年の瀬も間近の12月30日夕方、東京・池袋でホームレス支援のボランティアを行っていた大西連(28)の元に、別のボランティア経由で警察から「今夜、行き先がない人がいるので、受け入れをお願いしたい」と連絡があった。拘置所から出なくてはいけない男性がいるのだが、行く宛もお金もない状況なのだという。
通常、このようなことがあれば、警察は地方自治体の社会福祉事務所など公的機関を紹介する。仕事を失ったり収入が絶たれたりして住まいを失った場合には、公的な社会保障制度による支援が用意されているためだ。しかし、行政機関の窓口が閉まる年末年始は、相談窓口が開いていない。そのため警察も、今回は民間に頼ることになったのだった。
寒空の元、帰る家も食べるものもないホームレスを、民間ボランティアはどのように支援しているのか。また、年が明けたらホームレスはどうなるのか。 生活困窮者の課題と向き合う、ボランティアの活動を追った。
ボランティメンバーのミーティングで話す大西連(中央)
■なぜ役所は年末年始に対応しないのか
ホームレスのアパート入居などを支援する認定NPO法人「自立生活サポートセンター・もやい」で理事長を務める大西は、29日から、年末年始に行き場のない人に宿を提供する期間限定のボランティアプロジェクト、「ふとんで年越しプロジェクト」(ふとんP)に参加していた。
クラウドファンディングでカンパを募り、集まった資金でホテルの部屋を借りる。その部屋を、緊急サポートが必要な生活困窮者に年末年始のシェルターとして利用してもらうというのが、ふとんPの取り組みだ。困窮者は寒空の下ではなく、風呂付き、TV付き、暖房完備の清潔なホテルのシングルルームで、年末年始を過ごすことができる。
シェルターとして利用するホテルのシングルルームの様子(東京都豊島区、2016年1月3日 HuffPost Japan 撮影)
ボランティアのメンバーは主に、通年を通してホームレス支援をしている複数の団体で構成。自宅からシェルターに通い、生活保護の申請方法、住み込みの仕事を見つけるまでのつなぎをどうするか、病院にかかる費用がない場合はどうするのかなど、利用者の相談に乗る。年が明けて行政の窓口が開くと、ふとんPの利用者ともに社会福祉事務所に生活保護の申請に出向く場合もある。
「こんなこと、僕らがしなくて良くなればいいんです。年末年始でも、公的な福祉制度が利用できるようになればいいだけです」
そう、大西は話す。ふとんPは12月11日、安倍晋三首相と塩崎恭久厚生労働相に、閉庁期間も生活保護の申請を受け付ける窓口を設けることや、必要に応じて宿泊場所や食事の提供をして欲しいとする要望書を提出した。
生活保護の申請については、国は、行政の閉庁期間中にも生活保護申請は原則として可能であるとしており、東京都でも2014年から各区に対し、閉庁期間中でも夜間休日窓口等で申請の受理を求めている。
しかし、申請を受け付けるだけではなく実際に宿泊場所や食事を提供することは、2015年5月に簡易宿泊所での火災で11人の死亡者を出した川崎市などを除けばなかなか行われていないのが現状だ。この状況について大西は、「国は制度を用意しているが、自治体側が実施できていない」と分析する。
「ホームレスへの対応は、国ではなく各自治体がすることになっています。国は、『年末年始に対策を行うかどうかは各自治体が判断すること』と言い、結局は自治体まかせ。自治体は、他の自治体から自分のところに多くのホームレスが押し寄せないかを心配し、『自分たちだけでは独自の取り組みを行うことはできない』と横にらみのため、なかなか前進しないのです」。
ボランティアのミーティングに参加する稲葉剛(一番左)
■ホームレスのコミュニティーになじめない、広義のホームレス
このような背景もあり、年末年始におけるホームレス支援は、1980年代から民間支援団体によって行われてきた。新宿、渋谷、池袋、山谷の4カ所だけでも路上生活者は約1000人。各地で様々な支援団体が、炊き出しや医療相談、生活相談、夜警などをする。テントを貼って寝場所を提供するところもあれば、ビニールシートを敷いてストーブを置くところ、路上に布団を引くところなど、場所や規模に応じて違いが見られる。
民間の炊き出しなどが多くの人を支えている一方で、そういった場所にすら、行けない事情がある人もいる
考えてみてほしい。あなたがもし明日、ホームレスになったとして、いきなり路上生活者の集団生活に馴染めるだろうか?
