民族差別などを街頭であおるヘイトスピーチの対策法(ヘイトスピーチ解消法)案が、5月24日の衆院本会議で、自民、民進などの賛成多数で可決、成立した。
「不当な差別的言動は許されないことを宣言」し、人権教育や啓発活動を通じて解消に取り組むと定めた理念法で、罰則はない。差別的言動の解消に向け、国や地域社会が、教育や啓発広報、相談窓口の設置など「地域の実情に応じた施策を講ずる」よう定めている。
記者会見した(左から)仁比聡平氏、有田芳生氏、西田昌司氏、矢倉克夫氏
2015年5月に野党が参院に提出した「人種差別撤廃施策推進法案」から、2016年4月の与党対案まで、在日コリアンが多く住む川崎市桜本地区の視察などを通じ、約1年にわたって議論を続けてきた参院法務委員会の与野党の国会議員4人が24日、法案成立を受けて揃って記者会見した。
西田昌司議員(自民)は、「ご不満の方もおありと思うが、日本国憲法下で、表現の自由という最大の守るべき人権の価値をしっかり担保した上で、ヘイトスピーチを根絶させるというバランスを考えると、最善の法案ができた」と評価し、「ヘイトスピーチをする方は、ただちに国会が許さない(という意志を示した)。ヘイトスピーチするなどという考えは、直ちに捨てて頂きたい」と述べた。矢倉克夫議員(公明)も「まずはヘイトスピーチ、恐怖にかられている方々にしっかり国の意志を示すことを早急にやらなければいけない」と評価した。
有田芳生議員(民進)は、「適法に居住する」「本邦外出身者」という定義が含まれたという与党案を受け入れ賛成した経緯について「現場で体を張って戦ってきた人たちと被害者、長年にわたって取り組んできた研究者の判断が基本に置かれなければならない。もっとできなかったのかという思いもあるが、現場で戦った人たち、研究者やNGO、そして当事者の思い、それを魂として今回の法に入れていくことだ」と課題を示した。
「ヘイトスピーチ根絶に向かう立法府の意志が示された」と述べたのは仁比聡平議員(共産)。「在日一世の、戦前戦後ずっと苦労を重ねてきたハルモニ(おばあさん)に『日本から出て行け』というヘイトは、人生まるごとの否定。そうした皆さんに罵詈雑言を浴びせて日本社会から排除しようとする。ニタニタ笑うのを警察が守っている。そうした事態が、これまで多くの痛みと戦いともに積み重ねてきた共生そのものを否定することが明らか。その根絶に私たちが何が出来るかが焦点だった」と、法案に賛成した背景を述べた。
■今後何が変わるのか?
記者会見では、法律に禁止規定や罰則がないことで、どう実効性を持たせるのか、何が変わるのかといった質問も相次いだ。
西田氏は、自治体や警察などが法の趣旨を踏まえた上で、ヘイトデモに「厳正に対処して、事実上封じ込める。そういう行政権を行使して頂きたい。訴訟になることも考えられるが、裁判の場で、ヘイトスピーチは許さないという趣旨のもとに、正しい判断をして頂ければ、行政がヘイトスピーチを封じ込める行為が違法とはならず、その結果ヘイトスピーチは事実上日本からはできなくなる」と期待した。
具体的には「たとえば道路でヘイトスピーチの集会をしようとして警察の指示に従わなかったら道交法違反、抗議をしたら公務執行妨害。大きな音が騒音防止条例。そうして現実に押さえ込んでいけるのではないか」と述べた。
有田氏は「公園管理部署も困っている。本当は(ヘイトデモを)認めたくないが、決まりだから認めざるをえない。この法律ができて、そういう集会やデモはだめなんだと毅然と対応できればいいが、もしヘイトスピーチをやったら次はもう貸さないという条件をつけることはできる。あるいはデモが桜本(川崎市の在日コリアンが多く住む地区)の近くを通ろうとするなら、そのコースを認めないという指針となる」「裁判になっても、法律に基づいて受けて立つという覚悟を各自治体にとっていただくための精神的よりどころとして、大いに使って頂ける」
また各地でヘイトスピーチ対策条例の制定が議論されていることを指摘し「デモの現場で、警察が差別主義者を守っているという警備のあり方ではいけない。警察庁は近く通達を出す。法務省は、ネットの差別言動の削除がYouTubeがなかなか難しいといった問題に、強い態度で出て行く準備もしている」と紹介した。
■悩んだ「表現の自由」との兼ね合い
2013年5月19日、東京・新大久保のデモ
禁止規定を盛り込まなかった理由について、与党側の議員からは、表現の自由との兼ね合いを指摘する発言もあった。
西田氏は「もしも禁止すると、禁止すべきものを定義した段階で、定義から外れる境界線を求めるようなヘイトスピーチが予想される。理念法にすることで全体の文脈の中でヘイトスピーチをとらえ、ダメだという形に持って行く。また、禁止規定を設けると、行政が何もしないことは違法状態の放置になるため、罰則をつけるべきかという議論になりかねない。それが逆に表現の自由を制約することになっていく」「禁止規定は、他の法律で同じようなことが作れるということになりかねない。それが戦前の治安維持法ではないけれど、そういうことに道を開くことになってもいけない」と懸念を示した。
矢倉氏も「表現内容というものが禁止されるかどうかの力を公権力が持つかどうかは、HSといえないようなものまで将来的な規制がかかりうる余地がある」とした上で「ある一定の行為を公権力で押さえつけることで解決できる話ではない。ヘイトスピーチを許さない社会を国民全般の不断の努力で作っていくという、長い長い戦いがさらに必要だ。むしろ理念法として、あらゆる施策を使っていこうと訴えることが実効性としてはいい」と説明した。
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