旅館・ホテル運営の星野リゾート(長野県軽井沢町)が7月20日、東京・大手町に高級日本旅館「星のや東京」を開いた。軽井沢をはじめとして地方の観光地で事業展開してきた同社にとって、東京で運営する初の旅館となる。星野リゾート代表の星野佳路さんは(56)がハフポスト日本版のインタビューに応じ「2020年の東京オリンピックは、地方の多彩な魅力を世界に伝える機会にするべきだ」と、東京の街づくりについて提案した。
「星のや東京」は18階建てのビルをまるごと日本旅館にした。館内はほとんどが畳敷きで、玄関で靴を脱いで上がる。上階には、地下1500メートルからくみ上げた温泉を使った露天風呂も設けた。各階にラウンジを設け、おむすびや日本酒などを用意。また訪日客に対応するため英語や中国語を話すスタッフも配置した。客室数は84、1泊1室7万8000円(税、サービス料込み)から。
外資系の高級ホテルが相次いで進出し、競争が激化している東京。その日本有数のビジネス街の真ん中に旅館を開業した狙いや東京の街や2020年東京オリンピックへの思いなどを、星野さんに聞いた。
星野佳路(ほしの・よしはる) 1960年、長野県軽井沢町生まれ。83年に慶応大経済学部を卒業後、86年に米コーネル大学ホテル経営大学院修士課程修了。91年に家業の星野温泉(現・星野リゾート)を継ぐ。リゾートの再生や運営を次々と手掛け、観光庁の「観光カリスマ」にも選ばれた。現在は、滞在型高級リゾート「星のや」、温泉旅館「界」(かい)、リゾートホテル「リゾナーレ」などのブランドを中心に、国内外35施設を運営する。
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■「部屋の清掃は外注ではなく、私たちは全部を正社員がやっています」
――「星のや東京」が7月20日に開業しました。まず、特徴や魅力は何ですか。
コンセプトは「塔の日本旅館」ということです。日本旅館が、世界の高級ホテルのカテゴリーの中でも負けずに競争していけるとお見せすることが大事なポイントです。ホテルのカテゴリーは様々ですが、日本旅館がその一つになるということです。日本に行ったから日本旅館なのではなく、快適でおもてなしが素晴らしくて「滞在が非常に豊かになるので日本旅館」と感じてもらいたいです。
――東京でのホテル運営は初めとなります。2020年のオリンピック開催地が東京に決まる2013年以前から建設が決まっていましたが、それにしてもいいタイミングですね。
東京オリンピックが決まった時には、すでにこの計画はかなり進行していました。私たちの発表と開催地決定は近い時期になりましたが、「星のや東京」はオリンピックとは関係ないのです。
日本の代表として誰もが知っている東京という都市で、一流ホテル以上の業績を出せるホテルのカテゴリーとして日本旅館を位置づけないと、世界の都市やリゾート地には出ていけないのです。私たちは日本の地方から発展してきた運営会社ですが、東京にしっかりとした拠点を持つことはすごく大事なことだと思っています。
――なるほど。ターゲットにされているのは、日本人も外国人も両方ですか。
もちろんです。日本旅館を評価できるのは日本人以外にないのです。日本の方だからこそ、デザインにしても食事にしてもサービスにしても、日本旅館を評価していただけると思っています。地方でもそうですが、日本人にしっかりと評価していただけなければ本物ではなくなってしまいます。日本のお客様にしっかりと支持していただくということが大事だと考えています。
――開業して、これまで何か反響はありますか。
いや、特別なものはありません。日本の地方の温泉旅館やリゾートもそうですけれど、3カ月くらい経たないと反応や課題は分からないのです。
開業はホテルの仕事の中で一番難しい仕事です。今回、3分の2のスタッフは地方の施設からスキルのあるメンバーを揃え、他の3分の1は新たに採用しました。それでも全員にとって初めて運営する施設ですので、やっぱり要領をつかむまでに少し時間がかかるのです。
――3分の2のスタッフの方を各地から集めたとのことですが、精鋭揃いということですね。
