「おひとりさま出産」 年収200万円以下、アラフォー、独身の漫画家が描く実体験

年収200万円以下の漫画家、独身、アラフォー、一人暮らし。子どもを産んで育てるには厳しい環境の中、一人で出産に挑むという実際の体験を描いた七尾ゆずさんのコミックス「おひとりさま出産」(集英社クリエイティブ)が刊行され、同世代の女性たちを中心に衝撃を与えている。なぜ七尾さんは子供を産もうと決意したのか。
©七尾ゆず 集英社クリエイティブ

年収200万円以下の漫画家、独身、アラフォー、一人暮らし。子供を産んで育てるには厳しい環境の中、一人で出産に挑むという実際の体験を描いた七尾ゆずさんのコミックス「おひとりさま出産」(集英社クリエイティブ)が刊行され、同世代の女性たちを中心に衝撃を与えている。なぜ七尾さんは子供を産もうと決意したのか。実際にどうやって出産に臨んだのか。そして、子供を産みたいけれど、将来への不安から決断できない女性たちへのメッセージを聞いた。

■「金も要らなきゃ 男も要らぬ 私はとにかく 子がほしい」

「おひとりさま出産」の冒頭に掲げられているのは、「金も要らなきゃ 男も要らぬ 私はとにかく 子がほしい」という言葉だ。気づけば38歳になっていた七尾さん。出産できる年齢のリミットが迫る中、40歳までに「おひとりさま」でも子供を産もうと決心、妊活を始める。

しかし、父親候補である彼氏の「ミウラさん」は借金がある身で、「国民健康保険すら払っていない男」。七尾さん自身も漫画家としてプロデビューしていたものの、漫画だけで生計を立てるのが難しく、アルバイトとの二足のわらじを続けていた。「年収200万円以下」「アラフォー」「独身」という条件を抱えていたが、七尾さんの決意は堅かった。一体、なぜなのか?

「普通に生きていたら、結婚して子供を生むのだろうと思っていたのですが、35歳過ぎて、アラフォーが近づいてから、本格的に焦りだしました。もともと世間体を気にするタイプではなかったので、1人で産むということに対する世間の目も気にしませんでした。貧乏とか独身とか、いろいろなハードルはありましたが、年齢的なリミットがありましたし、チャンスを躊躇して、子供をこの腕に抱ける人生を棒に振ってしまう方が怖かったです」

「おひとりさま出産」 ©七尾ゆず 集英社クリエイティブ

七尾さんはミウラさんを説得し、5カ月にわたる妊活の末に無事、妊娠することができた。

「やったー!って、それはもう嬉しかったです。私でも、母親になれるんだって。赤ちゃんの心音を聞いて、最初は泣いてしまったりしました。この子はちゃんと生きているんだって」

■電話相談したら速攻で「生活保護ね」

「おひとりさま出産」では、妊活から妊娠5カ月までの暮らしがリアルに描かれている。生活費を稼いでくれる夫も、正社員だったらもらえる手当もなかった七尾さんには、病院の健診費用や出産費用などを自分で得る必要があった。しかし、貯金は10万円ほど。「出産育児一時金」やひとり親家庭に支給される手当など、お金について調べる一方、アルバイトにも奔走した。出産するまでに、100万円貯めるのが目標だった。

「妊娠してからも、まったく休みなしでバイトしていました。飲食店で働いていたのですが、深夜と昼にもシフトを入れていました。お昼が週5日、深夜が週3日で、24時間アルバイトとか、そんなこともしていました。体力的にはきつかったですね。産婦人科の先生と相談しながら、赤ちゃんが産まれた後は働けないので、ちょっとでも動けるうちにお金貯めとかなきゃって、働いてました。でも、こんなふうに漫画を描いていいのかどうなのか。私は体が丈夫だったのでできましたが、妊婦の体調は不安定ですし、読者の方にはあまりおすすめできないです。ひとりで産む方は、お金を貯めておきましょうね、と自分のことは棚に上げて言います」

さらに、七尾さんは使える行政サービスを調べた。ひとり親家庭への相談窓口へ電話。

「電話相談の方からは、『これはもう生活保護ね』と速攻で言われました(笑)。ひとりで妊娠して子供生んだらそうなってしまうの? と不安でした。ネットでも情報は調べたのですが、やはり役所の人に直接聞いたほうが確実だと思って、わからないことがあればすぐに聞きました。役所には、ひとりで産みますと知らせておいて、何かあった時のために自分の状況を把握してもらえるようにしていました」

