性別適合手術を受け、戸籍を男性から女性に変更した過去を持つ、文筆家の能町みね子(のうまち・みねこ)さんは、LGBTなどの性的マイノリティの中ではTにあたる。
Tは性同一性障害を含む、性別をトランス(越境)する人を意味するトランスジェンダーの頭文字だ。
だが能町さん自身は「性同一性障害」や「トランスジェンダー」という言い方を好まないという。これらの言葉のどこに違和感を覚えるのか? 「『普通』を目指してるんです」と語る能町さんに、その理由を聞いた。
■性同一性障害という言葉は「病名」に近い
――「性同一性障害という言葉自体が好きじゃない」と著書の中では語っていますが、なぜでしょうか。
好きじゃないです。障害名、つまり病名に近いものだと思うので。病名で人を説明しちゃうと、どうしても「かわいそう」って感じがしちゃう。
自分の特徴を説明するのに一つの名詞で代用するのは無理がある気がしてて。文章で説明するほうが私は好きというか、確実だと思っているんです。だから言う必要があるときは「性同一性障害です」じゃなく、「昔、男でした」とかそういう言い方をしています。
――ブログを単行本化したデビュー作『オカマだけどOLやってます。』では、なぜあえてオカマという蔑称を使ったのでしょうか。
あれは言ってみれば私の自己防衛、兼、自傷行為みたいなもので。自分のことをオカマだとは全然思っていなかったんですけど、こう言っとけば世間はわかるでしょ、というようなちょっと挑発的なつもりで(ブログを)始めたんです。だから自分で言いながらかなり嫌だったんですよね。
でも、それ以外にバーンとタイトルに持ってくるわかりやすい言葉もなくて。当時(2005年)はオネエなんて言い方もなかったし、どうせ何かを名乗らなきゃいけないんなら自分の一番嫌いなやつを名乗ってみよう、って。「オカマ」は当時でも十分に差別的な言葉だったので、受け止める側に違和感を覚えさせたかったんです。
ただ、予想以上にブログや本が話題になって、「このままでは厳しい、ちゃんと撤回しなきゃいけない」と思っていたので、(性別適合)手術をして戸籍も変えたことをきっかけに、「もうオカマじゃなくなりました」と(ブログで)宣言して、それで私の中では終ったつもりです。まさかその後、今みたいにテレビに出るようになるとは思っていなかったし。
(文筆家の)少年アヤさんも「おかまの自称という自傷をやめる」とブログに書いていましたけど、気持ちはまさにあれと同じです。今でも自分のことを「オカマ」って自称するゲイの人がいますけど、私はあれも自己防衛であり自傷行為だと思っています。あえておちゃらけた立場になることで、深刻でなくフレンドリーな感じにして「敵じゃないよ?」と見せる処世術ですよね。
「オネエ」という言葉にもそういう部分があると思うんですよ。自称することであえて世間に分かりやすい存在として認識してもらう、という。ただまあ、いつまでも全員がそれじゃいけないんじゃないかな、という気持ちがあります。
■テレビで「男だった」過去を語ったことはほぼありません
――テレビに出演するようになってから、「昔、男だった」という経歴を語るような場面はありましたか?
テレビに出てからは、自分のセクシュアリティに関しては皆無といっていいくらい喋っていないと思います。記憶にある中では、「デビュー作の本がこれです」とある番組で言った程度。そもそも、デビュー作は確かにセクシュアリティが題材でしたけど、その分野に限った仕事ばかりしたくないと思ったので、私のキャリアの中でセクシュアリティを題材にした作品はごく一部です。
今、レギュラーで出ている「久保みねヒャダこじらせナイト」「ヨルタモリ」(いずれもフジテレビ系)でも一度もそういった話をしたことはないですね。それを売りにしているように言われるのは本当に嫌なので。実際、エゴサーチをしていても毎日何件か「能町みね子が元男だとは知らなかった」というツイートを見ます。このことを知らない人もかなり多いわけです。
それなのに「オネエ」というジャンルに入れられるのは私の作風を否定されることになるので、そこはもう頑固に反対していきたいですね。まず私は自分が「オネエ」だと言ったことは一度もないし、そもそもLGBTであることが必ずしもその人の第一のアイデンティティではないと思うので。
――8月、文庫化された『お家賃ですけど』にもそのスタンスは表れていますね。日常の雑感、仕事のこと、性別を変えたこと、アパートの大家さんとのお付き合い。すべてが同列にあって、さらりと綴られているのが印象的でした。
そうですね。私の中で性転換の手術をするために海外に行ったことと、他の病気で入院したことはほぼ均等だと思っているので。人生の大きなニュースだったのは間違いないですけど、それだけが特別なことというわけじゃない。
私の周囲の友達は過去の性別がどうだったとかいちいち気にする人ってあまりいなくて、みんなサラッとしているのでつきあいやすいです。
――「昔、男だった」という事実について、初対面の人から質問されるのは正直不快だったりしますか?
(LGBTが)ちょっと珍しい存在であることは間違いないんで、最初に会ったときに好奇心で聞かれるのは別にいいんじゃないですかね。バカにしたり、失礼なものじゃなければ。
例えば、「私、離島出身なんです」って自己紹介する人がいたら、珍しいから興味が湧きますよね。私ならすごい聞いちゃうと思うんです。どんな生活なんだろうとか、進学で島を出るときはどんな感じかとか。でもそこにもデリカシーは絶対必要ですよね。それと同じで、私も常識の範囲内であれば興味本位で聞かれるのは全然構わないです。
でも、2回、3回と会っていくうちに、別になんてことなくなって、普通のお付き合いになりますよね。だから私はそういう意味での「普通」を目指してるんです。「普通」というか、「特殊な人として区別されない」ということ。
――LGBTであるがゆえに家族との関係に悩む人は大勢います。能町さんはご家族とは今、どんな風にお付き合いされていますか?
両親との関係はまだ微妙なところはあります。拒否はされていないけど、「じゃあ今後は女ね」とはさすがにならない。生まれてから20数年間、息子として育ててきたら、そう簡単に認識は変わりませんよね。
両親に説明するのがいちばんハードだというのは分かっていました。息子がいずれ奥さんをもらって家庭を築いて……というようなことを多分ずっと想像していただろうし、そのうえで女として見ようと努力してくれているのも感じるので、罪悪感みたいなものがどうしても私の中にあります。
だから、分かってくれない親が悪い、なんてとても言い切れない。結局曖昧なまま今日までずっと来ています。
――弟さん(パフェ評論家の斧屋さん)との関係はどうですか?
弟は面白がってるんじゃないですか。多分私を「姉」だとは思ってないと思うんですけど、そもそも「兄」とも思っていたかどうか……認識はフラットな感じです。親に比べると、わりとどうでもいいと思っていそうなので、気楽です。
(阿部花恵)
能町みね子(のうまち・みねこ)
1979年、北海道生まれ。コラムニスト、漫画家。著書に『くすぶれ!モテない系』『縁遠さん』『言葉尻とらえ隊』など。現在、『ヨルタモリ』『久保ミツロウ・能町みね子のオールナイトニッポンGOLD』などにレギュラー出演中。
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