「プッシー(女性器)」という言葉が、氾濫していた。プラカードで頻繁に使われていた言葉だからだ。
ピンクの色も氾濫していた。ワシントンの中心街は、見渡す限り、ピンクの毛糸帽「プッシーハット」の波だった。
ナショナルモール公園を埋めたピンクのプッシーハット(写真:津山恵子)
1月21日、「ウーマンズ・マーチ」と名付けられた反トランプデモの取材に出かけた。トランプ大統領が誕生した翌日、いきなり反対派がワシントンに結集するのは、異例のことだ。
その前から、プッシーハットを編む準備が、ニューヨークの近所では始まっていた。
「プッシーキャット(可愛い猫ちゃん)」という言葉に、「女性器」をかけている。視覚的なシンボルとして、色も、左右にある耳のようなとんがりもユニークだ。
朝、宿を出て、バス停で最初に出会ったのは、このプッシーハットをかぶった5人連れの一家。彼らが持っていたお手製プラカードがまず、「プッシーの反乱!」。丁寧に、子宮のイラストまで付いている。
「えー、こんな俗語を大っぴらに使ってもいいのかな」
と、戸惑った。
プッシーという言葉を巧みに使って抗議したプラカード(写真:津山恵子)
大統領就任式が開かれた同じ会場で、子宮のイラストも多く見られた(写真:津山恵子)
プッシーをここまでのキーワードにしたのは、実は、トランプ大統領だ。大統領選挙戦中にワシントン・ポストがスクープしたスキャンダルの一つで、トランプ氏が過去に出演したテレビ番組の収録中の私語が録音されたものだ。
「金があれば、女はどうにでもなる、プッシーをつかんだり」
トランプ氏の暴力的な女性蔑視発言は当時、猛烈な反対にあった。ある共和党議員が即日、同党選出のトランプ氏を支持しないと表明した。
「あんな発言をする人物を支持したとなれば、もう妻や娘に顔向けができない」
というのが理由だ。
ところが、ウーマンズ・マーチの参加者は、プッシーという言葉を使って、トランプ氏の共和党政権が抑圧すると懸念される女性の権利について、巧みに表現していた。プッシー、イコール、「女性」そして「権利」という意味だ。共和党政権が、強烈に批判している人工中絶手術を受ける自由についても言及している。
トランプは、プッシー発言にとどまらず、女性に対し「デブ」「ブス」「我慢ならない」という言葉を投げつけ、元ファーストレディーで元国務長官だったヒラリー・クリントン氏まで「ナスティ・ウーマン(不快な女)」と呼んだ。
バス停で出会った一家は、中西部ミシガン州から駆けつけ、「ナスティ・ウーマン」と書かれた襷(たすき)を全員がかけていた。縁は、緑と紫で、米国の女性参政権運動で使われたシンボルカラーだ。これも、トランプ氏の発言を逆手に取ったメッセージだ。
グループを率いていた元大学教授のエイミー・ベイドは、歩きながら、こうまくし立てた。
「1980年代は、組合運動に参加していたのよ。でも、仕事も子育てもあって、運動にさく時間がなくなったの。今は引退したし、今ほど、ワシントンに来て、声をあげなくては、と思ったことは、過去になかった。これは、今の私の任務なの。女性差別の発言を繰り返してきたトランプ氏が、大統領として正しい決断をするようにね」
エイミーらと、会場となるナショナルモール公園に近づくと、ピンクのプッシーハットの波が、続々と公園に行進していた。
エイミーは、涙を浮かべた。
「来てよかった。こんなにたくさんの人が、女性のことを考えている。私たちは、歴史の一部になるのよ」
ピンクの波は、プッシーという言葉が連なるプラカードも持参してきていた。
「このプッシーは、つかみ返すわよ!」
「私たちは、プッシー」
「私の性器のことは、私が決める」
「私の将来は、私のプッシー、つかませたりしない」
「プッシーの権利は、人権」
さらに、女性も男性も、老いも若きも声を合わせて何度もこう叫ぶ。
「私の(彼女の)バジャイナ(女性器)、私の(彼女の)選択!」
「ナスティ・ウーマンは、困難なことも解決できる!」
ブロンドの髪のトランプ氏が、ニューヨークの自由の女神の股間をつかんでいるイラストまである。強烈な皮肉だ。
南部テキサス州から訪れていた若いビジネスウーマン、アイリーン・フラニガンに聞いた。
「プッシーとかバジャイナという言葉が飛び交っているのを、どう思う?」
「私だって、普段は使わない言葉だけど、今は『言わなければいけないことを言う』時なの。これがジャスティス(正義)だと思うわ」
米メディアによると、ワシントンの行進の参加者数は、50万人。同時に、米国内と世界各地600カ所で行進が開かれ、合計250万人が参加した。
これが単に「トランプ氏の大統領就任に反対する」だけであれば、超大国への内政干渉ともとれる。しかし、この日のデモは、女性や同性愛者、弱者の権利を守ろうという、世界に共通する大きな意義があった。
翌22日朝、CNNを点けると、コメンテーターの女性がこう言った。
「いいデモでした。ムーブ・フォワードするための」
世界中の参加者が、「トランプ時代」を迎え、それを乗り越えて「前に進もう」という勇気を得た。これまでは、トランプ氏とその側近から発せられる敵対的でネガティブなニュースに困惑していたが、何百万人もの人が連帯したことで、いいデトックスになった。反対するだけでなく、何か前向きな行動を引き起こそうという引き金になったイベントとして、人々の心に残るだろう。
若い女性や母娘連れの参加者が多かった(写真:津山恵子)
筆者・津山恵子
ニューヨーク在住。ハイテクやメディアを中心に、米国や世界での動きを幅広く執筆。「アエラ」にて、Facebookのマーク・ザッカーバーグCEOを単独インタビュー。元共同通信社記者。
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