日本の天文学の礎を築いてきた京都大学の天文台が、存続の危機にさらされている。2カ所ある天文台のうち、岐阜県高山市にある「飛騨天文台」では、地球に大きな影響を与える太陽フレアなどを観測する望遠鏡(SMART)が活躍しているが、建設後10年が経過したため、国から維持費のサポートが終了してしまった。
そこで、京都大学の天文台ではネットで広く支援を募るクラウドファンディングで10月20日まで、合計350万円の寄付を呼びかけている。利用されたのは、2014年4月にスタートした、日本初の研究費獲得特化型クラウドファンディングサイト「academist」(アカデミスト)だ。研究のアイデアをプロジェクト化し、研究費を必要とする研究者と研究を応援したい人たちをつなげることで、何が生まれるのか? サイトを運営する株式会社エデュケーショナル・デザイン(東京都文京区)の代表取締役の柴藤亮介さん(29)に、日本のアカデミズムの「未来」を聞いた。
■京大天文台長が太陽フレアの観測がなぜ必要かを動画で説明
「30数年前に宇宙物理学に興味を持った時に、クエーサー(活動銀河中心核)の大爆発の謎を解明したいと思い研究を始めました」
アカデミストに掲載された動画でそう語るのは、京大大学院附属天文台長の柴田一成教授だ。
「そのために最も身近な爆発である太陽フレアの研究を始めました。太陽フレアのメカニズムの解明は、私が生涯をかけて取り組んでいる宇宙物理学最大の謎のひとつ、クエーサーの大爆発の解明につながります。
一方、太陽フレアが起きると、太陽で発生した放射線や太陽のプラズマが地球に飛んできて、地球にいろいろな被害を与えます。例えば、人工衛星が故障したり、通信障害が起きたり、あるいは地球で大停電が起きたりもしています。太陽フレアのメカニズムが解明できれば、太陽フレアに伴う宇宙嵐の予報、これを宇宙天気予報と呼びますが、それをより正確に行えるようになります」
研究の目的を丁寧に説明した柴田教授は、最後に太陽フレア観測研究のために飛騨天文台の維持費を支援を訴えた。
このプロジェクト名は「太陽フレアの機構と宇宙天気予報の研究」。10月20日まで合計350万円を目標に寄付を募っている。飛騨天文台にあるSMARTは建設後10年が経過、国からの維持費のサポートが終了してしまったことが、このプロジェクトの背景にある。柴田教授によると、今後も地球に影響を及ぼす大きなフレアを観測するためには、SMARTに常駐する人件費や維持費、観測データを世界に発信するための設備費が必要なのだという。
プロジェクトの支援方法は、「御礼のメッセージ」や「学会講演資料」が届く1000円から、「太陽フレアTシャツ」「飛騨天文台に氏名掲載」「太陽フレアオリジナル動画」「柴田台長による花山天文台ツアー」などがプレゼントされる5万円まで、5段階に設定。10月8日までに、93人から146万円がすでに寄せられている。
「10年間で5億円の維持費が必要と聞きました。去年までの10年間は国からの予算があったのですが、それがなくなると天文台を維持するだけでも大変です。目標達成額の350万円は高額かもしれませんが、それでもあくまで維持費の一部です」と話すのは、アカデミストを立ち上げた柴藤亮介さん。2014年5月、京大のもうひとつの天文台である「花山天文台」が、歴史ある施設であるものの、研究費の獲得が困難なために維持が難しく、市民から寄付を集め始めたという報道があった。
ニュースを知った柴藤さんは、京大天文台のサイトを見たが、「どのような研究をするために寄付を募っているのかよく伝わらなかった」という。そこで、自身が立ち上げたばかりの「アカデミスト」の利用をオファー。快諾した柴田教授とともに、サイト内でプロジェクトをスタートし、広く支援を集めている。
■謎の深海生物「テヅルモヅル」の研究に目標を上回る63万円の寄付
「アカデミスト」では、サイトを立ち上げて初めてのプロジェクトとして、「深海生物テヅルモヅルの分類学的研究」への支援を募った。呼びかけたのは、京大フィールド科学教育研究センター瀬戸臨海実験所の研究員、岡西政典さん。テヅルモヅルは、クモヒトデ(ヒトデとは腕の骨格が異なる別のグループ)の仲間で、腕が何度も枝分かれする不思議な形をしている深海生物だが、謎が多く分類が進んでいないという。
そこで岡西さんは、テヅルモヅルの一種で、長らく研究者がいなかったために研究が手つかずだったキヌガサモヅルの分類のための研究費用への支援を求めた。40万円が目標金額だったが、わずか2週間で達成し、最終的には63万4500円が寄せられた。「アカデミスト」のサイト上では、支援した人と研究者がコメントを書き込むことが可能で、研究の進捗状況などを報告することもできる。岡西さんは目標金額を上回った寄付金で、支援した人を中心にしたイベント、サイエンス・カフェを12月に開く予定だ。
研究者と一般の人々がつながる「アカデミスト」。クラウドファンディングのサイトは日本でもいくつか運営されているが、研究費獲得に特化されたサイトは日本初だ。大学院で物理学の研究をしていたという柴藤さんはなぜ、「アカデミスト」を立ち上げたのだろうか。
