東京大空襲から71年、焦土と化した帝都の姿を忘れない(画像集)

GHQから守りぬいた貴重な写真も。

約10万人が犠牲となった1945年3月10日の「東京大空襲」から、71年を迎える。

コトバンクによると、東京への空襲は1944年11月に開始され、100回以上にわたって繰り返されていたが、いずれも日中に軍需工場を目標とするものだった。この日の空襲からアメリカ軍は、町工場と住宅地がひしめく市街地に爆撃を敢行。一般民衆への無差別爆撃で焼失家屋は27万戸に達し、下町一帯は焦土と化した。

この時、警視庁に所属していた故石川光陽氏は、東京大空襲の惨状を現場で撮影した。当時は一般人の写真の撮影は禁じられており、石川氏の写真は、当時の状況を伝える貴重な資料となった。

しかし、戦後、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)は、石川氏にネガの提出を求める。石川氏はこれを拒否し、ネガの代わりにプリントを提出することで追求を逃れる一方、ネガを自宅の庭に埋めて守り抜いた

以下に、石川氏やアメリカ軍が撮影した東京大空襲のころの写真を紹介する。

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