富山平野の「ヘソ」に位置する富山県舟橋村。北陸唯一の村であり、面積が3.47平方キロメートルという、日本で最も面積が小さな村でもある。この「日本一小さな村」が近年、注目を集めているのが、全国トップクラスを誇る人口増加率だ。現在、人口約3000人。平成に入ってから、ほぼ倍増してきた。
特に目を引くのが、子どもの多さ。2010年の国勢調査では、総人口に占める15歳未満人口の割合が21.8%と、日本一になった。その背景にあるのは、富山市から車で20分という好立地。宅地開発にともない、主に富山市のベッドタウンとして子育て世代の転入をうながしてきた。しかし、単に交通の便が良いというだけでは、若い家族は定住しない。
一体、なぜ彼らは舟橋村に暮らすのか。その秘密は、図書館にあった。
■駅舎にスーパーマーケットではなく、図書館を併設
舟橋村立図書館を訪ねると、まず驚くのがその建物だ。舟橋村の玄関口、富山地方鉄道の越中舟橋駅の駅舎に、図書館が併設されている。ここから富山市まで電車で12、13分ほど。250台を収容できる近接の駐車場に車を停め、電車で富山市まで通う人が多いという。
越中舟橋駅の乗降客増加をねらった、この「パーク&ライド方式」は好評で、隣接する自治体の人たちも越中舟橋駅を利用、図書館の利用者も併せて順調に伸びてきた。現在の図書館の利用登録は約1万8000人。村外の利用者が1万5000人ほどとなっている。
もともと舟橋村には、村役場の図書室しかなかった。1980年代後半には、貧弱な蔵書に、週末のみの開館という不便さが表面化。一方で、越中舟橋駅も老朽化し、乗降客の減少が顕著になっていた。このままでは、停車する電車の本数も減り、駅も無人化になるという危機。舟橋村全体を見ても、人口1400人台の停滞が続いていた。さまざまな課題をクリアしなければ、村に明るい未来は描けなかった。
そこでまず、1989年に駅舎の建て直しの検討をスタート。複合施設が建設されることになった。パーク&ライド方式の採用が決まったのも、この頃だ。
議論の中、駅舎にスーパーマーケットを誘致しようという意見も出された。
しかし、近隣の富山地方鉄道・上市駅の駅舎にはスーパーマーケットが入居していたが、経営がうまくゆかずに撤退するという前例があった。同じ轍を踏めない。浮き沈みの激しい商業施設よりも、公共施設が適切ではないかという理由から、浮上したのが図書館だった。
越中舟橋駅舎に併設されている舟橋村立図書館。正面向かって右側1階にエントランスがある。
■年間予算13億円の村に10億円で図書館
「1998年に駅舎と同時にこの図書館がオープンしました」と振り返るのは、舟橋村立図書館の高野良子館長。
宮崎県出身で、神奈川県で教員をしていたが、家族の都合で舟橋村へと移り住んだ。舟橋村で子育てをしていたが、図書室は乏しく、近隣自治体の図書館を利用していたという。図書館を作ろうという母親たちの活動に関わっていたことから、開館時に図書館職員として採用された。
「駅舎に何を入れようかと話し合った時、赤ちゃんから年寄りまでが利用できる図書館を作ろうと決まりました。当時の村の年間予算が約13億円なのですが、図書館の事業費は10億円を超えました。思い切った決断だったと思います」
当初、駅舎には商工会を併設することで補助金を受ける計画だったが、適切な補助金制度が見つからなかったため、起債を起こすことになった。議会や住民からは、10億円という事業費に異論が出たが、当時の村長や村役場が粘り強く説得。最終的に合意がなった。こうして、北陸では初めてとなる駅舎に併設した図書館が誕生することになる。
一般財団法人地方自治研究機構が2014年にまとめた「地域に人を集めるための施策に関する調査研究」というレポートには、「行政関係者と住民との危機感の共有」「行政リーダーの事業に関する理解」「議会への十分な説明」の3点に尽力したことが、舟橋村の成功要因と分析している。
自らも舟橋村で子育てをしていた経験のある高野館長。
■図書館を訪れる子ども全員の顔と名前を職員が覚える
図書館の基本方針は、明確だった。利用者が「くつろげる空間」として、「滞在型図書館」を目指している。実際、舟橋村立図書館を訪れてみると、靴を脱いで入館、冬は床暖房で暖かな床に座り込み、本をめくることができる。蔵書には漫画も積極的に集め、親子連れに人気となっている。
しかし、舟橋村立図書館の真価は、"人"にある。高野館長以下、6人の職員が全員、図書館を訪れる子どもの顔と名前を覚えているのだ。「これです...」と高野館長がそっと見せてくれたのが、メモがぎっしり書かれたノートだった。
