「ダウン症の子供たちにはアビリティがある」 映画『チョコレートドーナツ』出演俳優と日本の子供たちの「心の交流」

1970年代のアメリカで、ゲイのカップルがダウン症の子供と家族のように過ごした実話をもとに作られた映画『チョコレートドーナツ』。ミニシアター作品としては異例のヒット作に。「家族」とは一体、何なのかをあらためて私たちに問いかける。
The Huffington Post

1970年代のアメリカで、ゲイのカップルがダウン症の子供と家族のように過ごした実話をもとに作られた映画『チョコレートドーナツ』。ミニシアター作品としては異例のヒット作に。「家族」とは一体、何なのかをあらためて私たちに問いかける。

映画の舞台は1979年のカリフォルニア。シンガーを夢見ながらもショーダンサーとしてその日暮らしを続けるルディ。ゲイであることを隠して生きる弁護士のポール。母の愛情を受けずに育ったダウン症の少年、マルコ。ルディとポールは、マルコを息子のように育てようと決意し、社会の偏見と闘う姿が描かれている。

2014年5月、映画のプロモーションのために来日したトラヴィス・ファイン監督(45)とマルコ役を演じたアイザック・レイヴァさん(23)、母のジャスティン・レイヴァさん(42)は、ダウン症の人たちにダンスや歌、演劇を指導するエンターテイメントスクール「LOVE JUNX」とダンスセッションを行うため、国立オリンピック記念青少年総合センターを訪問した。アイザックさんは子供たちと一緒にダンスレッスンで汗を流し、交流を深めた。

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『チョコレートドーナツ』で愛情あふれる家庭の姿を描き切ったトラヴィス監督。ダウン症を持つ人にとっては過酷とも言える映画の撮影をこなし、迫真の演技を見せたアイザックさん。そして愛情たっぷりに育てながらアイザックさんに役者の道を開いた母のジャスティンさん。3人に話を聞いた。

写真左よりジャスティン・レイヴァさん、アイザック・レイヴァさん、トラヴィス・ファイン監督

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■ 「アイザックが『初心』の大切さを思い出させてくれた」(トラヴィス・ファイン監督)

――俳優になりたいと思ったきっかけはなんですか? 

アイザック テレビ番組のディズニー・チャンネルです。夢のような世界で自分も演じてみたい、という気持ちから俳優を目指しました。現在、パフォーミングアーツ(公演芸術、舞台芸術)の学校に通っていますが、それがこの映画に出演する機会を生んでくれました。今回の映画は人生で最高の経験ですし、これからももっと多くの映画に出たいですね。

トラヴィス・ファイン監督 アイザックを起用したいと本人に告げたら、泣き出したんです。「人生の夢がかなったんだ!」と。長い間夢見ていたことが実現した瞬間に立ち会えたことは私にとっても感動的でした。

――アイザックさんはLOVE JUNXを訪問して一緒にダンスをしましたが、どんな気持ちでしたか?

アイザック ほんとうに楽しかった。みんなの愛にあふれた姿がとても素敵でした。

――ダンスの休憩時間に子供たちがアイザックさんに寄ってきて会話をしたり抱き合ったりしていましたよね。言葉が通じなくても自然にコミュニケーションができるのはアイザックさんならではのものなのでしょうか。また、ジャスティンさんはアイザックさんに対して、普段から人とのコミュニケーションで特にアドバイスされるようなことはあるのでしょうか。

ジャスティン ダウン症を持つ子供は一般的に非常に愛情深い面があります。アイザックは小さい頃からとてもオープンで誰とでも友達になっていました。むしろ知らない人にも付いていってしまうこともあるくらいで、少し抑えないといけないくらいでした。LOVE JUNXの子供たちと触れ合っている姿を見ていても、アイザックは子供にとても優しいんですね。

ただ、私はコミュニケーションについてアイザックに何かを教えた、ということはありません。彼がもともと持っていた性格なのだと思います。

――監督は、LOVE JUNXとアイザックさんの交流を見ていてどのような気持ちになりましたか?

