韓国で、20代の安全保障意識が大きく変わったと指摘されている。約2年の徴兵期間を自ら延長し、予備役は軍復帰を志願して、軍服の写真をソーシャルメディアに投稿する。「新安保世代」の出現とも言われている。
韓国では1960年と1987年、大規模な民主化運動によって政権が退陣した。その大きな契機になったのが学生らのデモだった。若いほど進歩的(革新的)、そして北朝鮮との関係改善に積極的という構図は、韓国では一つの前提として語られてきたが、大きな変化が生じているととらえられている。
一因として指摘されるのが、北朝鮮との軍事的な緊張の高まりだ。特に2010年は、4月に韓国の哨戒艦「天安」が黄海で爆沈し、46人が死亡・行方不明に。韓国政府は北朝鮮の犯行と断定した。11月の延坪島砲撃事件では、北朝鮮軍が韓国軍に向かって砲弾約170発を発射、韓国の海兵隊員2人と民間人2人が死亡した。
キム・デヨン韓国国防安保フォーラム研究委員は、YTNの取材に「最大の原因は、この世代が2010年に立て続けに起きた『天安艦』事件と、延坪島砲撃事件を経験していること。他のどの世代よりも南北の対決を最も身近に感じていた世代」と話す。
2010年4月15日、黄海で引き揚げられた韓国の哨戒艦「天安」
■軍服写真にあふれる「いいね!」
8月20日に北朝鮮と韓国の砲撃戦を契機に、南北の軍事的緊張が再び高まると、ソーシャルメディア上で「軍服写真」を投稿する人が出始めた。
22歳の予備役というネットユーザーは、ソーシャルメディアに「国家のために命を捧げる覚悟はできています。命令を下してください。待機しています」という文章とともに、自分の軍服の写真を投稿した。この投稿には8月23日現在、2,000人以上が「いいね!」を押している。このほか「命令待機中だから呼んでさえくれればいい」という文章や軍服、軍靴、(軍人が身元識別のため常時携帯する)識別タグなどを撮ったり、着用したりした写真を上げた予備役軍人も多かったと、韓国日報は伝えている。
■徴兵期間を自ら延長
この時期、約2年の徴兵期間を延長するよう、自ら申し出た人が88人いた。
朝鮮日報によると、彼らの平均年齢は21.7歳、2010年の天安艦沈没事件と延坪島砲撃事件の頃に中学生や高校生だった世代で「2つの事件をきっかけに、北朝鮮を『主敵』と明確に認識するようになった」と報道した。
企業も徴兵期間の延長を志願した兵士に、優先採用などの特典を提供することを明らかにした。大手財閥のSKはチェ・テウォン会長が、優先的に採用することを検討していると説明した。「徴兵期間の延長を志願した兵士が見せてくれた情熱と覇気は、韓国の未来と経済の発展に最も重要なDNAになるだろう」と述べ「韓国社会と企業は、このような精神を評価しなければならない」と語った。
また、 聯合ニュースによると、韓国中堅企業連合会(中堅連)は最近、徴兵期間の延長を志願した兵士たちの就職を支援すると25日、明らかにした。中堅連は国防部の協力を得て、希望と適性を判断して優良企業に積極的に就職を斡旋する計画だ。
■20代の78.9%が「戦争になれば参戦する」
20代の安全保障意識は最近、毎年高まっている。国民安全庁の調査によれば、その数値は30代よりも高い。
2015年6月、国民1000人を対象にした韓国人の安全保障意識の調査で「戦争になったら参戦、あるいは支援活動に参加する意思があるか」という質問に、20代以下(19〜29歳)の78.9%が「ある」と答え、30代(72.1%)よりも高い数値を示した。前回2010年の調査では、「ある」と答えた20代は69%で、30代の回答(81.1%)より12.1%低かった。(8月26日、朝鮮日報)
国家報勲処が国民1000人を対象に実施した「2014年の愛国意識調査」(11月18〜24日)で、韓国の安全保障水準を「深刻だ」と答えた20代は65.9%。30代(57.2%)と40代(57.3%)よりも高い数値だった。
■イルベ、「従北」への嫌悪感、そして「ろうそく世代」の保守化
韓国では北朝鮮との融和を主張する人々を、保守勢力が「従北」(親北朝鮮)として糾弾する傾向が強まっており、「従北」を嫌う保守主義的な北朝鮮観が定着しているとの分析もある。ク・ジョンウ成均館大学社会学科教授は、通信社「ニュース1」の取材にこう語った。
「最同年代の兵士が地雷で足を失う状況を目の当たりにして、また、北朝鮮と対立している国家的な危機を経験し、自ら軍に残るという決定を下したのだ。(中略)特定のインターネットサイトなどを中心に、若者の間で「従北」に反対する保守主義が定着した可能性がある。このような保守主義が、朴槿恵政権下で浮上している民族主義的、愛国主義的な感情と結びつき、自ら徴兵期間を延長する兵士が出ているのだ」
ク教授が言う「特定のサイト」とは「日刊(イルガン)ベスト」、略称「イルベ」と推定される。「イルベ」の1日平均の利用者数は100万人を超える。特にイルベが打ち出す「従北」への嫌悪が娯楽として消費され、10〜20代の「アンチ従北」意識の固定化にある程度寄与しているとみられる。
ニールセン・コリアのインターネット調査によると、極右サイト「日刊ベスト貯蔵所」(イルベ)の2015年4月のモバイル利用者数は、約173万人で8位だった。利用者の年齢を考慮すると、10〜20代の間では、もっと高い順位と推定される。
韓国では2000年代後半に、アメリカ産牛肉の輸入など、政府の方針に反対する大規模なデモが多発した。夜間にろうそくを持って集まるデモの時代に20代だった世代を「ろうそく世代」と呼ぶが、この世代の意識が保守化しているという指摘もある。
