アメリカのドナルド・トランプ大統領が、イスラム教7カ国からアメリカへの入国を大統領令で禁止した問題で、ニューヨーク州の連邦裁判所は1月28日、弁護士らの救済申し立てに応じ、大統領令の一部の執行を一時的に停止することを認めた。
連邦裁判所の決定では、入国許可を受けた難民の追放を禁じている。また、大統領令の対象7カ国からの渡航者であっても、ビザなど合法的に入国する権利を持っている人々に対しては一時的に滞在を認めるとされた。しかし、トランプ氏の大統領令が合憲かどうかなどについては判断していない。
この決定を受けてワシントン・ダレス国際空港では、入国が許可された人々をデモ隊が歓迎する様子がTwitter上にアップロードされた。
しかし、執行停止に至るまでの間に、対象国出身の多くのイスラム教徒らが身柄を拘束され、難民たちは恐怖のどん底に突き落とされた。また、今後の生活への不安を抱えている。ABCニュースのまとめでは、全米4つの空港で少なくとも27人が拘束・送還された。
アメリカ・アラブ反差別委員会、法務部長のアベッド・アヨム氏は「多くの人が税関の通過を拒否され、直接的な影響を受けている」と指摘している。
■大統領令とは
27日に発令された大統領令は、シリアからの難民の入国を無期限に停止し、すべての国々からの難民受け入れを120日間停止するとされた。さらに、イスラム教徒が多数派を占めるイラン、イラク、リビア、ソマリア、スーダン、シリア、イエメンの7カ国からの入国を、90日間禁止するとの措置だった。
この指令は難民や観光客のみならず、約50万人の永住権(グリーンカード)を持っている人々にも影響した。ホワイトハウスは、母国へ移動するにはグリーンカードの破棄が義務付けられると発表しており、こうした人々は国外に一時出ることも危険を感じた。
さらに、この入国禁止は二重国籍保有者にまで影響するとされた。例えば、フランス国籍とイエメン国籍の両方を持つ人であっても、入国が禁止となる。
大統領令についての詳しい説明はアメリカの行政機関の職員たちの間でも共有されておらず、入国審査官などの間でも混乱が生じていた。
大統領令が発令されて丸一日がたった28日午後、ホワイトハウス代表は大統領令に特例措置として記載されている「『移動中』の解釈が完全に決定していない」と発表した。
大統領令には、各局は「時と場合によっては、難民として入国を認めることができる。移動中の者に入国を拒否することによって重大な支障がある場合(は入国を認める)。」などと書かれている。
この文章の解釈が決定していない段階で、空港に到着した人々に対する足止め措置は既に始まった。そのため、移動中に大統領令が有効になった人たちは空港で身柄を拘束されたり、帰国を促されたりした。
ニューヨークタイムズによれば、大統領令が下された数時間以内にニューヨークの国際空港で二人のイラク人男性が抑留された。また、Google社は、出張中の社員に帰国するように伝えた、とBBCニュースが報じた。
■難民たちに与えた計り知れない影響
アメリカ国内の難民支援団体は、ボランティアの自宅で受け入れるはずだった難民たちは足止めされている、とボランティアの人々に伝えた。
アリサ・ウォアティック氏と他38人のボランティアメンバーたちは、シカゴの「レフュジー・ワン」を通じて、難民受け入れに申し込んだという。
支援団体は、1歳の子供を抱えた3人家族を保護する予定だった。その家族には、ビデオ電話で既に新しい受け入れボランティアの家を紹介していたが、現実で会えるかどうかの見通しは立たなくなっていた。
「過酷な難民キャンプの環境から抜け出して、やっと家族に会えると思っていただろう。『来るのが3日遅かった』と言われるなんて想像もできない」とウォアティック氏は言う。
一方、難民の移住を支援する団体「チャーチ・ワールド・サービス」は、212人の難民を受け入れる予定で、その212人の内164人はアメリカ国内で家族が待っている。
トランプ大統領は選挙中、イスラム教徒が多数派を占める国からの難民の受け入れを停止すると発言したが、本当に実行するかどうかについては懐疑的な声が挙がっていた。
保守派の多くの企業や宗教団体でさえも、やめるよう勧告していたからだ。
さらに、昨年の夏にはポール・ライアン議長を含む多くの共和党議員が、宗教の差別につながるとしてこの政策に対して批判していた。しかし、トランプ氏が大統領令にサインした1月27日、ライアン議長はその決断を支持した。
選挙中の露骨な発言を実際の行政に適用すると、このようにとんでもなく恐ろしい事態を巻き起こすことが露わになった。Twitter上では他にも、実際にこの大統領令で被害を受けた人々による悲痛な声があふれていた。
シリア難民の友人が、空港でシリア難民たちはビザと搭乗券を持って待ってるって言ってた。彼らは全てを売って来たのに。
