日本の貧困化が進んでいる。2014年7月に発表された「平成25年国民生活基礎調査」によると、18歳未満の子どもの貧困率は16.3%と過去最悪を更新した。「日本は平等で貧富の差がない」というのが私たちの“常識”だったが、最新のデータや海外との比較は、それを裏切る結果となっている。「子どもの貧困」(岩波新書)などの著書で知られる国立社会保障・人口問題研究所の阿部彩・社会保障応用分析研究部部長は9月17日、東京・内幸町のフォーリン・プレス・センターで講演、日本の貧困の実態やその背景について語った。
■高齢男性の貧困率が下がると同時に若い男性の貧困率が上昇
阿部部長によると、日本では長年、貧困がないということが常識とされてきた。貧困の実態をモニターする指標である相対的貧困率が初めて発表されたのは、2009年になってからという。「日本は平等」という私たちの“常識”の根拠は1970年時点のデータで、実際には1980年代から所得の格差が拡大し始め、現在もそれが継続しているのだ。
「2012年は、子どもの相対的貧困率が16.3%となり、初めて社会全体の貧困率16.1%を上回りました」と阿部部長。年齢別に見ると、これまで日本の貧困率は、若いころが低く、中年期に最も下がり、高年期になってぐっと上がる「J字形」を描いていたという。
「しかし、社会保障制度の中で公的年金が成熟してくるに従って、高齢の男性の貧困率が徐々に下がり、同時に若年層の貧困率が上がってきたことによって、近年は男性に限ってみれば、人生の中で最も貧困率が高いのは若い世代という現象が起こりました」と説明する。また、2010年の資料によると、65歳以上の一人暮らしの女性の貧困率も高く、46.6%と半数近かった。現役世代でも、一人暮らしの女性は31.6%と3人に1人が貧困だ。
「若い男性の貧困率が上がってくるのは、時系列で見れば鮮明にわかります。1995年から、2007年を比較したのが左のグラフですが、20〜25歳のところで貧困率が徐々に上がってきて高いピークになっています。右のグラフでは点線が2007年の山に比べて、2010年ではさらに裾野の広い山になってきています」。阿部部長によると、これが一時的な貧困なのか、継続的なものなのかの判別が必要だという。
■「低い学力」「夢がない」貧困層の子どもたち
日本の貧困の実態において、特に注意しなければならないのが、子どものいる世帯だ。7月の発表では、過去最悪の貧困率を更新している。
「一時的に電気が払えない世帯があっても、電気が止められるまでには時間がかかるので、今は、それほど問題ではないと思われるかもしれませんが、子どもの貧困状態は、学力、健康、自己肯定感などと相関関係にあることがわかっています。全国の学力テストの点数と親の年収の比較を見ると、きれいな相関があります」
また、これもひとつの例として阿部部長が提示したのが、大阪市の小中学校児童4100人に調査した結果だ。小学校5年生と中学2年生の調査では、「夢がない」と答えた貧困層の子どもの割合は、小学5年生だと24%、中学2年生だと44%で、非貧困層の18%、38%をそれぞれ上回っていたという。
■「ひとり親世帯」の貧困率は国際的に最悪
では、国際比較から見て、日本の貧困はどうなっているのか。阿部部長は、その特徴をこう語る。
「まず1つ目は、日本の貧困は、失業ではなく、ワーキングプアが多いということです。ヨーロッパなどでは無職による貧困世帯が多いのに比べ、日本はワーキングプア率が高いです。2つ目は、母子世帯や単身世帯、高齢者世帯を始めとする特定世帯の貧困率が突出して高いということ。特に、ひとり親世帯の貧困率はOECD諸国の中で最悪です。3つ目は、政策による貧困削減効果が少ないことが挙げられます。公的扶助の受給率を比較すると、日本では生活保護制度があり、これは国民の1.6%をカバーしていますが、他の国に比べて受給率は低いです」
公的扶助の受給率の低さは、子どもの貧困にも影響を与えている。
