対局中に将棋ソフトを不正使用していたと指摘され、のちに「不正の証拠はない」と認められた三浦弘行(43)九段が2月13日、約4カ月ぶりとなる公式戦に臨んだ。12時間を超える激闘の末、三浦九段は羽生善治三冠(46)に敗れた。
三浦九段の復帰戦となったのは「竜王戦」の予選トーナメントにあたる「ランキング戦」で、トップクラス「1組」の1回戦。
対局は東京・渋谷区の将棋会館で開催され、インターネット放送ニコニコ生放送でも中継された。予選トーナメントの1回戦が生中継されるのは異例のこと。奇しくもこの日は三浦九段の誕生日だった。
対局前、三浦九段から「ソフトとの指し手の一致を疑われるのは嫌なので、私だけでもボディーチェックをしてほしい」との要望が出されたため、別室で金属探知機などによる検査を実施した。
対局は午前10時に開始。6日に就任したばかりの佐藤康光・日本将棋連盟会長が見守った。記録係が定刻になった旨を告げると、羽生三冠の先手で対局が始まった。
羽生三冠は初手に「▲7六歩」をすぐに指した。対する三浦九段は、頭に右手を当てながら2分ほど考えると、「△8四歩」と指した。羽生三冠は矢倉、三浦九段は左美濃に構えた。
対局開始直後、頭に右手を当てながら考える三浦九段。盤側では佐藤康光会長が見守った。
「△8四歩」と指す三浦九段
途中、昼食(羽生三冠:なべ焼きうどん」、三浦九段:肉豆腐定食」)・夕食(羽生三冠:中にぎり、三浦九段:なべ焼きうどん)の休憩を挟みながら、互いに5時間の持ち時間を使い切り、1分将棋にもつれこむ熱い展開となった。
4カ月のブランクがあった三浦九段。一時は優勢とみられる局面もあったが、最後は終盤の難所を乗り切った羽生三冠が勝ちきった。
■対局後、両者の感想は…
三浦九段は「これだけ指さなかったことはなかったので、ちょっと分かりません。見落としも結構あり、もっといい指し方があったんじゃないかと思っています。熱戦になったのは唯一の救いかなと思います」と振り返った。
羽生三冠は「非常に新しい将棋で、こちらがずっと対応に苦労する将棋でした。終盤も読み切れていなかったので、最後までぎりぎりの勝負でした」と語った。
将棋連盟の佐藤会長は「三浦九段の復帰戦が無事に終わってホッとしている。ただ、三浦九段の名誉回復ができたとはまだ思わない。解決しなければならない問題はある」と述べた。
■羽生三冠「疑わしきは罰せずが大原則」
三浦九段は2016年10月から渡辺明竜王(32)と竜王位をかけた「竜王戦」七番勝負に臨む予定だったが、直前に対局中のソフト不正使用疑惑が浮上。同年10月12日、対局中に将棋ソフトを不正使用した疑いがあるなどとして日本将棋連盟から出場停止処分を受けた。
第三者調査委員会の報告書によると、疑惑をめぐり、三浦九段への処分が下される2日前(10月10日)に当時の島朗・常務理事の自宅で、トップ棋士らの検討会合が開かれた。
この会合には、島常務理事のほか、谷川浩司会長(当時)、渡辺明竜王、佐藤天彦名人、羽生三冠、棋士会長だった佐藤康光九段、千田翔太五段が参加した。
10月11日、羽生三冠は島常務理事に宛てて、「限りなく“黒に近い灰色”だと思います」と記したメールを送ったと「週刊文春」(2016年10月20日発売)が伝えた。
一方で、こうした報道について羽生三冠は「一部報道で誤解を招くような表現がありました」と否定。「灰色に近いと発言をしたのは事実です」とした上で、「今回の件は白の証明も黒の証明も難しいと考えています。疑わしきは罰せずが大原則と思っています」と訴えた。
辞任表明する谷川浩司会長(1月18日)
2月6日には将棋連盟の新会長に佐藤康光九段が選出され、執行部の新体制が発足したが、棋士28人が「(佐藤新会長と井上慶太・新常務理事以外)全ての専務理事・常務理事の解任」を求めたことで2月27日に臨時総会が予定されるなど、なおも混乱は続いている。
就任会見に臨む佐藤康光新会長(2月6日)
新会長選出の翌日(7日)、報道陣の取材に応じた三浦九段は、「第三者調査委員会の報告で私がシロだという判定が出たが、その報道を見ていない人もいる。世間一般の方にも冤罪だったと知ってもらいたい」と語った。
■96年に羽生七冠の独占を崩す… 三浦弘行九段とは?
三浦九段は1974年生まれの43歳。1992年に四段に昇段しプロデビュー。名人への挑戦権を争うA級順位戦に在籍するトップ棋士の一人だ。
羽生三冠との対戦成績はこれまで8勝30敗と分が悪いが、96年7月には当時の羽生七冠を破り「棋聖」を奪取。史上初の七冠独占を168日で崩したことで名を馳せた。
不正疑惑をめぐり、特別措置でA級残留が決まっている「名人戦」順位戦には、6月頃に始まる来期(第76期)から復帰する。