そうですが、地方でも精鋭が残らないと成り立たないところがあります。「星のや東京」の運営の特徴は、生産性が高いこともありますが、全部を正社員で運営するということです。正社員がマルチタスクなスキルを身に付けて、生産性の高い業務をこなしていくという方法です。例えば部屋の清掃は、東京のほとんどのホテルは外注していると思うのですが、私たちは全部を正社員が清掃しています。フロント、チェックイン・チェックアウト、それから部屋の清掃、調理、レストランサービスも含めて、マルチなタスクを身につけているメンバーを地方から集めました。
「星のや東京」の正面玄関
■「個人的なこだわりとして、新しい東京の魅力としての神田を紹介できるホテルになると思います」
――ところで、東京の街づくりや「都市観光」について伺います。星野さんとして、東京、もしくは「星のや東京」周辺をこういう街にしたいという思いを聞かせてください。
東京は過去20年間、パークハイアットから始まって高級ホテルがほぼ勢揃いした世界有数の都市の一つになりました。そういうホテルに負けない収益を東京で出していけば、必ず世界に出ていけるチャンスがあります。ですから、東京に揃っている高級ホテルグループの中でしっかりと業績を出していくことにこだわっています。
大都市のホテルというのはロケーションが大事です。今回は三菱地所さんのおかげで東京駅に近い、東京の金融の中心である大手町に開業することができました。本当に恵まれた場所です。外資系ホテルの開業が続く今、同じフィールドで開業できることが一番重要だと思っていました。比べていただいた上で負けていない状態をお見せしたいです。
また、個人的なこだわりとして、神田に近いということがあります。私は個人的によく神田に行くのですが、新しい東京の魅力としての神田を周りの方に紹介していけるホテルになると思っています。
神田はすごく珍しい町です。東京という大都市の中に、あれだけ古本と音楽とスキーと山関係のお店が集中していて、そこに来る人たちでごった返しています。そして、皆つけ麺を食べて帰って行くのですね(笑)。神田明神を中心とする神田エリアにはまだまだ多くの外国人は来ていないのですけれど、面白い場所だと思っています。今後はじっくりとアピールしていきたいです。
――東京にホテルがたくさんできて、競争が激しくなっています。その厳しい戦いの中に入っていくという覚悟は相当なものですか。
厳しい戦いになるかもしれませんが、私たちが目指しているのがグローバルなホテル運営会社になりたいということなので、東京は避けることができないエリアだと思います。それよりも、地方に留まっていることのリスクを感じています。
世界のグローバルな高級ホテルチェーンが、日本の地方にやってきています。京都や沖縄、さらに軽井沢という私たちの本拠地にも開業しています。ですので、私たちが地方に留まっていれば競争が激しくないかというと、全然そんなことはないのですね。
私たちはむしろ、日本旅館という素晴らしい素材を与えていただいているわけですから、自分たちからそれを進化させて、改善して、東京だけでなく、海外市場にもしっかりと運営拠点を作っていきます。それが私たちのサバイバルにとって一番大事な戦略だと考えています。
――オリンピックに向けて、東京をこうした方がいいというようなご提案はありますか。
日本の観光の課題とは、実は東京、京都、大阪に外国人観光客が集中しているということなのです。インバウンド(訪日外国人)は昨年2000万人を超えましたが、訪れる都道府県のトップ10でその80%を超えています。
私たちのリゾートで言うと、年間宿泊者数は北海道の「トマム」では冬は約50%、「星のや京都」の約40%が外国人です。一方、温泉旅館「界 津軽」の外国人は約1%だけで、「ウトコ オーベルジュ&スパ」という高知県にあるリゾートの宿泊者の中の外国人も約1%です。このように、かなり地域格差が出てきていて、日本の観光では大きな課題だと思っています。
前回オリンピックの1964年は東京の復興を伝えればよかったのですが、今では東京が世界の大都市の一つだと誰もが知っています。2020年の東京オリンピックは、日本の地方のダイバーシテーィといいますか、東京や京都以外にも地方にとても多彩な魅力がたくさんあるということを伝える機会にすべきだと思っています。そうすることが、日本の観光にとって、オリンピックの成功を示す大きな試金石となるのではないでしょうか。
