今期も2期連続の最終赤字見通しと苦境に陥っているソニー
米アップル
<ネットに向き合う決意>
今年2月7日、東京都港区の本社2階大ホールで開いたクオータリーミーティング。「ソニーのエレクトロニクスの厳しさは、ネットワークの時代に主役になれなかったことが背景にある」――。幹部社員500人を前に、インターネット子会社、ソネット社長から最高戦略責任者(CSO)に就任した吉田憲一郎・現最高財務責任者(CFO)は、ソニーの弱点を突いてみせた。
吉田CFOの現状認識はこうだ。テレビやラジオの「放送の時代」、CDやDVD、ブルーレイディスクなど「パッケージの時代」、いずれもソニーは主役だったが、2003年からアップルが「iTunes(アイチューンズ)」を導入して状況は一変。iPodやiPhoneで、デジタルコンテンツをネットワーク配信する「ネットの時代」に、ソニーは主役の座から滑り落ちた。
今期は、パソコン撤退、テレビ分社化、5000人の人員削減など構造改革で赤字をつぶしていくのが先決。だが、ソニー本社では、来期以降の成長戦略も並行して検討が始まり「いよいよ課題のネットワークに、正面から向き合わなければならない」(本社幹部)との問題意識が、急速に浮上している。
<迷走の歴史>
ソニーにとって、ネット事業は迷走の歴史でもある。03年にアイチューンズが登場した当時は、CDやMDの市場縮小を恐れ、ソニー・ミュージックがレコード販売に固執。事業部間の内部相反で、ネットへの足並みがそろわず、05年までにウォークマンはiPodに完敗した。
今のソニーのネット事業は、06年のゲームソフトのダウンロード配信開始で再び芽を出した。2010年からは映像と音楽のストリーミング配信サービスも立ち上げた。
だが、当初はゲームと音楽・映像のアカウントが別々でユーザー利便を打ち出せず、11年には、ハッカー攻撃の情報流出問題が響いてさらに後れをとった。
ばらばらだったアカウントを統合したのは12年2月だ。ゲーム、音楽、映像を総合的に配信する「ソニー・エンタテインメントネットワーク(SEN)」のサービス名で、1つのユーザーIDで利用できるネット事業の基盤をようやく整えた。
この間、ネット事業をまとめていたのが、09年4月から担当執行役を務めていた平井社長だ。ハッカー問題では副社長として矢面に立った。テレビの黒字化が達成できずに批判を浴びている平井社長だが、12年4月の社長就任時の目標を唯一前倒しで達成したのがネット事業でもある。
2年前の経営方針説明会で掲げた「ネットワーク事業の売上高を14年度に2000億円に」との目標は、13年度に2000億円超えを達成。11年度の660億円、12年度の1170億円から、倍近くのペースで拡大し、13年3月末で月に1度以上の利用がある「実質ユーザー」は5200万人を超えた。今では「来期以降の成長に向けて、最も上昇が期待できる重要な事業」(幹部)に育った。
<ゲームの「ARPU」>
エレクトロニクス製品では、単年度で販売実績を残しても、翌年度はゼロからのスタートになるが、ネットで定額会員を確保すれば、収入が年々上積みされる。これが長年追い続けてきた「売り切り」から「サービス」への事業モデルの転換だ。
「強いところを伸ばす。まずはゲームを軸に強くする」(幹部)のが、新たなネット戦略。アイチューンズは8億件の会員数で、グーグル
ネット会員5200万件を上積みする有力手段と位置付けるのが、昨年11月に発売した「プレイステーション4(PS4)」だ。据え置き型ゲーム機市場では、任天堂
ゲーム調査会社のVGチャーツによると、7月5日までの累計販売は840万台で、同時期に発売されたマイクロソフト
ゲーム子会社、ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)のアンドリュー・ハウス社長は、13年1月からネットワーク担当役員を兼務。6月のロイターとのインタビューでは「ゲームとネットワークは一体で切り離せない」と述べ、通信キャリアが使う「ARPU(1契約あたり月額平均収入)」の指標を導入して、ユーザーの課金収入を増やしていく考えを示した。
すでに月額10ドルのゲーム会員サービス「PSプラス」の加入者は、「PS4の購入者の半数」(平井社長)のペースで増えている。今期の据え置き型ゲーム機の販売計画は1700万台で、定額会員が一段と伸びる余地は大きい。7月31日から北米でストリーミングのゲームサービス「PSNow」も始める。
