もしあなたの会社の一番偉い人が、「明日からなんでも好きな服を着てください」と言ったら、あなたはどうするだろうか。そしてその本人が、Tシャツとジーンズ姿で現れたら、あなたはどう思うだろうか。
ニュースアプリ「SmartNews」の藤村厚夫さんは、「執行役員」という肩書きながら、Tシャツにチノパンというカジュアルなスタイルを通している。そんな藤村さんは、仕事で着る服やワークスタイルについてどのように考え、どんなこだわりがあるのか、どうやって服を選んでいるのか、話を聞いた。
<藤村厚夫氏プロフィール>
アスキー(現KADOKAWA)、IBMを経て、@IT(アットマーク・アイティ)を立ち上げる。@ITをITmediaと合併させ、株式上場に導いた後、2013年にSmartNewsの執行役員となる。
■役員だってカジュアルでいい
その日も、藤村さんは、Tシャツにチノパン、上からシャツを羽織るというカジュアルな装いで現れた。スーツやジャケットを着ているいわゆる「ビジネスマン」のイメージとはだいぶかけ離れている。その姿は、どこか肩の力が抜けてリラックスした感じすら漂っていて、とても親しみやすい印象だ。
「こういう楽なスタイルが好きなんです。休日もこんな感じなので、ある意味仕事とプライベートの服装の境目がなくなってます。家内には『高校生みたいな格好はやめて』と言われてますけど(笑)。今は本当にネクタイを締めることがなくなって、冠婚葬祭を除いたらもう5年くらいネクタイをしてないかもしれません」
■正装はSmartNewsのロゴTシャツ
今日がたまたまそういう服を選んだ日だったわけではなく、これが日常のワークスタイルだと語る藤村さん。立場上、日々たくさんの人に会い、時には企業のトップやお偉方とビジネスの話をしたり、フォーマルな場に呼ばれたりするような機会もある。そんな時もカジュアルな装いを貫いているのだろうか。
「会社のイメージを意識する時は、SmartNewsのロゴが入ったTシャツやパーカーを着るようにしています。役員クラスの方がたくさん集まる会合に行く時も、各省庁の広報担当者にSmartNewsの『政府チャンネル』について説明する時も、そのスタイルで通しました。海外でもそんな感じですね。背広を持っていかなくていいから楽です(笑)」
「アメリカによくあるファミレス風の席がほしい」というスタッフのリクエストに応えて作ったソファ席
頑なにカジュアルを貫いているわけでも、そういうイメージを演出しようとしているわけでもない。藤村さんはあくまでも自然体で、「自分が好きなもの」を選んでいる。仕事柄、ドレスコードが求められるような場所に赴く時でも、自分のスタイルの中で、TPOに合わせて選ぶものを変えているのだ。
■スティーブ・ジョブズが世界のワークスタイルを変えた
日本でもワークスタイルが徐々に変わり、多様化してきた背景には、世界的な風潮があると藤村さんは語る。
「やはり、スティーブ・ジョブズの影響は大きいですね。いつも同じ格好でいるというスタイルは、色々な意味で大きく概念を変えた。それを引き継いでいるのが、Facebookのマーク・ザッカーバーグです。『シンプルでミニマムなライフスタイルがいい』という価値観は、彼らの言葉の力強さにとても合っていて、世界中に浸透していきました。当時の日本はそこまでではなかったですけど、海外では明らかにみんなの格好が変わっていきましたね」
2007年は、世界的にも大きな節目の年だったと藤村さんは振り返る。Appleから初代iPhoneが登場し、Facebookは急速にユーザー数を増やし、後々ひとつの新しい時代を形作っていく大きな潮流が動き出したのだ。
こだわりの本棚スペース。スタッフが好きなチューリングの関連書籍も並ぶ
「そんなターニングポイントとなる時期に現れた二人は、シンプルなスタイルを定着させると同時に、スタートアップのカルチャーや新しいワークスタイルが生まれるきっかけにもなりました。自分もそういう影響を少なからず受けていると思います」
■「服装でグレードは決まらない」偉い人のTシャツ姿も当たり前の世界
メディアが劇的な変化を遂げた時代に、その中心で色々な国のたくさんの人を見てきた藤村さんの目から見て、海外の人たちのワークスタイルにはどんな特徴があるのだろうか。
「すごくはっきりしているのは、『服装でグレードは決まらない』ということです。それこそ、海の向こうでは、すごく偉い人がTシャツを着てることも多いし、こういう人やこういうグレードの人はこういう格好をしている、という考え方はほとんど通りません。逆に言ってしまうと、そういう時代にあえてスーツを着たりネクタイをしたりしている人は、それなりにお洒落を意識して、意図があってそういう格好をされていると思いますね」
■ジャケットからTシャツへ。藤村さんのワークスタイルが変わった理由
そんな藤村さんも、昔から今のようなカジュアルだったわけではないという。以前はいわゆる「ビジネスカジュアル」、ワイシャツの上からジャケットを羽織るスタイルが定番だった。
