【UPDATE】(2017/06/20 20:10)
加藤一二三(ひふみ)九段(77)は6月20日、「第30期竜王戦」6組の対局で高野智史四段(23)に敗れた。この瞬間、加藤九段は引退。62年10カ月にわたる現役生活に終止符を打った。
現役最年長の棋士、加藤一二三(ひふみ)九段(77)の現役引退が1月19日、決まった。この日、加藤九段が在籍する第75期「名人戦」C級2組順位戦の対局で、競争相手の竹内雄悟四段が勝利し、加藤九段の降級が確定。定年規定により、63年間の棋士生活に終止符を打つことになった。
加藤九段は名人への挑戦権を争う順位戦の最上位クラス「A級」に通算36期在籍。還暦後もA級棋士だったが、2002年に「B級」へ陥落して以降、近年は成績が振るわず、2014年からは最下位の「C級2組」となっていた。
今期のC級2組は51人の棋士が10局を戦って成績を競う。うち下位10人に「降級点」がつけられ、降級点が3回つくと降級となる。加藤九段はすでに降級点が2回ついている。直近では12日の対局に敗れて1勝7敗となったが、この日は競争相手も敗れたため「引退決定」は免れていた。
C級2組から陥落すると、通常は順位戦に参加しない「フリークラス」となる。その場合、10年以内に規定の成績を上げて順位戦に昇級しなければ引退となる。またフリークラスでは定年規定がある。C級2組から降級した場合は60歳、自らフリークラスになると宣言した場合は65歳となっている。
加藤九段は現在77歳。日本将棋連盟の広報担当者はハフィントンポストの取材に対し「(加藤九段は)降級が確定した時点で現役引退が決まります」と説明。ただ、「引退が決まった棋士でも、他の棋戦(の予選・本選)で勝ち残れば現役扱いとなります」と述べた。20日に予定されている「棋聖戦」予選など、加藤九段にはまだ対局が残っており、順位戦も3月まで対局がある。予定される全ての対局が終わった時点で引退となる。
なお、加藤九段は12日の対局で、日本将棋連盟の創設(1924年)以降における「公式戦出場の最年長記録」(77歳0カ月)を更新した。
■「神武以来の天才」将棋界の伝説、加藤一二三九段はどんな人?
高校2年の加藤一二三・九段。当時は七段だった(朝日新聞 1957年6月7日夕刊・東京本社版)
加藤九段は1940年、福岡県稲築村(現・嘉麻市)生まれ。1954年、当時の史上最年少記録(14歳7カ月)でプロ棋士(史上初の中学生棋士)に。「神武以来の天才」「1分将棋の神様」「将棋界の異端児」などの異名があり、故・大山康晴十五世名人は「早指しの大家」と評した。「将棋は芸術」が持論で、「モーツァルトの曲のように、将棋もしっかりした解説があれば感動を与えられる」という。
1982年、中原誠・十六世名人との「名人戦」は、10局目までもつれ込んだ末、劇的な1分将棋で勝利。名人位を獲得した。最終局で詰みを発見した時には「ヒョーッ」と奇声をあげたと言われる。タイトル保持期間は名人・王位・棋王など通算8期を誇る。2001年に通算1200勝を達成。対局数(2497局)と敗戦数(1173敗)は、ともに歴代最多だ。
名人になった加藤九段を紹介する記事(朝日新聞1982年8月20日朝刊・東京本社版)
朝の食事はパン派。好きな駒は「銀将」で、戦術も「棒銀」(棒のように銀将を前線に突き進める戦術)を得意とする。猫好きとして知られるが、自宅付近の野良猫への餌やりで近隣住民から「悪臭などが迷惑だ」と訴えられ、2010年5月に東京地裁立川支部から餌やり中止と慰謝料204万円の支払いを命じられた。
2016年12月には、自らの最年少記録を抜いて14歳2カ月でプロ棋士となった藤井聡太四段と対戦したことも話題に。19世紀生まれから21世紀生まれまで、3世紀にわたる棋士との対戦を実現した棋士となった。
記録が残る公式戦で、最も年齢の離れた62歳差の対局を終え、感想戦をする藤井聡太四段(右)と加藤一二三・九段
■「長すぎるネクタイ」「昼も夜もうな重」など数々の逸話も
数々の名勝負もさることながら、加藤九段といえば「ネクタイをかなり長く結ぶ」「旅館の人工滝の音が気になったので止めさせた」「相手の側から盤面を眺める」(通称「ひふみんアイ」)など、個性的な「伝説」でも知られる。特に「対局時の食事は、昼も夜もうな重」は加藤伝説の代名詞だ。うな重にこだわる理由について、加藤九段はこう語っている。
若い頃はラーメンが多かったです。鍋焼きうどんも好きなのですが、熱いので、冷めるまで待っていると15分ぐらいかかる。まさか水をかけるわけにはいきませんからね。うなぎは温かいし、腹持ちもするのでこれに落ち着きました。
対局中に迷いたくないので、決めておいた方がいいんです。でも、時には考えることが面白くて、食べるのを忘れることもあります。後でおなかがすいてきて、「食べておけば良かった」と思うのですが。
(朝日新聞 2016年11月21日夕刊(東京本社版)より)
ただ、対局に敗れた12日の昼食と夕食は「定跡」のうな重ではなく、天ぷら定食だったという。
近年では「ひふみん」の愛称で若いファンからも親しまれ、将棋界のアイドル(もしくはマスコット)的存在に。ニコニコ動画では「ニコ動最年長アイドル」として人気だ。
一方で加藤九段は、敬虔なカトリック教徒としての顔を持つ。1986年にはバチカン(ローマ教皇庁)から「聖シルベストロ騎士勲章」を贈呈された。故・米長邦雄永世棋聖など、親しい棋士仲間からは「パウロ先生」とも。2007年8月には朝日新聞のインタビューで、「私にとって宗教は努力の限界を突破させてくれるものです」と語っている。
■加藤九段「新しい意欲を持って人生の旅路を歩んでいきたい」
史上最年長対局記録を更新した12日の対局後、加藤九段は報道陣に向けて心境を語った。
――今後について。
今日は負けたが、意欲を持って歩んでいきたい。まだ対局できる健康体。これからも将棋を中心に活躍していきたい。自分としては、対局しても疲労困憊(こんぱい)になるということはない。しかし、残念ながら結果がついてこない。
――順位戦は今日の敗戦で1勝7敗となった。
現実はよく認識して戦ってきた。全力で戦ってきた結果。全力投球してきた結果。これからも私が生きる上での気持ちは変わるが、新しい意欲を持って人生の旅路を歩んでいきたい。
(加藤九段「残念ながら結果がついてこない」 終局後語る:朝日新聞デジタルより 2017年1月13日00時53分)
また、自身のTwitterでもファンに向けて感謝の気持ちを綴っていた。
現役生活63年、この世に生まれたのは「将棋棋士になるため」という加藤九段。直近ではこんな言葉をTwitterに書き込んでいる。
ライブ動画配信サービス「ニコニコ生放送」では1月23日、この日を「ひふみんの日」として「1月23日も一二三の日 加藤一二三九段特番」を放送。加藤九段も出演する予定だ。
▼「将棋7大タイトル保持者」スライドショー▼
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