71歳の父がカタールからロサンゼルスに遊びに来るはずだったのに、イラクに送還された。トランプがビザを無効化したらしい。
■訪問予定だった家族と会えなかった人も
さらに、既にアメリカに入国できている難民たちの中でも、訪問予定だった家族に会えなくなってしまった人もいる。
2010年にロサンゼルスに移住したモハメド・アル・ラウィ氏は、イラク戦争中、ロサンゼルスタイムズのバグダッドの支社に勤務していた。命がけの経験だったという。
ラウィ氏の69歳の父親は、彼に会うためにカタールからロサンゼルスの便に搭乗しようとしていた。しかし、搭乗前に、アメリカ政府の役人に止められ、「ビザは無効化された」と言われた、とFacebookに投稿した。
ラウィ氏の父は政府役人らに身柄を拘束されて、パスポートを押収された。そのため、カタールでホテルをとることすらできなくなった。さらに、携帯電話の充電切れで連絡が途切れた、とアル・ラウィ氏は言う。
また、5歳の息子と15歳の娘と共にバグダッドからテネシー州に移住したミーハク氏とマーモウド氏夫妻は、18歳の双子の娘を、バグダッドに残して来たという。
マーモウド氏はアメリカ陸軍で通訳として勤めていたため、特別移住ビザを手に入れることができた。
しかし、2012年に申請したビザの承認には4年かかり、承認された時点で双子の娘たちは既に18歳を超えていた。
18歳以上のビザ取得は困難だ。今後、娘たちのビザ申請がさらに難しくなってしまえば、娘たちはバグダッドに取り残され、家族が再会できなくなるのでは、と両親は懸念している。
ミーハク氏は「常に涙が溢れています。特にトランプ大統領令が発令されてからは」と話す。「娘たちに会いたいし、イラクの現状は悲惨で、どうしたら良いのか全くわかりません」
■グリーンカード保有者にも
国立イラン・アメリカ協会の代表は、Twitterで、グリーンカード保有者を含めて、入国禁止に影響を受けている人たちの話を投稿している。ハフィントンポストUS版はこの話についても裏付けを取った。
20年以上アメリカに住み、帰化したゼーン・シャミさんは、2月7日に67歳の母が到着する予定だったと話す。
シャミさんの母はシリア生まれ。内戦により街が破壊され、クウェートに避難していた。シャミさんは避難先のクウェートで生まれた。過酷な審査を通過し、難民としてアメリカへの入国が認められたが、この大統領令によって移住も旅行も阻止された。
「条件は全て満たした。母が来られないのはおかしい。シリアのパスポートを持ってるからといって、差別して来られなくするのは、アメリカらしい行動ではない」
また、こんな投稿もあった。
もっと悲しいニュース(グリーンカード保有者に対するハラスメントについて聞いた人たちへ)
イラン人家族は全ての条件を満たし、グリーンカードを手にいれた。先週、娘以外はアメリカへ移住した。娘は数日遅れて出発する予定で、テヘランに残っていた。娘はドバイ経由のアメリカ行きの便に搭乗したが、ドバイから離陸寸前に、アメリカ国境巡視隊に強制的に飛行機から降ろされた。
航空会社は、国境巡視隊によってイラン人は搭乗させないように指示されたからだ。しかしその娘はグリーンカード保持者だ。彼女はドバイ空港からイランに向けて出発するところだ。アメリカに到着した家族とは離ればなれになって、家族は再入国できなくなるため、会いに行くことすらできない……。
また、フィラデルフィアでは、別のシリア人の2家族が入国を拒否され、シリアに送還された、とNBCフィラデルフィアが報じている。
シリアの首都、ダマスカス出身の25歳、ナシュワン・アブドゥーラさんは、奏楽の修士号でインディアナ大学ペンシルバニアを5月に卒業する予定だが、シリアからの移住が禁止されたため、アメリカに住み続けることができなくなるかもしれない。卒業後12カ月間認められる就労ビザに申請する予定だったが、不可能になるかもしれないという。
しかし、アブドゥーラさんはシリアには戻らない。母国に戻れば徴兵される可能性もあり、基本的な生活ができなくなってしまう。「母国は戦地だ。戻るのは当然怖い」。
しかし絶望はしていない。彼はカトリックであるため、この禁止令の対象になっていない可能性があるためだ。
■映画界にも波及
この発令は映画業界にまで影響した。
イランの映画監督、アスガル・ファルハーディー氏は、アカデミー賞授賞式の出席を阻止された。
ファルハーディー監督の映画「ザ・セールスマン」は外国語映画賞部門にノミネートされた。ファルハーディー監督は、2012年に「外国語映画賞」を受賞した、初めてのイラン人監督で知られている。
同映画の主演、タナレ・アリシュスティさんはビザの無効化を巡り、すでに授賞式をボイコットすると宣言していた。
ハフィントンポストUS版に掲載された記事を翻訳・加筆・編集しました。
▼シリア難民の子たち▼