先進国の中で数少ない少子化克服国、フランス。1993年に1.66まで落ち込んだ合計特殊出生率を2010年に2.02まで回復させ、それ以降も2.0前後でキープし続けている。その背景には、子育て支援に多角的な取り組みと予算配分を惜しまないフランス政府の姿勢と、「子育ては大変で、親だけでできることではない」という社会全体の共通認識がある。
保育園外観
住宅街の中にある私立保育園「バビルー・コンバンション園」は、公認会計士事務所として使われていたワンフロアを借り受け、320平方メートルに0−2歳児を計42人受け入れている。フランスの保育園はすべて認可園で、最大受け入れ人数は60人までと国の法律で定められている。
筆者は2人の子供をフランスで出産し、現在も子育ての真っ最中。当事者として感じたフランスの実態を紹介するため、『フランスはどう少子化を克服したか』(新潮新書)を上梓した。父親の育児参加を促進する「男の産休」制度、子育てのための気力体力温存策としての無痛分娩無料化など、日本と発想の大きく異なる5つのポイントに焦点を当てている。
その中でも、個人的にとても救われたのが、「親支援」を重視する保育園のあり方だった。保育園は子供が安全に健康に生活する場であるのはもちろんだが、それと同時に、「親が仕事と家庭生活を両立させるための支援」と定義されているのである。これは国の保育政策の官報などでも、必ず明記されている。
一方で日本の保育園はまず「児童福祉」、つまり「子供のため」の場所とされている。この出発地点の違いから、日仏の保育園事情にはかなり大きな違いがある。
日本では子供の保育園生活のために、親たちに求められるものが多い。たとえば毎日の「持ち物」。名前を明記したオムツ4、5枚、着替え一式、口拭きタオルなど「保育園での生活必需品」を親が毎日揃え、持参しなければならない園が一般的だ。昼寝布団やシーツも保護者が用意し、決められたサイズのシーツを親自身が縫うように指導されるところもある。加えて一部の園では、夕方のお迎えの際、使用済みのオムツをビニール袋に入れて返され、「子供の健康状態を把握してから、自宅で廃棄するように」と求められることも。
対するフランスの保育園は、そのほとんどが「手ぶら通園」。園での生活必需品は、園が調達・管理し、費用は全て保育料に含まれている。保育園に子供を託す親には時間がないのだから、その親に通園のための負担をかけることは、本末転倒という考え方があるためだ。
子供と同時に、親のためにもあるとされるフランスの保育園。それはどのように運営されているのだろうか。以下、具体例を挙げながらレポートしたい。
■シーツもタオルもすべて共用
0歳児クラスの保育室。装飾は最小限。
先だって、おむつやミルク、おしりふきなどの消耗品はすべて園で支給される、と書いた。タオルやシーツなどのリネン類もしかり、親が持参することはない。園が購入したものを共有品として使い回す。
共有品なので仕方がないが、それらのリネンは子供用というには無個性で、簡素だ。タオルは色柄のない無地。掛け布団を省略するため、シーツは寝袋状のものを用いる。その分、子供たちはお気に入りのぬいぐるみを持ち込んで、割り当てられた昼寝ベッドを「自分の場所」にして良いことになっている。
1歳児クラスの昼寝室。0歳児クラスは木枠の柵付きベッドだが、1歳児は子供別のマットになる。
タオル類は毎日、シーツは週に1回、掃除専任のスタッフが洗濯。そのため園内には洗濯・乾燥室があるが、4畳半にも満たない小さなスペースだ。一度見せてもらった際、たったこれだけの場所と設備で親の負担が確実に減るのだと、妙に感心したのを覚えている。
42人の児童のシーツ、口拭きタオル類、お絵かきスモッグ類を園で洗濯・共用するための洗濯ルーム。乾燥・ストックもここで行う。
■ やりとりはすべて口頭
