フィンランドで出生率を伸ばし、児童虐待死を激減させた「ネウボラ」 つながる育児支援に日本も注目

フィンランドの「ネウボラ」と呼ばれる、妊娠期から就学前までの子育て支援が今、日本で注目を集めている。
Finland, Heinola, Family with baby girl (12-17 months) near pine tree in forest
Lauri Rotko via Getty Images
Finland, Heinola, Family with baby girl (12-17 months) near pine tree in forest

フィンランドの「ネウボラ」と呼ばれる、妊娠期から就学前までの子育て支援が今、日本で注目を集めている。日本では急速に進む少子化対策として、仕事と家庭の両立が急務になっているが、子育てに必要なサポートが十分に整っているとは言えない。また、せっかく生まれてきた子どもたちが虐待死する事件も絶えない。児童虐待によって生じる社会的な経費や損失は、少なくとも年間1兆6000億円にのぼるという試算もあり、健やかな子育ての実現は、日本の重要課題だ。

一方、フィンランドの出生率は、1.71と日本の1.42に比べて高い水準(2014年)にあり、子どもの虐待死件数も減少。その背景にあるのが、「ネウボラ」であると吉備国際大学保健医療福祉学部の高橋睦子教授は指摘している。「ネウボラ フィンランドの出産・子育て支援」(かもがわ出版)を12月に上梓した高橋教授は12月3日、東京都港区のフィンランド大使館で会見、ネウボラを日本でも取り入れる上でのヒントを語った。

■妊娠期から就学前まで、「ワンストップ」で子育てを支える

「ネウボラ」は、妊娠期から子どもの就学前までを支える公営の「出産・子育て家族サポートセンター」だ。ロシアから独立したフィンランドは、内戦が勃発、当時の乳児死亡率は悪化をたどっていた。そこで、子どもたちを劣悪な環境から守るため、医師や保健師らを中心に民間の活動として1920年代に始まったのが「ネウボラ」だった。1944年に法制化、1949年には国内どこでもサービスが受けられるようになり、フィンランドにおける母子の死亡率低下など、大きな成果をもたらしている。

妊娠に気づいた女性はまず、近くにある「ネウボラ」を訪れるところから始まる。医師や保健師ら専門職が配置され、妊娠中に最低でも8〜9回の健診、出産後も2回の健診が行われる。子どもに対しては15回の健診があり、必要に応じて家庭訪問も組まれる。また、保健師や医師だけではなく、「ネウボラ」を通じて、管理栄養士、リハビリ・セラピー、ソーシャルワーカーともつながることも可能で、利用者にとっては「ワンストップ」のサービスとなっている。

■家族全体の健康や幸せが、子どもの健やかな成長につながる

会見にビデオ・メッセージを寄せたフィンランド国立保健福祉研究所の母子保健部門研究統括長、トゥオヴィ・ハクリネンさんによると、最近では健診がさらに改革されたという。

「それは総合健診と言われるもので、家族全体の健康調査を意味しています。総合健診では、子どもの両親を招き、担当保健師もしくは助産師、さらに医師が協力して健診をします。このような総合健診制度ができた経緯は、両親の健康や幸せ、生活習慣が子供たちの健康と幸せに大きな影響を与えるとの調査結果がでたためで、規定に盛り込まれました」

家族全員と対話することで、より必要な支援を探るこの「総合健診」は、世界的にも注目され、世界保健機構の報告書にも記載されたという。現在、「ネウボラ」のサービスは妊婦で99.8%、子どもで99.5%と高い利用率を誇っている。「特に素晴らしいのは、問題を抱えた家族にもサービスが行き届いている点」とハクリネンさん。その理由をこう語った。

「多くの国では、問題を抱える家族はサービスを利用しないか、サービスが行き届きません。しかしフィンランドは独特で、無料で利用ができ、利用のハードルが低く、馴染みがあって、継続的であるため、サービスを積極的に利用する現象があるのです。これはまさに、継続的な健診の中で同じ担当者、同じ保健師もしくは助産師が立会いうことで生まれた信頼が支える成果なのです」

■利用者の声によって改善されていった「育児パッケージ」

健診以外にも、「ネウボラ」のサポートは多岐にわたる。知られているのが、「育児パッケージ」と呼ばれる母親手当だ。簡易のベビーベッドにもなる箱に、衣類や哺乳びん、爪切り、絵本などが赤ちゃんの世話に必要なグッズが約50点も詰められている。

