170万人が叫んだ「朴槿恵退陣」 デモ参加者から見えた"韓国の怒り"(現地ルポ)

自ら選挙で選んだ指導者を、デモで引きずり下ろすことはできるのか。
Taichiro Yoshino

自ら選挙で選んだ指導者を、デモで引きずり下ろすことはできるのか。

韓国の朴槿恵大統領は「陰の実力者」の知人女性・崔順実(チェ・スンシル)被告と、財団を巡る不正などの疑惑が指摘され、11月29日に「進退を国会に任せる」と談話を発表した

しかし12月1日の支持率は史上最低の4%から回復せず、野党3党に無所属議員を加えた171人が12月3日未明、国会に朴槿恵大統領の弾劾訴追案を提出した。可決には定数(300)の3分の2(200)が必要なため、与党セヌリ党から最低29人の同調者が必要となる。

9日の採決を前に、揺れるセヌリ党の国会議員に弾劾可決を迫る「民意」を突きつけられるのか。6週連続となる12月3日の「ろうそく集会」は、成否が政局を左右するだけに注目された。12月3日の土曜日、ソウルの「ろうそく集会」を現地で取材した。

12月のソウルは厳しい寒さに襲われるが、この日は午後の最高気温が10.5度と、比較的暖かい陽気だった。会場となるソウル中心部の光化門広場には、大勢の人で携帯電話がつながらないことのないよう、臨時基地局となる車両が並んでいる。

今回は、広場から約1km北にある青瓦台(大統領府)の、100m手前までのデモ行進が許可された。警察は青瓦台にデモ隊が突入するのを防ぐため、手前で厳重なバリケードを築くが、6週前のデモよりバリケードの位置は約1km後退したことになる。

行進してくる人々の旗を見ると、労組、政党、学生団体から日本の漫画「ONE PIECE」の旗、「独身男性の結婚を推進する会」という旗まである。「朴槿恵は退陣せよ」「今すぐ退陣せよ」と声を揃えて叫ぶデモ参加者も、よく見るとその怒りの中身は様々だ。

黄色いリボンを描いた人形を持つのは、2014年4月に修学旅行中の高校生ら304人が死亡・行方不明になった大型旅客船「セウォル号」沈没事故の遺族らだ。事故直後から朴大統領の所在が把握できない「空白の7時間」も、疑惑と絡んで再び焦点になっている。

2014年の4月、「船室で待機せよ」という大人の案内放送に従い、大勢の高校生たちが、船と一緒に海に沈んだ。光化門に来ていた高校3年生の男子、パク・チェウンさん(18)は「まだ選挙権はないけれど、少しでもこの国の力になりたくて来た」と話す。「市民を上から見下して馬鹿にする。国民をだまして自分は財閥から大金をむしりとり、訳の分からない女に操られる。こんな大統領は許してはいけないと思う」

障害者施策に不満を募らせる障害者団体、動物虐待反対を訴える愛護団体、有害物質を含む製品を政府が許可し続けたことで239人の死者と1528人の患者を出した加湿器殺菌剤事件の被害者家族(写真)、そして責任追及を求めるセウォル号の遺族…。光化門広場には、実に様々な「怒り」がある。

「それぞれ、息苦しい社会を共感しているんです。学歴や職業で分化された格差社会。いろんな典型的な悪役が登場する朴槿恵大統領のスキャンダルで、朴槿恵氏や財閥、既得権層を代弁するセヌリ党のせいだったという怒りが向かっている」

群馬県出身の在日コリアン3世で、韓国に住んで取材を続けるジャーナリストの徐台教さんは話す。

「大韓民国は民主共和国である。大韓民国の全ての権力は国民から生じる」。国民主権を定めた憲法第1条第1項を繰り返す歌が歌われる。「自分たちが選んだ代理人が逸脱した場合、生身の主権者が現れて、委任を撤回するという意思表示」(浅羽祐樹・新潟県立大教授)でもある。

2002年のワールドカップで韓国代表がベスト4に進んだときの応援歌は、韓国人にとって古き良き思い出だ。その歌に合わせ、街頭に出て大勢で歌い「朴槿恵退陣」を叫ぶ。「1週間、朴槿恵政権のひどいニュースを聞き続けた韓国人は、週末に街頭に出てストレスを発散しているんですよ」と、光化門広場を案内してくれたハフィントンポスト韓国版ニュースエディターのウォン・ソンユンさんは分析する。

夜になると、光化門広場に人が増え、身動きがとりにくくなってきた。気温も3~4度まで下がった。ただ、人が密集している中を動き回っているので、凍えるような寒さではない。ステージでの歌あり、笑いありの、まるでお祭りのような雰囲気だ。

家族連れ、それも子供を連れてくる人の数が多いことに気づく。とにかく年齢層が幅広い。仁川から来たアン・スミさん(37)は、夫とともに小学2年と1年の娘2人を連れて来ていた。まだ政治を分からない娘たちを連れてきた理由は? と訪ねると、「これは歴史の一場面だから」と答えた。

「大人たちがみんなで、子供たちのために国を変えようと努力している。そういう場面を見せて、何かを感じてほしい。私は母親として、未来ある子供たちが、チョン・ユラ氏のような特権階級の人間にはじき出される世の中にしたくない」。

崔順実被告の娘で、名門大学に「裏口入学」したチョン・ユラ氏の名前を挙げてきっぱりと言った。

約1500の市民団体や労働組合などでつくる主催者の「朴槿恵政権退陣 非常国民行動」によると、午後9時30分時点でソウル約170万人、全国で約232万人が参加したと発表した。約190万人だった前回をさらに上回り最多記録を更新した。

学生らが軍事政権と戦っていた1980年代、デモと言えば火炎瓶や鉄パイプ、そして警察の催涙弾が定番だった。時代が流れて2016年の「ろうそく集会」は、歌を歌ったりコールを叫んだりはするが、警察との間で小競り合いも起こらない。

デモで世の中は変わるのか。徐さんはこう見る。

「200万人を動員できる力を、市民団体が持っているというのは強い。政党への脅しがききます。すなわち、いざとなったら爆発できる力を持っているということ。政治の側もその怖さを知っているから、事態は確実に変わっている。変わらざるを得ない。民主主義の真価が試されていると思います」

与党・セヌリ党非主流派は、弾劾訴追案の発議とろうそく集会の結果を受け、4日に緊急の会合を開いて対応を協議することにした

▼画像集が開きます▼

※スライドショーが表示されない場合はこちらへ。

注目記事