「おひとりさま出産」 ©七尾ゆず 集英社クリエイティブ

七尾さんの場合は低収入でも非課税ではなかったために、自治体が分娩費用を負担してくれる「助産制度」が残念ながら使えなかったが、さまざまなアドバイスが得られたという。

お金の問題以外にも、世間体を気にする母が理解してくれないなど、七尾さんにはさまざまな試練が振りかかるが、「おひとりさま出産」に描かれている妊婦ライフはとても楽しそうにみえる。妊娠を後悔したことはなかったのだろうか。

「全然。妊娠を後悔したことはないです。色々な問題はありますけど、それで子供を産むことをあきらめていたら、今もひとりきりの生活が続いていたのかなと思うと、もう耐えられないという感じです。でも、ひとつ後悔するとすれば、妊娠前にお金を貯めておけばよかったなということですかね(笑)」

■「出産する10日前までアルバイト」

「おひとりさま出産」では、妊娠5カ月までのことが描かれているが、その後、無事に出産できたのかを心配する読者の声も。現在、月刊「officeYOU」で連載が続いているが、タネ明かしをしてしまうと、七尾さんは無事に元気な赤ちゃんを産むことができたという。しかし、出産ギリギリまで、妊婦ライフは過酷だった。

「バイトは産む10日前までしていました。漫画は産む6時間前まで描いてましたね。逆子だったので、5日後に帝王切開での出産が決まっていたのですが、ちょっとスーパー行ってたら破水してしまって、あれよあれよという間に産んじゃったみたいな……。産んだ日が締め切りだったので、翌日には個室に移って漫画を仕上げていました」

無事、母となった七尾さん。「正直、最初はお腹の中にいる感覚と、出てきて見る感覚と違ってて、『こんな人が入っていたのか!』と思ってしまって(笑)。でも、看護師さんが母子の写真を撮ってくれたり、おぎゃあおぎゃあという泣き声を聞いた時は、やっと生まれたんだとぼろぼろ泣きました」

七尾さんは出産後、この体験を漫画に描こうと企画。初のコミックスとなる「おひとりさま出産」を2014年10月に出版した。漫画はとてもコミカルに面白おかしく読めてしまうのだが、現在の日本で低収入や未婚で子供を産むことに対するさまざまな問題が浮き彫りになっている。

特に日本のひとり親世帯の貧困率はOECD諸国の中で最悪。婚外子に対する世間の目もいまだ厳しい。政府はさまざまな少子化対策を打ち出しているが、本来、七尾さんのように「産みたい」と思った女性がどんな状況下でも安心して子供を産んで育てられる社会づくりも必要なのではと考えさせられた。

「おひとりさま出産」 ©七尾ゆず 集英社クリエイティブ

■「自分の人生を賭けてチャレンジする価値はある」

今、七尾さんは子供を保育園に通わせながら働き、子育てをしているという。「子供がとてもかわいい」と笑顔で話す七尾さん。七尾さんは漫画に描かれているよりもスレンダーで、この細い体のどこにそんなパワーがあったのだろうかと思わせるが、「仕事しながらの子育ては大変ではあるけど、子供のためにがんばれることはすごく幸せなことだなと、感謝して生きています」という。

もちろん、誰でも七尾さんのように子供を産めるわけではないだろう。

「私は『おひとりさま出産』は恥ずべきことではないと思っているのですが、漫画にも描いたように、母は『くさいものにはフタをしろ』と、隠すべきこととして考えていて、やはり世の中の厳しい目はあるのかなと思います。この漫画を読んで、『無謀すぎるんじゃないか』と思われる方も、やっぱりいらっしゃるだろうとも思います」

その上で、同じような問題を抱え、悩んでいる女性たちへのメッセージを聞いた。

「子供はとても大切で、大事なものです。何物にも替えられないと思っています。子供を産んじゃいなよとは言えませんが、強いていうなら、経済的なこととか、世間体とか、いろんなことで、もしもチャンスがあるのにあきらめてしまうのはもったいないなあって思います。今、本当に子供を産んでよかったと感じているので、自分の人生を賭けてチャレンジする価値はあるかなと。

そして、子供を産んだら、いろんなことをあきらめなくちゃと思っていたけど、私の場合は夢だった母になれて、コミックスも出せました。もうちょっとお金はほしいですが(笑)、幸せなので決してマイナスばかりではない。もしも今、ひとりで産もうとして不安を抱えている人がいたら、悪いことばかりじゃないよ、お互いがんばりましょうと伝えたいです」

「おひとりさま出産」 ©七尾ゆず 集英社クリエイティブ

ハフィントンポスト日本版はFacebook ページでも情報発信しています

注目記事