クリントン氏陣営のボランティアルーム
アメリカの大統領選挙史上、稀に見る激しい戦いとなっている今回の選挙。投票日を直前に控えた11月5日、ボランティアが集まり、熱気に包まれた両陣営のオフィスを訪ねてみた。彼らは何をしているのか、そして、なぜ、それぞれの候補者を応援しようとしているのだろうか?ボランティア体験やインタビューで探ってみたいと思った。【アメリカ・ニューヨーク州より、ジャーナリスト石田彩佳氏がレポート】
■アポなしで参加できるクリントン氏陣営ボランティア
まず訪れたのは 、ニューヨーク・マンハッタン南部にあるクリントン氏の草の根活動の拠点。観光客でごった返す通りのビル1階にある。入り口で身分証明書を提示し、12階まで上がると「ヒラリーボランティアの皆さん、ようこそ!」という手書き・手作りのポスターが出迎えた。何百というメッセージの数に、草の根運動の裾野の広がりを瞬時に感じた。
クリントン氏陣営でボランティアをしようと訪れた人々
天気の良い週末の午後にもかかわらず、4部屋に分かれたボランティアルームには、白人、黒人、ヒスパニック系、アジア系、高校生・大学生、子連れ、初老の男女、およそ100人程のボランティアでごったがえし、持参したラップトップのパソコンや携帯電話を使って電話をかけていた。部屋にはクッキーやサラダ、デリで手に入る寿司、ソーダなどが用意されており自由に食べて良いということだった。
ボランティアには、当日ふらっとアポなしで立ち寄り、年齢・国籍問わず、誰でも参加できる。驚きの寛容さだ。志願者には、他にも戸別訪問や他州へのフィールドトリップを含むキャンペーンへの参加機会があるようだ。
■激戦州対策で、重宝されるスペイン語話者
受付で名前とメールアドレスのほかに唯一聞かれるのは、スペイン語が話せるかどうか。話せる人は、優先的にヒスパニック系有権者が多い激戦州に割り当てられる。私が参加した日、スペイン語話者には事前投票の締め切りが迫ったフロリダ州とノースカロライナ州の有権者リストを割り当てられ、投票を促す電話をかけていたようだ。
スペイン語を話さない私に手渡されたのは、別の激戦州であるペンシルバニア州の有権者リスト。そしてチェックシートだ。リストの順に、民主党員のボランティアとして電話をかけ、ヒラリーに投票するかどうかを聞き、投票所に行くよう促す。「電話相手が決めかねていたら説得するように」との指示もあった。チェックシートには通話の結果を書き込む。トレーニングや読み上げ原稿はなく、口頭で説明を受けたら、すぐにスタートだ。
■ボランティアはどんな仕事をするのか?
言われた通り、有権者リストに順に電話をかけ始めると、留守電、不在の嵐。萎えそうになるが、土曜の昼すぎということもあり、割り切ってどんどん、かける、かける。かけ始めて15分。50代くらいの女性が電話に出た。
クリントン氏陣営で電話かけのボランティアをする人々
電話口でボランティアである旨を伝え、ヒラリーを支持するかどうかを尋ねると、ポジティブな返事が返ってきた。
「もちろん。ずっとヒラリーを応援している。投票にも必ず行く」
「ありがとう」と言って電話を切る。なんだか調子が上がり、再び電話を手にしてかけ続ける。
これまで私はトランプ氏の支持者と直接話す機会はあまりなかった。だから次の人に電話が繋がり、その第一声を聞いたときには、ドキッとした。
■「権力の座にのしあがるためなら何でもするオンナ」のイメージ
「私は民主党員だが、この先未来永劫、クリントン氏に投票することはない!アイツは本当に不誠実なヤツだ!」
こう罵ったのは、60代の男性の反応だ。それから、この「crooked(不正直、不誠実)」という言葉を何度耳にしたことだろうか。
クリントン氏を阻む「不誠実」との印象。その印象の底には、クリントン氏も自ら「ガラスの天井」と述べたように、 女性であるが故にトップに上り詰めることを阻まれる「見えない壁」がある。
そして、長年ワシントンで連邦政府の一員として活躍した「既得権益層」という印象とが相まって、不支持層からは「権力の座にのしあがるためなら何でもするオンナ」と見られている。
それに加えて、私的なアカウントを使って公務のメールをやり取りしていた「メール問題」、それに続く初期対応が不信感を招いた。
さらに、クリントン財団との癒着や企業の講演料の高額謝礼疑惑などが浮上しても、積極的な情報開示をしないなどの一連の対応が、クリントン氏を「嘘つき」「不誠実」と受け止める層を生み出して、選挙戦を激震させている。
結局、2時間ほどで80軒あまりに電話し、話ができた10軒のうち、クリントン氏支持は4人、トランプ氏支持は6人という結果で、決めてかねている人には1人も出会わなかった。
そしてトランプ氏支持者からは、何度も「crooked」という言葉を耳にし、改めてクリントン氏が「嫌われ者」と言われている所以を肌で感じたのだった。
■ボランティアを志願する理由
一方、私が電話をしている間、オフィスには、ひっきりなしにボランティア志願者がやってきた。
「トランプが米国を代表するようになるのでは、と気が気でない」
こう話すのは、ニューヨーク州出身の女性、サンディ・アシェンドルフさん(56)。かつてはクリントン氏を「あまり信用できない」と感じていたが、「不法移民を送り返せ」「メキシコに壁を建設しよう」などと、過激な言葉で排外的な政策を語り、国内の分断を煽るトランプ氏には我慢ならないという。
国の民主主義の将来を憂慮して、1月の予備選挙から、時間を見つけては電話ボランティアに参加してきた。
