退職強要されて自殺したソニー社員、なぜ労災と認められなかったのか?

「子供や高校生の姉ちゃんでもできる仕事しかしていない」などと上司に言われていた。
The company logo of Sony Cooperation is seen at the CP+ camera and photo trade fair in Yokohama, Japan, February 25, 2016. REUTERS/Thomas Peter/File Photo
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Thomas Peter / Reuters

パワハラや退職強要が原因で自殺したのに、労災と認められなかったとして、亡くなったソニー社員の男性の両親が国に対して遺族補償の不支給処分取り消しを求めた訴訟で、東京地裁の佐々木宗啓裁判長は12月21日、「精神障害の発病及び自殺について業務起因性を認めることはできない」として、原告側の主張を棄却した。

男性は2010年8月20日、自宅のトイレで自ら命を絶った。当時33歳だった男性は、幼い頃の脳腫瘍の後遺症で軽度の身体障害者となり、ASD(自閉症スペクトクラム障害)を持っていた。

大学院卒業後、2004年からソニーの厚木テクノロジーセンターで、エンジニアとして勤務。ソニー側は男性を障害者であると認識して採用し、障害者雇用促進法に基づいて、障害者の雇用率を達成した事業主に支払われる雇用調整金の受給を受けていた。

■上司の発言は認定されたが、パワハラではなく「トラブル」

地裁で認定された事実によると、男性が亡くなる約2年前、上司Aが男性に対して会議中に無視するなどの行為を行うようになった。また、別の上司Bは2010年1〜2月、男性に対して「女、子どもでもできる」「子供や高校生の姉ちゃんでもできる仕事しかしていない」と発言した。また、部長Cは「俺もキレるぞ」人事担当者は「給料泥棒と呼ばれないだけのことをやっているのか?」などと発言した。

これらの発言は事実と認定された。一方で、原告側はこれらの発言をパワハラと主張していたが、判決では業務の範囲内であり、仕事上のトラブルなどとされた。

■退職強要は認定される

また、男性に対して退職強要が行われていたことは認定された。

人事担当者は、男性が亡くなる直前の2010年7〜8月に「一週間、将来について考えてもらう」「社外も検討」「もうサジを投げている」などの退職を強要する発言をしていた。

また、亡くなる前日にはキャリアを棚卸しする資料を作成し直し、文末に「最後のチャンス」と書くよう指示しており、男性が自殺した日には面談が予定されていた。

原告側代理人の川人博弁護士(左)ら

■精神障害発病・自殺と、業務との因果関係が認められず

一方で、自殺を労災とした原告側の主張が認められなかったのは、上司らの行為と自殺との因果関係が認められなかったためだ。

男性は2010年6月に適応障害との診断を受け、さらに7月以降に退職強要を受けて8月ごろに軽症うつ病を発症し、自殺に至った。

しかし、判決では適応障害について、上司Aの発言が発症から6カ月以上前に行われていることなどから、原因とは認められなかった。また、上司Bの「女、子どもでもできる」発言については「心理的負荷の程度は『中』」とされ、こちらも同様に原因とは認められなかった。

また、適応障害の発症後に行われた人事部からの退職強要で男性は軽症うつ病になった。しかし、軽症うつ病の前にすでに適応障害を発症していたことを理由に、軽症うつ病の「業務起因性」は認められなかった。

また、退職強要自体についても、「心理的負荷の程度は『特別な出来事』に当たらず『強』」とされた。

■なぜ労災認定されなかったのか。基準となる心理的負荷の程度とは?

原告側代理人の川人博弁護士によると今回の判決で、上司らの行為と自殺の因果関係を判定する上で使用された「心理的負荷の程度」は、2001年に厚生労働省が定めた労災認定基準に基づいている。

この基準では、業務による心理的負荷が「中」以下であれば労災とは認められない。また、心理的負荷が「強」であった場合にも、業務以外が原因の精神病など「個体側要因がある」場合には労災にならないとされている。

今回の男性の場合、最初の適応障害について「業務起因」とは認定されなかった。そのため、発症後に行われた退職強要が労災の原因と認められるためには、退職強要が極度のストレスがかかる『特別な出来事』と認められる必要があった。

今回の件では退職強要の負担は「強」と認定され、労災には当たらないとの判断になった。

一方、12月1日に名古屋高裁で下され確定した別の労災認定に関する判決では、労災の認定基準に沿うだけでなく「総合的に検討して、判断するのが相当」とされた。

川人弁護士は東京・霞ヶ関の司法記者クラブで行われた記者会見で「厚労省の認定基準には、その制定時から多くの疑問が挙がっていた。一般常識に照らしておかしい枠組みに司法が引きずられてしまった。名古屋高裁で確定した判決も参照すべきだった」と今回の判決を批判した。原告側は控訴するとしている。

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