[東京 1日 ロイター] - 過激派組織「イスラム国」とみられるグループによる日本人人質事件が最悪の結末を迎え、今後の論点の1つに自衛隊による在外邦人の救出が浮上してきた。実際に人質の救出作戦を実行するにはハードルが高いとの指摘があるものの、法整備を行うことが邦人に対するテロの抑止力を高めるなどとして議論が進んでいきそうだ。
1月下旬に始まった今年の通常国会では、集団的自衛権の行使を可能にする法案審議が焦点になるはずだった。しかし、今回の人質事件を受け、海外で日本人が拘束された場合に自衛隊が救出に行けるのか、という点がにわかに注目され出した。
海外で邦人がトラブルに巻き込まれた際、現行法で自衛隊に許されている活動は、輸送に限定されている。
しかし、安倍首相は1月29日の衆院予算委員会で「領域国の受け入れ同意があれば、自衛隊の持てる能力を生かし、救出に対して対応できるようにすることは国の責任だ」と語り、任務の拡大に意欲を示した。
<国会論戦に備えていた政府>
自衛隊による邦人救出は、安倍政権が昨年7月の閣議決定で法整備を進めることを決めており、今回の事件を機に降って湧いた話ではない。
ただ、元防衛相の小池百合子衆院議員は1月30日のロイターとのインタビューで「検討しなければならないケースが増えた」と語り、今回の事案が新たに政府内の議論や国会審議、実際の法整備に影響を与えうるとの見方を示している。
後藤健二さんと湯川遥菜さんの拘束が明らかになった直後、政府は自衛隊の邦人救助が国会などで議論になることを見越し、統一見解をあらためてまとめ、論戦に備えていた。国家安全保障局が作成した想定問答集には「領域国の同意に基づく邦人救出などの警察的な活動ができるよう法整備を進める」との文言が盛り込まれていた。
つまり、テロ集団などに邦人が拘束されたケースで、その場所が現地政府の実効支配下にあって治安が維持され、かつ同政府の許可を得ることができれば、武力行使を伴わない警察力として自衛隊を派遣できるよう法整備をする、との方針だ。
自民党の谷垣禎一幹事長は、後藤さんとみられる男性の殺害映像が流れた後の2月1日朝のテレビ番組で「今の場合で言えば、領域国の救出活動に頼らざるをない。仮に領域国から日本も一緒になって救出しようと言われた場合、なす術ない」と発言。「(法律の)すき間を埋める議論をする必要がある」と語った。
<人質の居場所がつかめない>
だが、現場の自衛隊の指揮・命令に責任を持つ立場の防衛省関係者は、自衛隊が実際に救出作戦を行うのは現実的ではないとの見方を示す。領域国の支配が及ぶ地域に警察力を送るのは、相手国の主権にかかわる問題であり、同意を得るのが難しいと見る。
一方、支配が及んでいない地域には組織的な武装勢力がいる可能性が排除できず、武力衝突につながる恐れがあるとして、現行憲法の枠内では自衛隊を派遣できないとの法的解釈が維持されている。
その関係者は「どういう場面があるのか、考えにくい」と話す。
能力面でも問題点を指摘する。陸上自衛隊には、オウム真理教による一連の事件後に創設準備が始まり、2004年に発足した「特殊作戦群」と呼ばれる部隊がある。海外で人質を救出するには、対テロ作戦を主任務とする彼らが派遣される可能性が高いとみられる。
しかし、日本はインテリジェンス(情報能力)が弱く、人質の居場所を特定することが難しいと、同関係者は言う。
<「サンダーボルト作戦」は可能か>
それでも、邦人救出に向けた法整備は議論が進みそうだ。海外での自衛隊の任務拡大に慎重な公明党も、井上義久幹事長が1日朝のテレビ番組で「国民の間にも、何とかできないのか、という率直な意見があると思う」と指摘。「これからしっかり協議していかなければならない」と語っている。
人質救出のケースとして有名なのは、1976年にイスラエル軍がウガンダのエンテベ空港で行った「サンダーボルト作戦」。人質105人のうち犠牲者は3人で、今も成功例として引き合いに出されることが多い。
「法整備をしたとしても、日本はサンダーボルト作戦のようなことは絶対にできないと思う」と、小池衆院議員は言う。「でも、今は備えもなく、選択肢さえない。選択肢として持っていることで抑止力になる」と、同議員は話す。
(久保信博、リンダ・シーグ 編集:田巻一彦)
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