2008年6月10日、韓国・ソウルで、アメリカ産牛肉の輸入反対と、李明博大統領の辞任を求めデモをする人々
ネイル新聞が有権者1600人を対象に実施した「2015年有権者意識調査」(2014年12月19日〜23日調査)では、「北朝鮮との協力を強化しなければならない」という意見(75.0%)が全年代で多数を占めたが、ろうそく世代の40%近くが「反対」し、朴正熙大統領の軍事独裁を経験した「維新体制世代」(55〜64歳)や、その上の「維新前世代」(65歳以上)よりも強硬な態度をみせた。
ソ・ボッキョン西江現代政治研究所研究委員は、ネイル新聞のインタビューに「これは20代が保守化した」のではなく、北朝鮮に関する質問が、20代の理念を評価する基準として、もはや有効ではない」と説明した。
イ・ジホ西江現代政治研究所常任研究委員は1月5日、ネイル新聞の専門家コラムで「20代、30代は決して一枚岩ではなかった。若いほど進歩的、年配になるほど保守的という従来のパターンが消えた。20代後半は30代より保守的であり、30代後半は全年齢を通じて最も進歩的と見られるケースもあった」と明らかにした。
イ氏は、ろうそく世代について「彼らは、世界経済を揺るがした金融危機を経験しながら、低成長と二極化の構造を経験している。雇用不足で非正規職と若年失業を経験し、社会的に追い詰められている世代」として「ろうそく世代は、若い世代の中で最も保守的と判明した。過去5年間、各種の選挙資料で、20代が30代よりも保守的と分析された背景には、20代後半の保守化があったからではないか」と分析した。
この記事はハフポスト韓国版に掲載されたものを翻訳、加筆しました。
この記事を巡る韓国社会の背景について、ハフィントンポスト韓国版のキム・ドフン編集長(40)に聞いた。(聞き手:ハフィントンポスト日本版ニュースエディター・吉野太一郎)
――まず、徴兵期間の延長や「国家のために命を捧げる覚悟はできています」という声は、本心なのでしょうか? 私の知る限り、私の周囲で韓国人の男性に話を聞くと、ほぼ全員が徴兵を苦痛と感じていて「1日も早く終わらせたかった」と言いますが、社会的な圧力という理由もあるのではないですか?
実は、まさにそこが、この記事を配信した理由です。私が大学生だったとき、北朝鮮の潜水艦が日本海で発見されたことがありましたが、そのときの雰囲気(つまり、今の30代半ばから40代前半)は「どうか戦争だけは起きないでくれ、1日も早く兵役期間を終わらせたい」という意見が圧倒的でした。しかし、今の韓国の20代は、不思議なほどに「愛国主義」を叫び、北朝鮮への反発が高いのです。社会的な圧力による兵役期間の延長ではないという点が、今の20代の最も独特な部分で、韓国メディアも関心を持って受け止めている現象の一つです。
――記事では朝鮮日報を引用していますが、北朝鮮と韓国の緊張が高まったときは「我々国民に何があっても、今度こそは北朝鮮に引きずられる悪循環を断ち切ると決心し、不便と犠牲を覚悟すれば、北の挑発をここで終わらせることができる」(2015年8月21日付社説)と主張しました。保守系メディアは、戦争への犠牲を求める社会的な雰囲気を作り出そうとして、こういった報道をしているのではないですか?
朝鮮日報は実際、そういう部分がなくはないですね。ただ、実は朝鮮日報がここ数年、重点的に報道しているのは「統一」についてであり、これは著しく右翼的な傾向にはなっていません。ハンギョレも「しかし軍当局がこの事実を積極的に広報することで、他の兵士にも不要な負担を与えるのではないかとの指摘もある」と簡単に書いてはありますが、全体として自発的意思による異例の兵役延長という点が特異な現象と言えます。ハフポスト韓国版のフェイスブックページでも、およそ8割がこの兵士たちを支持する意見でした。他の韓国メディアに比べてバランスの取れた意見が多いのが、ハフポスト韓国版のFBの特徴ですが、それを考慮しても興味深い現象です。
――2000年代後半に盛んに政権批判のデモを繰り広げた「ろうそく世代」が、なぜここまで保守的になるのでしょうか。
今の20代後半は「ろうそくデモ」に積極的に参加しましたが、デモで成し遂げたものがほとんどないという挫折を経験した世代でもあります。1980年代の民主化運動を経験した世代は、デモで民主主義を勝ち取ったという自信を持っているのに対し、「ろうそく世代」は、デモで世の中は事実上何も変わらなかったという失望感にとらわれているのです。同時に、今の20代は韓国の歴史上最悪の就職難と不景気に苦しんでいる世代です。20代前半にデモに参加していたときは学生でしたが、本格的に社会に進出してからは激しい社会的、経済的な壁に気づいたのです。そこでむしろ、思想的に急激に左から右に転向したと見ることができます。
1987年6月18日、民主化を求める韓国のデモ
――韓国は学生運動が盛んな国というイメージがありましたが、今はどうなのですか。
韓国の学生運動は今、ほとんど消滅したも同然です。かつて「運動圏」と言われた学生運動家たちの勢力はほぼありません。韓国の大学は今、政治的な発言や力が急激に縮小しました。これも、大学を出ても就職口のない今の20代の経済的な状況と関係があるでしょう。
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