「アスキーに勤めていた時は、たとえばインタビューする時は一応ネクタイをしていくとか、この人に会うからブレザーを着ていこうかとか、そのくらいしか気にしてませんでした。@ITを立ち上げてからは、広告主さんに会うとか、大きい会社の偉い人にインタビューする時にだけ、ネクタイをして紺のジャケットを着てた。紺のジャケットは無難で安心なので定番になってましたね」
その時から、藤村さんのスタイルは徐々に変わって今のスタイルに行き着いた。そこには何か理由やきっかけがあったのだろうか。
「今振り返ってみると、会社やビジネスへの配慮というよりも、『職場がある場所』によって変わったというのが大きいと思います。ITmediaの時はオフィスが丸の内だったので丸の内のビジネスマン、今は表参道や原宿のクリエイターとか、なんとなくその街やそこを歩いている人たちの雰囲気に近づくようなところがある。このエリアは、基本的にカジュアル系で、アウトドアブランドの店とかもけっこう多いんですよね。そういうのがわりと好きなので、自然と足が向いていると思います」
藤村さんとは10年以上の付き合いがあるという女性スタッフに藤村さんの印象を聞いて見ると、「昔より話しやすくなった」「人間が丸くなった」とのこと。服装とともにイメージやスタッフとのコミュニケーションにも変化があったようだ。
■好きなスタイルで仕事をすることが、いい仕事につながる
SmartNewsの社内を見渡してみると、まさに「自由」という言葉がぴったり。みんな思い思いの格好をしている。
「うちの会社にドレスコードはない。基本的に自分が好きなものを着たらいいと思ってます。スーツを着たい人は着てもいいと思うんですよ。ただ、見事にゼロですね。営業に行くスタッフすら着てない(笑)。共同CEOの鈴木(健)もサンダルに半ズボンをはいています」
経営陣自らが「自由な格好」を体現することで、他のスタッフも安心して自分のスタイルで仕事ができる。藤村さんは、そういう「環境」を意識的に作り、スタッフが伸び伸びと働けるようにと日々目を配っているのだ。
「服やスタイルによって、働きかたやモチベーションも変わってくると思うんです。会社だからってみんなのコードを『合わせる』みたいなことは極力しなくていい環境を僕らは作りたい。みんなが自由に好きなものを選べる、それを自然にできる環境を大事にしたい。それが、仕事のスタイルとか生産性、精神の健全性にも寄与すると僕は思っています」
「経営会議とかお堅い会議は、明るくて前向きになれる部屋でやろうって、椅子を全部カラフルなカバーに張り換えたんです」(藤村さん)
SmartNewsはスタッフの半分以上がエンジニア。日本を代表するニュースアプリとして、価値のあるニュースをどこよりも早く届けようと、そのシステムを随時アップデートし、より良いものを追求することに日々心を砕いている。
「エンジニアが多いというのも、社内の雰囲気に影響しているかもしれません。集まって四角四面な議論をするわけではなくて、人がなんとなく集まってしゃべってるようなコミュニケーションがあって、好きな格好で好きなスタイルで仕事をする。あとは、やはり私たちはスタートアップなので、『スタートアップらしくありたい』と思っているところがありますね」
■「超最高のエンジニアを育てたい」全力でサポートする仕組みづくり
好きなスタイルで自由に仕事ができる雰囲気は、スタイリッシュで洗練されたオフィスからも伝わってくる。仕切りのない広々とした空間にスケルトンの天井、部屋のいたるところに人が集まりやすそうなミーティングスペースがあり、みんなが自由に行き来している。
午後になると、コーヒースタンドにバリスタがやってきて、美味しいコーヒーを提供してくれる
「これは鈴木の思想なんですけど、『SmartNewsを、ヨーロッパのサッカーチームみたいな会社にしたい』と言ってるんです。サッカー選手が試合で活躍するその舞台裏では、選手たちのコンディションを周りのスタッフが全力でサポートしている。それがあるからこそ、フィールドに立つ選手は超最高のプレーができる。それをSmartNewsに置き換えると『世界に名前を残すくらいのエンジニア』になってもらいたいということですね。そのために、あらゆるサポートをして、最高のパフォーマンスを出してもらえるような仕組みを、会社全体で作り出していきたいんです」
「自分が着たいものを着る」、そうすることで仕事も最高のパフォーマンスを引き出すことができる。そう信じているからこそ、藤村氏は、自由に好きなスタイルで働ける環境を作ることにこだわっているのだ。
ワークスタイルがどんどん多様化していく中で、企業や経営者自らが一人ひとりの働き方を尊重しようとするカルチャーもまた、広がっていくことを期待したい。
(撮影:西田香織)
着る人を選ばない服、人が主役になれる服……。シンプルでどんなスタイルにも染まるユニクロの服は、その人の個性や生き方を浮き彫りにし、際立たせてくれるのかもしれない。
一人ひとりのライフスタイルに寄り添う、それがユニクロの“LifeWear”。