「路上生活を5年も10年も送っているような猛者なら、大丈夫かもしれないけどね。いきなり住んでいるところを追い出されたという20代の若い人とかを見るとね、無理だよね。女性なら、なおさらだよね」
自身も20年間路上生活者として暮らした経験のある、ふとんPのあるボランティアはこうつぶやいた。今回ふとんPで受け入れた14人のうち3人が、女性。30代の人も4人いた。20年以上にわたってホームレスを支援し続けてきたNPO法人「もやい」理事の稲葉剛は、現在起こっている現象について次のように分析する。
「かつての日本であれば、現場作業などで日雇い労働をしていた人も多く、飯場での雑魚寝に慣れていた人も多くいたかもしれません。しかし、現代ではそのような仕事も少なくなり、路上生活のできる体やスキル、そしてそれに耐えられる心を持たない人も多いのです。
ホームレスが路上で販売する雑誌『ビッグイシュー』の調査によると、若い人の6.6%は、ネットカフェで過ごしたり友達の家を転々とするなど、路上生活ではない、より広い意味でのホームレス状態を経験しているとされます。そのような人たちのなかには、自分がホームレスだという意識はないかもしれません。そういう人たちが何かしらの事情で泊まるところや食事がなくなった時に、路上生活者の集団がいるところにいきなり行けるかというと、ハードルが高いと感じる人も多いのではないでしょうか」
ホテルの外でボランティアと談笑する女性利用者(左)
■こぼれ落ちるホームレスのなかのマイノリティーへの支援
しかし、「ホームレスに個室をあてがうなんて、贅沢すぎる支援ではないか」との指摘を受けることも多い。この指摘に対し、「若いから、経験がないから、女性だからという理由だけが、ホームレスのコミュニティーで暮らせない理由ではない」と、支援活動歴15年で、パリで発足した国際NGO「世界の医療団」からふとんPに参加している中村あずさは説明する。
2009年に専門家らが池袋で行ったホームレスの調査では、ホームレスの人のうち4割が知的障害、6割が精神障害を抱えていた。これらの人は、ホームレスコミュニティーの中でいじめられたり、行政から斡旋された施設での集団生活にうまく馴染めなかったりして、支援から排除されている現状があるのだという。
今回、ふとんPを利用した人も、約4割が障害者手帳を持っていた。ボランティアに参加した医師は、「手帳までは持っていないが、健常者との間の“ボーダー”にあたる人も含めれば、約5割が障害を持っているのではないか」と分析した。アルコール中毒や自閉症、うつなどの精神疾患を抱えている人も約4割いた。
「障害者への福祉は、真っ先に対応されていると考えられがちですが、実際には支援が行われていても、その内容がその方にあってない場合が多いのです。
ふとんPには、生活保護を受けて他の施設で暮らしている人が駆け込んでくることもあります。というのも、自治体から斡旋される宿泊施設の環境に耐えられないということも多いんですね。
生活保護を受け、自治体から斡旋される施設のなかには、民間のいわゆる"貧困ビジネス"で運営されている施設もあり、2段ベッドが並ぶ部屋に20人ぐらいが一緒に詰め込まれることもあります。自分のスペースはベッドの上だけ。なかには、布団が1年半も干されていないような、劣悪な環境もある。
一方、支援が必要な側としては、光や音に敏感に反応するなどの感覚障害でトラブルを生じさせてしまうなど、集団生活になじまない場合もある。このような場合には、個室にしてもらうなど、それぞれの人にあった方法で支援をする必要があるのですが、自治体側が知的障害や精神疾患のことまでを理解して対応できているかというと、なかなか難しい状況があるのです。
また、施設によっては門限が午後5時になっていて、仕事につくの難しいこともある。施設に入ってしまうとその先の支援が極めて乏しい場合も多く、結果的に、その場所に長くいなくてはならなくなるという悪循環に陥るのです。
集団生活でのトラブルから、いじめられる。自分のスペースもない。先行きも見えない。これなら施設よりも路上のほうがマシだと、私には逃げ出してくる感覚のほうが、よっぽど、普通ではないかと思えるのです」。
ボランティアメンバーと打ち合わせをする中村あずさ(右から2番目)
受け入れた人々が、行政の開庁後に生活保護を申請したとき、斡旋される施設が集団生活の寮だった場合は、再び路上生活に戻る可能性が高い。また、たまたま今回のふとんPでの受け入れを希望しなかったホームレスの中にも、集団生活の寮でひどい目にあったことで、支援が必要にもかかわらず、生活保護の申請に行くのをためらうようになった人も多くいるのだと、中村は語った。
中村によると、ホームレスの支援には、まずは、なにはなくとも住宅を支援することが重要だという『ハウジングファースト』の考え方があり、欧米のホームレス支援の現場では一般的になりつつあるという。アメリカのPathways to HousingというNPOの研究では、重度精神障害者に地域の住居を提供するコストが、精神科病院へ収容した場合のコストの約20分の1で済むことがわかるなど、財政的にもハウジング・ファーストが有効であることが実証されている。中村や稲葉らが、普段、それぞれの支援団体で行っている活動も、『ハウジング・ファースト』の考え方が、基本だ。
大西は、「ふとんPは年末年始限定の取り組みですが、国が音頭を取って、恒常的に困っている人にはアパートや個室のシェルターを提供できるようなことができるようになれば」と語る。
「劣悪な施設を廃止し、安定した安心できる生活と住まいを得る支援を広く行う。それは、その支援を利用する人にとってもいいばかりではなく、社会全体にとってもいい結果をもたらすはず。劣悪な環境で保護することにかかるコストとハウジング・ファーストの取り組みによるコスト、どちらが効果的なのか、国も諸外国の取り組みを見ながら、試算する必要があるのではないでしょうか」
「ハウジングファースト」のコストと精神科病院に収容した場合のコストの比較。左端が「ハウジングファースト」による支援のコスト、右端が精神科病院に収容した場合のコスト(Pathway to Housing 公式サイトより)
御用始めの1月4日の朝、シェルターを利用した全ての人が行く先を決め、ホテルを後にした。ふとんPのボランティアとともに生活保護の申請に向かう人、新しい仕事を見つけられた人、ホテルに泊まって体力が回復したので路上生活に戻るという人など、様々だった。
12月29日からたった6日間ではあるが、利用者は凍えずにすんだ。ある利用者はシェルターに入り、こうつぶやいたという。
「ここは、天国ですね」。
布団の中で眠れる。ご飯があり、ホッとできる空間がある。それは果たして、贅沢といえるのか。
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※文中敬称略。
<各種相談窓口>
・生活保護制度について(厚生労働省)
・“脱・ホームレス”ガイド(TENOHASHI)
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