2011年3月、東日本大震災が引き金となり福島第一原発事故が起きた。これは地球上で起きた原子力事故の中でも最悪の状態だったという。
そんな現場へ初めて投入されたのが「ルンバ」でお馴染みの米アイロボット社が手がける510 PackBotと710 Kobra(旧称Warrior)だった。お掃除ロボットと災害支援……一見、かけ離れた印象を受けるが、同社はロボットメーカーとして、宇宙開発用、地雷撤去用などさまざまなロボットを生み出してきたのだ。そこで今回、CEOのコリン・アングル氏に当時の話を伺った。
アイロボット社CEO コリン・アングル氏
「アイロボット社にとっても日本はとても大事な国なので、この災害は大きな衝撃を受けました。僕たちは、過去にもアメリカ同時多発テロなどでPackBotを使った実績があり、何かサポートできるのではないかと思ったのです。ロボットなら崩壊した建物や放射能が舞うような危険な環境に向かうことができますからね」
現場は事態の予測が困難だったため、爆発を含めた究極的に過酷な状況にも対応しうることが絶対条件だったという。熟慮を重ね、日本国内へ投入すると決めたのが前述の2機種だった。プロジェクトメンバーは連日夜通しで準備し、複数のエンジニアが日本に派遣された。
「主に2機種は、反射炉内の可燃性ガスや放射能濃度などのデータ入手と瓦礫除去に使われました。特に710 Kobraは、粉塵収集機の筒口を支えるのとホースを引くのに使用されました。簡単に言うと、世界最大の“ルンバ”のような仕事ですね。今でも現場で使われていると聞きます。こうやって、日本の災害で自分たちのロボットが活躍し、貢献できることを嬉しく思います。これこそがロボットの役割なのです」
福島第一原発に入ったPackbot
ここでふと疑問が湧いたかもしれない。アイロボット社の技術は世界屈指であることは確かではあるものの、日本のロボット産業もトップクラスだと言われてきた。なぜ、国内の災害で最初に投入されたのがアメリカ製のキャタピラ式ロボットだったのだろうか?
ロボットは人の「役に立つ」ことで存在意義を持つ。
では、「役に立つ」とはどういうことか。
『ロボット革命—なぜグーグルとアマゾンが投資するのか』の著者である大阪工業大学の本田幸夫教授は「ロボット技術は“使えてなんぼ”。つまり、あれだけの緊急事態において、アイロボット社の製品の方が日本のロボットよりも実用性に長けていたのです」と語る。
大阪工業大学の本田幸夫教授
「実は日本でも放射能汚染された際に使用できるようなロボットは開発されていました。でも、使用されないままずっと保管されていたんです。二足歩行ロボットなどもテレビなどで取り上げられていましたが、ほとんどが非常事態を想定して作られたものではありません」
アイロボット社は1990年に大学発ベンチャーとして誕生した。人工知能の研究していた彼らは、「3D=Dull、Dirty、Dangerous(退屈、不衛生、危険)な仕事から人々を自由にする」という理念を掲げて、アパートの一室からロボットビジネスを始め、当初は政府支援のもと軍事用や災害用などのロボットを作っていったという。つまり、彼らは「使われる」ことを前提に研究開発を進めてきたといえる。
本田教授は、私たちが抱くロボットのイメージについてもこう語る。
「ロボットは、1920年にチェコの作家カレル・チャペックの戯曲に登場した造語です。それは、チェコ語のロボタ(苦役)が由来の、人造人間のようなものでした。加えて日本では、1950年代から二足歩行のロボットが描かれるマンガが大ヒットしたこともあり、『ロボット=人型ロボット、ヒューマノイド』というイメージが強い傾向があります。でも、実際のところロボットは定義がすごく曖昧。例えば、人工知能を搭載したiPhoneや駐車アシスタントをする自動車も広義の意味でロボットといえます。視野を広げることが産業の活性化には必要です」
日本は、このような先入観からかロボット研究について国の予算が人型ロボットに偏ることもあるそうだ。また、二足歩行技術や、人とのコミュニケーションを取るセンサー開発など、先端技術に特化することが多く、「研究」の域に留まる傾向があるという。つまり事業化している例が少ないのだ。
一方、海外では、アイロボット社はじめ実践的な志向が強いそうだ。そのため、ルンバは人に応答するような技術やデザインよりも、室内を効率的に掃除するような人工知能の搭載が選ばれた。実務に特化した機能重視で開発されているからこそ、10万円以下という私たちが購入できる価格でロボットを生み出すことができると言えよう。
実際にコリンCEOはこう述べている。
「僕は、幼い時から『スター・ウォーズ』の大ファンでした。多くの子どもたちたちが夢中になったのは愛嬌のあるR2-D2。でも僕が魅了されたのは、宇宙要塞のデス・スター内で配送やメンテナンス作業を担当している“MSE-6シリーズ修理ドロイド”でした。箱型の無骨なデザインですが、このロボットを見た瞬間に『僕はこれを作ろう!』と思ったんです。ルンバの原点はここにあります」
コミュニケーションし、人間と同じような行動をとるロボットは確かに人を楽しませてくれるかもしれない。しかし、まず目指すべきファーストステップは、実際に人間のサポートし、人の生活に溶けこむという点ではないだろうか? エンタテインメントは付加価値に近い。まず人の手助けをすることに焦点を置いて開発を進めたことが、アイロボット社の事業化を成功させた理由の1つだろう。
ロボットが人類を超越し、脅威となる前に迫り来る「問題」
ロボットは確かに私たちをサポートする存在となりえるだろう。しかし一方で、「人工知能は人間を終焉に導く」という懸念もある。この折り合いはどうつければいいのだろうか? コリンCEOいわく、「この脅威よりも、もっと先にやってくる問題がある」という。
「人の予測というものは、飛躍することがあります。『宇宙家族ジェットソン』は1960年代のコミックになりますが、ここでは『お掃除ロボット ロージー』が、家族のメンバーのようにコミュニケーションを取りながらハウスキーピングをしています。でも、実際にルンバが発売されたのはそれから50年後の2002年でした」
『宇宙家族ジェットソン』に登場するロージー
「掃除をするためには、ロボットは自分の位置を瞬時に把握したり計算したりする知能が必要です。ルンバは、壁や階段がどこにあるのか?という位置情報はもちろん、掃除の終了まで計算する人工知能を載せています。これがこの50年の進歩です。ロボットが人間を現実的に超越するようになる前に、人口統計が示すように高齢化問題はもっと深刻化するでしょう。その時に、人のサポートをしてくれるロボットは絶対的に必要な存在なのです」
ルンバは段差を素早く感知するような人工知能を搭載している。
本田教授も同じように、高齢化社会に向けてロボットの存在意義が増すだろうと述べている。
「実は、ルンバには地雷撤去用ロボットの移動技術が採用されています。これをさらに応用すれば、アイロボットから靴型の歩行サポートロボットが生まれるのでは?と思うこともあるんです。そうすれば、年を重ねて歩行が困難になった方でも、自由に散歩ができるようになるかもしれない。ロボットは技術の応用や組み合わせで、いかようにも可能性が広がる存在です。だからこそ、ロボットカンパニーの製品は、現実的な未来の一端を感じることができるんです」
身近な存在の「ルンバ」。これはさまざまな可能性を秘めた存在なのだ。地雷撤去の技術が、掃除ロボットになり、またこの技術はきっと別の用途にも使われ、人間の可能性をもっと広げてくれるだろう。ロボットは近未来的な存在ではなく、既に各所で人間のサポートをし始めている。事故現場で、宇宙で、そして家の中で。