「新しい親子連れが図書館に来たら、必ず声をかけて、お子さんのお名前を聞いています。でも、何回も聞くのは失礼なので、なるべく『髪の長い、メガネをかけてママのお子さんの名前は●●ちゃん』とか、私にしかわからないようにノートにメモしながら覚えています。今日も若いママが2組、初めて赤ちゃんを連れて来てくさったので、お名前を聞きました」
図書館の事務室は、エントランスの横にあり、窓から誰が入って来たか、すぐにわかるのだ。どうして、そこまでして子どもたちの名前を覚えているのだろうか。高野館長は笑いながら教えてくれた。
「名前で呼んであげると、親御さんは『うちの子の名前を覚えていてくれた』と喜んでくださる。そうやって親しみを持っていただき、『また、●●ちゃん、図書館に来てね』と話しかけています。そういうことが、大切なことじゃないかなと思っています」
親にとっても、子どもたちにとって、居心地の良い図書館はそうして、できている。
子どもたちに優しい作りとなっている舟橋村立図書館。
■村長や副村長、教育長も読み聞かせに参加
親子連れが多くなれば、図書館のサービスとして「読み聞かせ」のニーズが増える。職員が週3回、ボランティアが月2回、担当しているが、それでも足りない。そこで、図書館は村役場に依頼、役場職員による「役場おはなし隊」が結成され、月に1回、読み聞かせを行っている。
「おはなし隊は、村長も、副村長も、教育長もやってくれています」
首長や幹部が自ら図書館で読み聞かせを行い、子どもたちと触れ合う。「日本一小さな村」の規模だからこそとも言えるが、"日本一子どもに優しい図書館"だから実現しているのかもしれない。
図書館が向いているのは、子どもだけではない。2014年からは、図書館の職員が各地の高齢者サロンに出かけて行き、紙芝居を読んだり、絵本を読んだりしているという。
また、村内の小中学校の子どもたちが作った夏休みの作品も展示している。子どもたちのためでもあるが、学校には祖父母や近所の人は普段、なかなか入ることができない。図書館であれば、気軽に訪れ、子どもたちの成長ぶりを知ることができるのだ。
これ以外にも、さまざまなイベントや展示が行われている。たとえば、パッチワーク展。図書館を訪れた村の人が、図書館の本を参考にしながら作品を作っていると話してくれれば、その作品を展示する。年賀状を版画で作っていると聞けば、作品の年賀状をずらりと展示してみる。カウンターには、村の人がボランティアで活けてくれた花が飾られたり、持ち寄った野菜が並べられ、自由に持ちかえることができたり。図書館のあちこちで、村民が活躍しているのが伝わってくる。
「小さな村ですから、交流の場として企画しています。ほとんど、みんな顔を知っていますから」と高野館長。ある時、利用者が図書館にと持ってきたアジサイに、カタツムリがいた。子どもたちにも見せたいと、カゴに入れて置いてみる。カタツムリの本も一緒に。そんなちょっとした気遣いが、舟橋村立図書館なのだ。
金森勝雄村長も「読み聞かせ」に参加。
■「第三の場」として、居心地の良い図書館には誰もが集まる
1989年にアメリカの社会学者であるレイ・オルデンバーグは、「サードプレイス」を提唱した。カフェや図書館など、家庭や職場・学校ではない「第三の場」とは「一個人が解放されくつろげる居場所」であり、地域社会を活性化させるための機能であると考察した。舟橋村立図書館も、地域における「サードプレイス」として機能しているといえるだろう。
舟橋村は「子育て共助」による地方創生を掲げ、「舟橋村総合戦略」を10月にまとめた。それによると、図書館では「子育て支援の充実」が計画されている。
図書館には、乳幼児が食事(授乳)出来る和室スペースや多目的トイレが整備されている。
また人形劇やコンサート、読み聞かせ、指遊びなどの企画が定期的に開催されている。今後は、利用者である子育て世代のニーズをきめ細かく把握しながら、子育て支援機能やサービスの充実を図る。
今や、村にとってなくてはならない場になっている図書館。高野館長によると「一度、資料費が100万円も減った時に、議員さんたちが、『図書館の資料費を減らすなんて』といって、翌年度は復活した」という。
居心地の良い図書館は、人間以外にもわかるらしい。2008年、カモシカが図書館に迷い込むという事件があった。開館10周年の記念行事を開催していた時の珍事。全国ニュースにもなり、その後、「カモシカとしょかん」という絵本として、出版もされた。
今でも、館内にはその時の写真や、カモシカのぬいぐるみが置かれている。とはいえ、野生動物。さぞや暴れていったのではないかと訊ねたところ、高野館長は、ニコニコと話してくれた。
「ガラスを割ったりもしてないですし、絵本を5、6冊、汚しただけでしたよ」
舟橋村の図書館は、カモシカにまで優しかった。
カモシカにも居心地が良い(?)舟橋村立図書館
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