赤ちゃんに必要なグッズがたくさん詰まっている「育児パッケージ」

高橋教授は「サポートのシステムがあっても、お母さんたちが来てくれなければ意味がありません。どうしたら健診に来てもらえるか、工夫を重ねる中で動機付けとして発案されました」と説明する。最初はシンプルな箱だったが、利用者の声を聞きながら充実させ、デザインコンペも行うなど、現在は使い勝手が良く、人気の高いおしゃれなデザインとなっているという。

母親手当には所得制限はなく、育児パッケージか現金140ユーロ(約19000円)を選ぶこともできるが、年間約6万人の受給者のうち約4万人が育児パッケージを選択する。「今では、育児パッケージを受け取ることは、世代間、子育てする家族間の共感、共通体験となる。おじいちゃん、おばあちゃん、お父さん、お母さん、そして子どもの世代から世代へ、引き継がれて、定着しています」

■児童虐待による損失と「ネウボラ」、どちらが必要なコストか?

高橋教授が着目するのは、「ネウボラ」が社会に与える影響だ。なぜ、「ネウボラ」のような未就学児に対する手厚い支援が必要なのか、その理由をフィンランドの児童精神科医、カイヤ・プーラさんの知見を紹介しながらこう語った。

「特に0歳から3歳までの乳幼児期には、ご両親との関わりがとても大事で、お父さん、お母さんが同程度子育てに関わっていくのが大切です。コストはかかるかもしれませんが、健やかで安定的な幼児期を過ごした乳幼児ほど、心臓疾患や精神疾患のリスクが低い、しっかり働いて税金を納められる大人に可能性が高い。これには、どんな政治家も嫌とはいえないはずとカイヤ博士はおっしゃっています」

そして、「何がコストか?」も私たちは考えなくてはならない。高橋教授によると、児童虐待によって生じる社会的な経費や損失は、日本国内で少なくとも年間1兆6000億円にのぼるという試算があるという(2012年度)。

「日本では、色々な支援が必要な人に限って、その支援につながらない。1兆6000億円とは、一体、育児パッケージいくつ分なのだろうかと考えてしまいます。隠れたマイナスコストを考えたら、ネウボラのように乳幼児期から子育てを支えるのが大事です。日本の場合は、児童虐待があっても、相談に来るのはお母さん、警察に捕まるのはお父さんが多い。お母さんが孤立していて、きちんと安心できるサポートが受けられていないということです。一方、フィンランドで児童虐待による死亡率が低いのは、ネウボラの下支えが大きいと考えられます」

児童虐待による死亡率は年々、低下している(高橋教授の資料より)

■「日本版ネウボラ」を実現させるために必要なこと

日本でも近年、「ネウボラ」への関心が急速に高まっている。千葉県浦安市など、「育児パッケージ」を実施するなど「ご当地版ネウボラ」を導入する自治体が増えてきている。また政府与党でも、「ネウボラ」を参考にした子育て拠点作りの動きがあることが報じられている

しかし、一歩間違えれば、「育児パッケージ」のばら撒きで終わってしまう懸念も残される。そこで、高橋教授に「ネウボラ」を日本で取り入れる場合に必要な点を聞いた。

「育児パッケージはかわいいのですが、大切なのはサポートとつながるための動機付けです。日本にネウボラが根付き、お母さんがのびのび、明るい笑顔で子育てできるような支援をどうしたらいいか。それは、利用者の目線に立ち、地域の人が望んでいることを把握することだと思います。

子育てしている家族を中心にして、支援のあり方を考え直してみたらどうかというのが、ネウボラからのメッセージです。日本には十分すぎるぐらいに、行政の細やかなサービスがありますが、しかし、チャートを描いてくとどこに家族がいるのかわからない場合が多い。サービスを活用するためには、もう一度、地域のネットワークはどうなっているのか、見直すことから始めてみてはどうでしょうか?」

「ネウボラ」の特徴は「利用者中心」の出産・子育て支援であるという高橋教授。そして、その言葉の意味は、「アドバイス」「助言」であって、「指導」ではない。高橋教授によると、「ネウボラ」のる保健師ら専門職は、地域の人たちから「ネウボラおばさん」と親しまれ、それぞれの家族と対話し、信頼関係を築いているという。そのようなところに、「日本版ネウボラ」実現へのヒントがありそうだ。

「ネウボラ」について語る高橋睦子教授

【関連記事】