親たちは手ぶらで通園するので、日本で一般的な「連絡帳」も存在しない。園とのやりとりはすべて口頭だ。親たちは通園すると保育室まで子供を連れて行き、各クラスの担当保育士に子供を託しながら、前日の夜から当日の朝までの子の状態を申し送りする。よく寝たか、よく食べたか、機嫌はいいか。親の一人が出張などで不在の際も、それを知らせる。家庭内の変化は日中の子の状態に影響するため、保育士は把握しておく必要があるのだ。登園時間は親によってまちまちだが、それでも時には、他の親の申し送りで順番を待たされることもある。それでも大抵の親は騒ぎ立てず、子供と保育室で遊びながら順番を待っている。
0歳児クラスの入り口にあるロッカーと着替えテーブル。保護者は子供と一緒に入室し、ここで靴を履き替えさせてから保育士に子を託す。
1歳児クラスの保育室。おもちゃやクッションで色とりどりの明るい印象があるが、装飾は最低限。
お迎えの時も、やりとりはすべて口頭だ。多くの場合、保育士は今いる場所から動かず、親の方が歩み寄る。それには理由があり、まずは「親が来るたびに保育士がバタバタ動いては、子供たちが動揺する」ため。そして「親を保育室の中まで招き入れる」ためだという。
親はまず子供を抱き上げ、それから保育士と日中の申し送りをする。その際、もし親に通常と変わったところがあれば、保育士の側からそれを指摘されることもある。私自身、「お母さん、ちょっと疲れてますね。どうされました?」と聞かれたことは一度ではない。親に育児の悩みがあれば、それをフォローするのも保育園の役割とされているからだ。
子供が夜寝ない、好き嫌いが出てきた、耳掃除の仕方が分からない、トイレトレーニングが進まない……子育て中のちょっとした悩みは、毎日変わる。保育士は子供のプロで、しかも、自分の子を毎日見ている人たちだ。その人たちと子育ての悩みを共有できること、そしてプロのアドバイスを受けられることは、これ以上ない安心感をもたらしてくれる。親は保育園と育児をシェアし、孤立しない。
フランスの保育園に連絡帳がないのは、親と保育士を密接に繋げ、「一緒に子育てをする」同士となるための仕組み、とも言える。
■ 保育士の負担も最小限
子供と同時に親のフォローも任務とする保育士たち。それに集中できるよう、「子供の世話」と「保護者との会話」以外の実務は最小限とされている。まず行事は年に1、2回しかない。保育室の装飾は子供たちの制作物を貼る程度で、勤務時間の範囲内でできるものに限られる。
身体的な負担も考慮されている。たとえば親との申し送りの際に子供と座っていたら、保育士はその場を立たないでよいことになっている。親が来るたびに立ち上がっていたら、腰の負担が大きくなるためだ。
オムツ替台には階段が内蔵されており、歩けるようになった子供は、保育士のサポートのもと自分で登る。保育士の腰の負担を軽減するための仕組み。
その背景には、保育士はあくまで「保育のプロ」であり、親の代役ではなく、親と対等の「子育てのパートナー」という原則がある。それを最もよく表す例が子供の抱き方で、フランスの保育士は、子供は「体を開いた横抱き」にするよう教育を受ける。
自分の体の前面を開けて、子供を腰骨に乗せるように抱く横抱き。子供と体を密着させず、2人の視線が「外」に向かって開かれる。
真正面から愛情たっぷりに抱きしめるのは、親にだけ許された抱き方だからだ。抱き方を変えることで、親は親、保育士は保育士と子供に認識させ、愛着の混乱を起こさせない。また保育士は「子供に求められたら」抱っこをするが、自分で進んで抱っこすることもない。抱きたいときに子を抱くのは親であり、保育士ではないのだ。保育士は「親子のために存在する職業」なのだから、親と子供の愛着を阻害する存在であってはならない、と考えられている。
子供のためだけではなく、親のためにもある、フランスの保育園。その保育方針に、来年、大きな改定が加えられることが今秋、発表になった。後編ではその改定の経緯をお伝えし、少子化克服国の最新の保育事情に迫りたい。
※後編「『子供はイコール国の未来』と考えるフランス、家族省に取り組みを聞いてきました」はこちら。
(取材・文 高崎順子、取材・写真協力BABILOU)
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