンについては、マスコミはまだ満足な伝え方をしていないと感じているんですね。

それに加えて、今は格差の問題が出ています。低所得の人ほど喫煙率が高いんです。特に生活保護を受けている人は喫煙率が圧倒的に高い。また学歴をみると中卒や高卒、さらに中退した人たちがかなり高いです。国内では喫煙者の割合は2割程度にまで下がって先進国並になってきたのですが、日本は高齢化が進んでるから、年齢調整をすると、先進国と比べてやっぱり喫煙率は高いままなんですよ。

———若い人は、まだ結構吸っている人が少なくないということですか。

そうです。30代や40代の特に男性が多いんです。年齢調整をすると、たばこ対策が遅れている東ヨーロッパ並の数字となり、世界的に見てだいぶ喫煙率が高いグループに属するんです。

———たばこの値段は近年、徐々に上げられていますが、その影響は。

値段は上がっているけれど、先進国の中では、1箱400~450円程度という価格は所得に比べると安いです。お隣の韓国は日本より高くなりました。2015年の年明けに約2倍の値上げをし、さらに飲食店を含めた受動喫煙防止の法規制を強め、禁煙治療も保険適用するとの3点セットを断行したんです。

———そうなんですか。韓国の状況は日本と変わらないのかと思っていました。

確かに韓国は、日本と同じようにこれまでアジアでは経済的にリードしている国にしては対策が遅れ気味だったんです。台湾や香港、タイ、シンガポールなどと比べると、ちょっと規制が緩かった。でも、今では韓国が対策を進めたので、日本はアジアの中でも遅れが目立つようになってきています。

———税金の絡みがあるから財務省が抵抗しようとするんでしょうか。

財務省は「たばこ事業法」を所管していますが、要はたばこが財源ですから、あまり急に税収が落ちると困ります。この事業法は、たばこ産業の健全な発展と財源の確保が狙いです。たばこの値上げとなると、税収が落ちるという話がいつも出ます。そんな金絡みの話となり、大切なのは健康か、それとも経済や財源なのかという議論になります。財務省の力が厚労省よりも強いので、結局押し切られてしまう。その結果、財務省もたばこ会社も納得できるのは、比較的小幅な値上げなんです。

今、議論となっている厚労省の健康増進法改正案は、誰も決着させられない状態です。それでも基本は健康問題だから、最後は東京オリンピック・パラリンピックの開催も視野に入れて首相官邸で議論するんじゃないですか。落としどころについては、禁煙を飲食店や居酒屋まで含めるかどうかですけれど、バーは例外となるのでしょう。それとも、30平方メートル以下の小規模な店は居酒屋も含めて例外にすることになるのか。厚労省は、居酒屋については譲らない姿勢を示しています。

———全面禁煙にする業態の線引きですが、どこで線を引くのか難しいですよね。居酒屋でなくても、イタリアンでも寿司屋でも、レストランは夜はお酒を出しますから。

居酒屋については、厚労省の考え通り、喫煙室の設置は認めても原則禁煙にすべきだと思います。ただしその時、お客さんの不便や健康被害の話になるでしょう。しかし守らなくてはいけないのは、実は一番長くそこに滞在している労働者なんです。それを考えると、罰則付きの法律ができるだけでも、かなり影響力が大きいでしょう。例外はいくつか認められても仕方ないと思ってるんですが、対策を進めるために罰則付きの法案が通ることが重要です。

———たばこを吸える店を例外的に認めればいいんじゃないかと言う人もいます。

たばこ産業側は、そのように「ここは吸える。昼間は禁煙か喫煙か選択できるようにしましょう」って言うんだけど、それは客目線なんです。働いてる人のことを優先して考えた対策が必要です。

いずれにせよポリティカルイシューそのもので、いろいろな利害が対立する問題です。健康面から考えたら間違いなくたばこを無くしたらいいわけです。しかし産業側は現に存在しており、たばこは合法的に売られているので、そこから社会としてどう足を洗うのか、それは簡単ではありません。政治的な決断をしないと解決しない問題です。

厚生労働科学研究費補助金「たばこ対策の健康影響および経済影響の包括的評価に関する研究」(研究代表者 片野田耕太)厚生労働科学研究費補助金「受動喫煙防止等のたばこ対策の推進に関する研究」(研究代表者 中村正和)

■外で吸えばいいんです

———吸う人は、室内で吸えなくなると外に追い出されるため、みんなが外で吸うようになるとも主張します。

外で吸えばいいんですよ。外で吸って室内に戻って来ればいいと思うんです。曝露量から見ると、はるかに室内で吸われる方が多いです。居酒屋みたいに喫煙者がたくさん集まるところで働く、たばこを吸わない従業員の曝露は健康を守る観点から看過できません。

外なら、ちょっと違う道を歩くとかして個人的に避けられるじゃないですか。でも、居酒屋の従業員はその仕事を辞めないと避けられません。いい職場に移れたらいいけど、うまくいかないかもしれません。居酒屋では大学生や高校生もバイトをしています。バイト代を稼ぎたいから煙を我慢してしまいます。

日本では高齢化が進み、介護費用や医療費をもっと節約しないといけない時代です。その時代に喫煙は今なお一番多くの人たちが死んでるトップの要因なんです。年間13万人が、受動喫煙者も入れると14万人が亡くなっています。認知症の発症にも喫煙の影響が明らかなので、たばこは要介護を引き起こす重要な要因でもあり、健康寿命を短くする最大の要因です。そう考えると、受動喫煙対策を少しだけ進めるのではなくて、たばこも大幅に値上げするなど、喫煙率を減らす効果的なたばこ対策を組み合わる「タバコミクス」をやった方がいいんですよ。

本当に国民の健康や医療制度を守ろうと思ったら、たばこ対策を進めないといけないんです。脳卒中と受動喫煙の関連がはっきりしており、脳卒中になると寝たきりや要介護になってしまいます。吸っていないのに、そんな悲劇もありうるわけです。それを政治家はどう考えるんでしょうか。世論では、6〜7割の国民は厚労省の改正案などの規制強化に賛成しているのです。

———喫煙者は「たばこ吸う人の権利はどうなるんだ」とか「マイノリティをないがしろにするのか」と主張したりします。

喫煙権は、他人の健康に危害を及ぼさない範囲で認められる権利で、「愚行権」といわれています。どうしても吸いたい人は場所をわきまえて吸えばいいけれど、「他者危害性」のあるものを排出していることを常に考えて吸うべきです。

たばこの健康影響や対策についての基本的な考えや常識のようなものが、まだ国民の間で十分認識されていないのが現状です。だから、多くの人たちが利害や利得を含めてそれぞれ好きなこと言って、たばこ規制枠組み条約の締約国として本来あるべき方向に議論が収斂しないのだと思います。そこの状況を大きく変えていかなければなりませんが、そのためには政治的なリーダーシップが重要だと思います。

取材に答える「地域医療振興協会」の中村正和・ヘルスプロモーション研究センター長=東京都千代田区

中村正和(なかむら・まさかず) 自治医科大学卒業。大阪府に就職し、府立病院や府立成人病センターで臨床と疫学を研修、府立健康科学センター健康生活推進部長など務めた後、現職。専門は予防医学、公衆衛生学。研究テーマはたばこ対策と生活習慣病予防対策。たばこ規制に関する厚労科研研究班代表者。公職として厚生科学審議会専門委員(健康日本21

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