「もともと僕は、研究を行いながら、私立学校や塾で教育的な活動を行っていました。その中で、学校はとても閉鎖的という問題点に気づきました。校外から人を呼んだり、ネットを使って外から情報を収集したりといったことがほとんどなく、いまだに紙とペンだけで勉強している。旧来のこのシステムがこの時代には合うのか。
一方、大学は研究機関なのですが、社会から隔離されていて、研究者が公に発信したり、一般の方が研究の内容を知る機会が少ない。小中学校、高校から大学を含めてクローズドだと思いました。そこをオープンにすることで、この社会、日本が良くなるのではないかという思いが漠然とありました」
閉鎖的な教育から開放的な教育を目指していける組織を作ろうと立ち上げたのが、代表取締役を務める株式会社エデュケーショナル・デザインだった。その事業の柱のひとつが、資金を循環させる仕組みをつくること。「アカデミスト」のミッションだ。
「現在、研究者は国に研究費の申請を出します。それに対して、この研究には価値があるから進めてくださいと研究費を与えられて、その成果を報告書にまとめます。これは税金から賄われていますが、その仕組みはとてもクローズドです。報告書の内容も難しいですし、研究者の顔も見えません。とても研究にアクセスしづらいです。
しかし、STAP細胞やiPS細胞など、自分たちの生活にも科学の話題が直結するようになっています。そういう中で、研究者自身が一般市民に向けて研究を発信する仕組みを作りたいと思い、『アカデミスト』を立ち上げました。研究者は試してみたいアイデアをこのサイトにあげて発表する。そして、サポーターの方はお金を投資することで、研究者を支援する。研究者はそのお金を使って研究をして、リターンを送るという仕組みが機能すれば、市民の方から、研究者は今、こんなことをやっているんだとわかってもらえる。お互いにとって、メリットが生まれます」
■「日本の基礎的科学研究の低迷危機に歯止めを」
日本で初めての研究費獲得特化型クラウドファンディングを立ち上げるにあたり、柴藤さんが参考にしたのは、海外のサイトだ。
「海外では、20ほどの研究特化型クラウドファンディングサイトを見つけました。ただ、なかなか運営は厳しいようです。しかし、その中でもうまくいっているサイトが、まさに『実験』という意味を持つ『experiment』(エクスペリメント)です。シリコンバレーに本拠地があり、現在、200近いプロジェクトが掲載され、半分以上が目標金額を達成している状況です。
その特長は、少額のプロジェクトが多いこと。数百万円のものもありますが、基本的には数十万円に抑えている。テーマも、ある病気の治療薬をつくるための研究費や、アフリカの現状を調べるためのフィールドワークの費用など、共感を得やすく、専門知識がなくても理解できるものが多いです。大学の籍さえあれば誰でもプロジェクトを立ち上げることができます。この前は、『3000ドルほしい』という人がいました。『なぜなら、自分の学費です』と。日本だと炎上しそうなプロジェクトですが、きちんと運営しています」
最近、STAP細胞問題など科学の信頼性が揺らぐニュースが少なくない。柴藤さんは「エクスペリメント」を参考にしながら、「アカデミスト」では最も注意したことがあるという。
「研究は信頼性が大事です。名もない研究者が研究費を集めて、研究がまったくできなかった場合、学界からの目は厳しくなると思います。最終的には、研究をやったことがなくても挑戦してみたい方が何かできる場にはしていきたいのですが、最初は大学などである程度、実績のある方を中心にして、これまでの論文数などで信頼性を担保しています」
「アカデミスト」では、研究者自身がプロジェクトを説明する動画が掲載されているのがユニークだ。「個人的な興味もあるのですが、どういう人が研究しているかを、僕自身がすごく知りたい。研究者は、研究のことを話している姿が最もかっこいい。そういうところをどんどん発信していってほしいと思っています」と柴藤さんは話す。
「究極の目標は、研究者が国や財団からの科学研究費に申請しようと考えた時、その候補の中に『アカデミスト』が入っていたい。科研費がだめだったから、『アカデミスト』を使ってみようかとか思ってもらえるように」
では、「アカデミスト」が描く未来とは?
「日本はアメリカに比べると、国の研究費予算がかなり低いです。科学研究では100年前に研究されていたものが、今役に立っているケースもあります。しかし、今はすぐに役に立たない研究には予算がつかなくなってきています。そうした時、このサイトを見て、『この研究は必要だ』『面白い』とより多くの国民の方に認識していただくことによって、そういう動きに歯止めがかけられるかもしれません。まず、研究者が基礎研究の魅力を発信していくプラットフォームになることは、社会的な意義があると思います」
【関連記事】
ハフィントンポスト日本版はFacebook ページでも情報発信しています。
ハフィントンポスト日本版はTwitterでも情報発信しています。@HuffPostJapan をフォロー