「子どもがいる世帯の貧困率について、税金や社会保険料を払う前の『再分配前』と、税金や社会保険料を払い、児童手当や生活保護など政府からの給付を受けた後の『再分配後』を比較してみます。通常の政府の機能としては、再分配後の方が貧困率は低くなるのが当たり前なのですが、日本とギリシャだけは再分配後の方が貧困率が高いという状況になっています」
■既存の社会保障制度の「仮定」が崩壊
このような貧困が起こっている理由はどこにあるのだろうか。阿部部長が指摘するのは、既存の社会保障制度の「仮定」が崩壊していることだ。
「1つとして、日本の社会保障制度は働いていればまっとうな生活ができることを仮定としています。つまり、ワーキングプアは想定されていません。2つ目の仮定は、家族というものがあることで、一人世帯になった途端に貧困になるリスクがとても高くなります。日本は3世代世帯も多く、家族の人数が多いというのが一般的な常識だったのですが、実は、現在のデータを見ますと、単身世帯が最も多くなっています」
「3つ目の仮定は、一度転落しても再チャレンジできるということでした。日本のさまざまなセイフティネットは制度的にはありますが、多くは貸付金や一時的な免除制度で、失職して所得が下がったので一時的にお金を借りることができても、いつかは前よりさらに高い所得を得てお金を返さないといけません。しかし、日常生活が苦しくてお金を借りた場合は、いつまでたっても返せません。転落しても戻ってこられるというストーリーは、日本の場合は難しいのです」
こうした仮定の崩壊によって何が起こるのか。阿部部長が警鐘を鳴らすのは、現在の社会保障制度への影響だ。
「国民皆年金、国民皆保険が崩れてきています。国民健康保険の社会保険料を払えない人が急増しており、国民年金にいたっては、4割の人が払っていない状況です。そして、『恒常的な貧困』も存在するようになりました。先ほど申し上げた通り、日本の多くの制度が貸付制度です。例えば、貧困世帯のお子さんが学生ローンで学費を借りても、奨学金ではないので、返せなくて多重債務に陥ることが社会問題になっています」
さらに、公的扶助の役割が増大していると阿部部長は指摘する。
「唯一の制度として生活保護がありますが、国民の2%程度しかカバーしていない。すべての貧困世帯をカバーしようとしたら、その何倍もの予算が必要です。それができない状況なので、公的扶助もパンク状態にあり、ますます締め付けが厳しい。」
■ネットカフェ難民やフリーター、社会問題化する「新しい貧困」
阿部部長は、こうした日本の貧困を「新しい貧困」として解説する。
「このような多くの貧困層が政府からの支援を受けられない状況は、いろいろな形で社会問題になっています。ホームレスやネットカフェ難民、ニート、フリーターといった形で現れてきているのです。彼らの多くが単に仕事がない、お金がないというだけではない問題を抱えています。その1つが精神的な問題。長い間、厳しい状況に置かれることによって鬱病などを発症します。また、日本では自殺者が高い率の状況が続いています。まだ海外のように麻薬やアルコールといった社会問題は少ないですが、今後、そうした問題に移行することも予想されます」
こうした事態をふまえ、政府も対策を打ち出している。2014年1月に施行した「子どもの貧困対策推進法」に基づいて、8月末には子どもの貧困対策に関する「大綱」を決定した。苦しい家計の人の生活を再建する「生活困窮者自立支援法」も2015年4月から施行されることになっている。
「政府も対策は立てていますが、日本の財政が厳しい中、貧困問題に対する財源的投入が非常に難しい状況にあります。今は、生活保護に陥らないようにという目的をもって支援していますが、相談機能におさまっていて、新しいセイフティネットを築くことができていません」
政府の貧困対策が、どこまで効果を発揮できるのか。今後の問題は、財政的なバックアップとそのコミットメントにあると阿部部長はみている。
【関連記事】
ハフィントンポスト日本版はFacebook ページでも情報発信しています。
ハフィントンポスト日本版はTwitterでも情報発信しています。@HuffPostJapan をフォロー