日本に来ていただければ多くは東京に寄りますから、東京だけでなくて地方の魅力をしっかりと紹介する機会に、東京オリンピックをしてほしいと思っています。例えば、ハワイは、オアフ島観光だけだったらこんなに伸びていないと思うのですが、ハワイにはオアフ島以外にマウイ島やカウアイ島などもあります。オアフ島以外の魅力を出していくことによって、結果的に一番メリットを得たのがオアフ島なのです。
――今後の展開についてお聞かせください。
最初に私たちが海外の運営拠点のチャンスをいただいたのがタヒチです。ランギロア島というところで運営を始めて2年が経ちました。ここで日本旅館メソッド、つまり日本でやってきたことをそのまま現地に当てはめて改善しているのですが、業績がとても良くなっています。私たちのリゾート全体にとって海外拠点での大きな自信になっています。
それから私たちがデザインした新築の案件として、バリで12月に開業を予定しています。日本でやってきたサービスやマルチタスクの手法を導入しながら、集客とお客様の満足度と収益性を両立させていくような運営を目指していきたいです。一方で、アジアの投資家や開発会社の方々や、海外の他の地域の方々からもお声をかけていただく機会が増えてきています。私たちのリゾートに合ったプロジェクトを選び、海外拠点を増やすことを積極的にやっていきたいです。
――国内の方はもう、だいたい出尽くした感じなんですか?
「界」(かい)という温泉旅館ブランドを展開していますが、高級温泉旅館として50室程度の小さな規模のものです。国内で、できるだけ早く30拠点になるように進めていきたいと思っています。まだ道半ばです。
私たちはラグジュアリーなカテゴリーを「星のや」、温泉旅館というカテゴリーを「界」、そしてデスティネーション型の西洋ホテルを「リゾナーレ」としてブランドで展開しています。地方都市の観光は、実は市場としては非常に大きいです。これまでこの市場において私たちは運営を全くしてこなかったのですが、これからは提供する必要があると感じており、今後取り組んでいきます。その第一弾の案件が、旭川グランドホテルです。来年から私たちは取り組んでいきます。
「星のや東京」の客室「桜」
■「ライフスタイルの変化に合わせて、仕事の環境を対応させる努力をしてきました」
――話が変わりますが、採用について、「星野リゾート」では通年採用を取り入れています。こだわりや採用市場への考えを聞かせてください。
私も1991年にこの会社を継いでから、採用というのは非常に重要な課題だと感じています。もともと観光産業は新卒採用がしにくい業態です。また、どうしても若い方々が大都市の大企業志望だったり、東京や大阪など大都市の大学を出た方々に地方に移り住んでそこで長く仕事をしていただくということはなかなか難しかったりします。ですから、会社の中でのいろいろな仕事のあり方や、フラットな組織文化というのも、実は星野リゾートに来てくれた若い人材にできるだけ長く活躍してもらえるような仕組み作りのためなのです。
年間300人くらいの新卒採用をしていますが、300人が4月に一気に入ってくると社内のトレーニング体制が追いつかなかったりします。4月に入社して、すぐにゴールデンウィークを迎えて夏休みのピークシーズンに入っていくのは、新卒の方々には負荷が大き過ぎでもあります。ですから、年間を通していろいろな時期に採用することによって、トレーニングするスタッフもしっかりと対応できますし、入ってくる方々にとっても早くスキルを身につけて会社に慣れるやすくなると考えています。
――ライフスタイルなどでの何かご提案はありますか?
私たちの会社は女性比率が非常に高いです。男性女性に関係なく、ライフスタイルの中での優先順位が変わっていくことに対して、いかに私たちが合わせていけるかということを重視しています。そうしないと、結果的に長く地方で仕事をしてもらえることに繋がっていきません。
仕事の希望も、私たちは毎年聞いてできるだけ応えています。ライフスタイルの変化や、仕事の優先順位の変化に合わせて、私たちも、仕事の環境を対応していくということに努力してきました。それは、これからの社会に大事だからということではなく、実は優秀な人材に長く地方で仕事をしてもらうためにはそれが必要だと考えてやってきたことです。それが今、いい環境を生んでいると思っています。
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