ゲーム以外に音楽・映像のストリーミングサービスでも「まずはゲームユーザーに使ってもらう」(幹部)という戦略を立てた。
特に音楽配信市場では、アイチューンズが採用するダウンロード販売よりも、英スポティファイや米パンドラ
また、ソニーが年内に米国で始めるインターネット放送は「テレビ放送から離れているゲームユーザーにネット配信で戻ってきてもらう」(同)効果を期待する。
ゲームユーザー向けのネットサービスでは、「Xbox Live」(加入者4800万人超)が2002年からスタートして先行しているが、ソニーは、PS4の普及でユーザー数を拡大し、コンテンツの充実でARPUの増大につなげる狙いだ。
<ヤフーを見習え、利益率2ケタも>
だが、前期のネットワーク事業は、PS4投入に伴う先行投資で100億円の赤字だった。今期も、ネットワークの利用が急増するため、それに耐えるサーバーやシステム投資を続ける必要があり、40―50億円程度の赤字が残る見込み。
もっとも「今期の投資ステージを終えれば、相当な上昇が期待できる」とするソニー幹部は、来期以降のネット事業の収益性について「2ケタ以上の利益率」を強く意識する。ゲーム事業としての過去最高益はPS2時代に記録した02年度の1127億円だが、平井社長はPS4とネットワークサービスの一体化でこれを超える考えを示している。
単純な音楽配信・映像配信では、米パンドラの赤字が続いているように、アーティストに支払う調達費がかさんで利益を上げにくい。だが、ソニーは音楽・映画のコンテンツを自社で持っているだけでなく、ライセンス収入が入るゲームの比率が高いため、ネット配信では有利な立場にあるとみている。
もっとも、ソニーはネット事業を単純なコンテンツの流通事業としてとらえていない。「見習うべきはヤフー」(幹部)で、本社の戦略部門が見込むのは広告モデルだ。サイト閲覧を増やし広告で収益を上げる事業モデルで、ヤフー
<ソネットの経験に期待>
さらに、ソニーのネットワークの利用者がゲームユーザーに偏っていることは、広告価値として有利に働く。実はその成功例がソニーグループにある。
吉田CFOが、ソネット時代にベンチャー投資で成功したエムスリー(M3)
「医師」を「ゲーマー」に置き換えて再構築する事業モデルは、単純なネット配信の枠組みを超えて「メディア」に脱皮する試みだ。このためには、ゲーム、音楽、映像のコンテンツを幅広くそろえて、ゲームユーザーが飽きずに利用を続ける「囲い込み」がカギになる。
ネット事業の今後の課題は、ソニーのスマートフォン「エクスペリア」でも利用を増やすことだ。
しかし、アンドロイドOSの中では、ソニーのネットサービスは数あるアプリの1つに過ぎず「これを動機にスマホを買わせるのは簡単ではない」(幹部)。このため今では、PS4とエクスペリアの連携を強化することで「ゲームユーザーにスマホを買ってもらって、ネットで音楽を聴いてもらう」方向性を明確化しつつある。
ソニーOBで、早稲田大学ビジネススクールの長内厚准教授は「ソニーのネットワークサービスは長年の課題。過去になんでもやろうとしたが、まずはゲームユーザーに絞ったのは有効だ」と指摘する。商品戦略においては、最終的に多様なユーザーを狙っていても、最初はターゲットを絞ってメッセージを尖らせたほうが受け入れやすいという。
当然、ゲームとネットだけでエレクトロニクス事業の5兆円のすべてを支えられるかは未知数だ。今期でテレビの赤字を止めて、競争の激しいスマホ事業の採算を落とさないことが必須。本社では8月から早期退職優遇制度の募集を始めるが、重たい固定費の削減も今期中にやり遂げることが前提になる。
成長戦略では、リチウムイオン電池やCMOSイメージセンサー技術を生かした新端末の開発も課題。だが、平井社長は5月23日の経営方針説明会で「これからソニーのビジネスを伸ばしていく中で、必ずネットワークやオンラインコンテンツが必要になる。従来のエレクトロニクスになかった議論になる」と強調した。
平井社長は、ナンバー2に起用した吉田CFOに対し、ソネット時代に培った豊富なネットワーク経験に期待を寄せる。社長就任以来、初めて自ら起用した参謀。ゲームユーザーのコミュニティに急速にシフトするネット事業の収益モデルが、ソニー復活の切り札になるのか、「第2次平井政権」の力量が試される。[東京 22日 ロイター]
(村井令二 取材協力:Sophie Knight Malathi Nayak 編集:田巻一彦)
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