「ヒラリーは、ずっと政治の道を歩んできた人で、子どもたちたちの世代に対する教育に力を入れるなど、信頼に値する。将来の世代が民主主義から利益を享受するためには、彼女の政策しかない」
サンディ・アシェンドルフさん
一方、9月からボランティア活動に参加してきたという男性、マシュー・ヒダルゴ(19)さん。大学で政治学を学び、両親はエクアドルからの(かつての)不法移民であるうえに、ガールフレンドがイスラム教徒であることから、「他人事ではない」と初めて政治活動に加わったのだという。クリントン氏の「多様性」を希求する政策に共感して、陣営のボランティアに参加してきた。
「彼女は当選するに違いない。トランプだって?彼が仮に勝ったとしても、きっと何もできやしないさ」
マシューさん
■トランプ陣営のボランティアは「自宅から」
一方のトランプ陣営はどうだったか。オンラインで前日にボランティア登録したものの、 返信がなく、最終局面でのボランティアを受け付けているのか、そもそも外国人にもオープンなのか、わからなかった。直接、オフィスを訪れてみることにした。
トランプ陣営の本部は、5番街に面するトランプタワーの中に位置する。周辺は、グッチやアルマーニ、ルイ・ヴィトンなど高級ブランドが店舗を構えるショッピングエリアだ。
電話ボランティアが集まる地下1階には、セキュリティガードが立っていた。彼の話によると、ビル内のボランティアオフィスには「誰も彼も」は受け入れておらず、オンラインで事前登録した上で、 本部からの返信を待つしか、ボランティアオフィス内に入る方法はないと断られた。
翌日、筆者の元には自宅から電話をかける電話ボランティアへの参加を促すメールが送られてきた。
■路上でアピールするトランプ支持者たち「ドナルドは愛国者」
トランプタワーの前の路上には、「アメリカを再び大国に!」と書かれた旗を持つトランプ氏の支持者の姿が。そこで、なぜトランプ氏を支持するのか彼らに聞いてみた。
ニューヨーク出身の保守派のクリスチャンで共和党員の男性、ジムさん(65)。大学卒業後、教員となり、現在は定年退職して妻とともに トランプ氏への支援活動を続けている 。
「ヒラリークリントンは、アメリカの国益を損じてまでも世界を優先するグローバリストだ。汚職まみれで、(国家機密を私用メールアカウントでやり取りしていたように)国家を危機に陥れる危険な人物だ。でもドナルドは愛国者だ。国境の強化は、今アメリカが最も必要としていることだ。私は合法的な移民の受け入れには反対ではないが、不法移民が、アメリカ人の職を奪い、アメリカ文化とは相容れない自国の文化を持ち込み国内でテロを起こしていることを受容できない」
ジムさん(右)と妻
また、夏頃から電話ボランティアに参加し、トランプタワーの前でトランプ氏の応援を続けてきたという、アルゼンチン出身の女性、スザナ・ボノさん(50)。
当初、白人の単純労働者を中心に支持を集めたトランプ氏だったが、最近は、スザナさんのように、アメリカの市民権を持つヒスパニック系の有権者の支持も取り付けている。不動産の仲介業者に勤めてきた彼女にとって、不法移民は許し難い存在だという。
「不法移民はたまったもんじゃない。合法的に働きに来ている移民にとって(彼らが稼ぎを得ているのが容認されているのは)不平等極まりない。(ビジネスマンである)ドナルドは、彼らを追い出し、オバマ政権が破壊した経済を立て直してくれるに違いない」
スザナさん
同じく、トランプ氏支持の白人男性、オースティン・ファテゴニさん(25)。ニューヨーク州北部の生まれで、農家のサプライチェーンに関わる事業を運営する自営業者だ。これまで無党派だったが、夏に共和党員に鞍替えし、トランプ氏を支持してきた。
これまでソーシャルメディアを通じて支持のメッセージを発信してきたものの、手応えを感じず、トランプタワーに足を運んだという。トランプ氏を支持する理由を尋ねると、大きく2つだと言う。 外交政策と移民政策だ。
「アメリカは中東政策から手を引くべきだ。他国の主権に介入する国ではあってはならない。(ブッシュのイラク戦争は間違いだった)。それから、アメリカ人の路上生活者がたくさんいるのに、不法移民が仕事を請け負っている現状を、おかしいと思わないか?」
オースティンさん (右)と友人
■クリントン支持者から浴びせられた「レイシスト!」の罵声
今回話を聞くことができた、クリントン氏の支持者は主に社会保障の観点から、トランプ氏の支持者は外交・防衛政策の観点から、それぞれの候補者を支持しているようだった。
オースティンさんに路上でインタビューしていた最中、気になることがあった。通りすがりの(ヒラリー支持者と思われる)人から、オースティンさんに対して 「レイシスト!(人種差別主義者)」との罵声が飛んできたのだ。
「ヒラリーやその支持者たちは、私たちのことを「差別主義者」と罵倒し、国を分断していると訴えているが、どちら側が分断しているのか?彼女こそが、他者に対する共感というものを全く持ち合わせていないではないか?」
アメリカの選挙史上、まれに見る「嫌われ者」同士の選挙戦。その選挙戦は、最終盤で「個人の人格攻撃戦」に様変わりしつつある。そして、その空気が人々の間に伝染。国民同士の対立を招いている。
いずれの候補者が当選しても、選挙戦を通じて深く分断された国民が再び結束するには、長い時間がかかりそうだと感じた。
▼著者プロフィール
石田彩佳
いしだ・あやか。ニューヨーク在住。NHK報道番組ディレクターを経て、現在コロンビア大学大学院で人権、人道支援について勉強中。
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