トラヴィス監督 LOVE JUNXの皆さんと一緒にダンスを踊っていた姿を見ていて、胸が一杯になりました。一生忘れられないでしょう。彼らの交流のきっかけとなったのが『チョコレートドーナツ』だったこと、そして、アイザックと子供たちがこれからさまざまな形で交流できるようになることも自分にとっては光栄ですね。

――映画の撮影は長時間に及ぶので、ダウン症を抱えるアイザックさんにとってはとても疲れる現場ではないかと推察されます。長時間でも頑張り続けられた秘訣はあるのでしょうか。

ジャスティン この映画のオーディションを経て、配役されるかもしれないと感じた時に、アイザックと話し合いました。映画の撮影は長時間にわたるものだし、楽なことばかりではありません。アイザックは長時間立ち続けることが辛いので、「ほんとうに大丈夫なの?」と確かめたのです。アイザックは一言、「I’m ready(準備はできている)」と答えました。そして、実際に撮影が始まっても不満をいうことはありませんでした。母の私から見ていても、疲れきっているのは分かるのですが、決して文句を言うことなくやり続けていました。そんな息子を誇らしく思います。

トラヴィス監督 今回アイザックが演じた役のようなタイプや、あるいは子役の子供と一緒に仕事をするときは、役者自身だけではなく、保護者の方とも同時にオーディションをしないといけません。役者自身はアーティストとしての責任を全うすればいいのですが、付き添いの方もプロとして責任を負っていただかなければなりません。そういう意味で、ジャスティンさんはとても素晴らしい女性であり、母であり、そしてプロフェッショナルでもありました。

今回の撮影はとても暑く、長時間に及びました。もちろん経験値のある役者さんは慣れていますが、例えば、クリスマスのシーンを古い8ミリカメラで撮影したシーンは、カメラがうまく作動しなくて結局10時間もかかってしまったあげく、もう一度撮り直さなければなりませんでした。経験豊富な役者さんでさえ「またやらなきゃいけないの…」とうんざりしていた空気の中、アイザックは「またクリスマスなの!?」と明るく言ってくれたんです。その喜びようが他の役者に乗り移ったようでした。

経験のある役者たちにとっても、自分の愛する「演技」というものはこういうものなんだ、長時間の撮影で疲れたから帰りたい、ではなくもっと前向きに取り組まなくてはいけないという初心をアイザックから思い出させてくれたようなんです。

■ 「『できない』をアイザックのボキャブラリーから除きました」(ジャスティン・レイヴァ)

――今回の映画を見て、アイザックさんの笑顔や泣き顔がとてもチャーミングで、彼にしかできない演技だと思います。しかし、ダウン症の方を起用した映画は少ないのが現状です。監督から見て、ダウン症の方ならではの演技というものは、どういったところにあるとお考えですか?

トラヴィス監督 この映画でも、まさにアイザックにしか出来ない演技が数多く見られますが、彼のパーソナリティそのものを役に投影してくれたからでしょう。彼の演技の結果、シーン自体を変えてしまったところもあります。マルコが初めてルディたちの用意した部屋に足を踏み入れた時に「これが自分の家なの?」と聞くシーンがあります。当初はとてもシンプルなシーンになるはずだったのですが、アイザックの発したセリフと演技によってよりエモーショナルで感動的なシーンに変わってしまったんです。その結果、ルディがマルコを抱きしめるシーンへと変えました。

今回の撮影では、アイザックのために特別な演出が必要ではないかと用意もしたのですが、撮影に入ったら、普通の役者と全く変わらない演出をしました。

――アイザックさんは、演技をする上で「我慢」が求められる場面が多いのではないかと思います。どのようにして我慢することを身につけてきたのでしょうか。

アイザック 我慢をすることは、大変だとは全く思いませんでした。撮影現場にいるのはとても楽しかったですし、共演者のアラン・カミングやポール役のギャレット・ディラハントに会えたのも良かったです。なかなかいい仕事をしていたと思いますよ(笑)。

――お母さんのジャスティンさんも同様に、アイザックさんを育てる上で「我慢」を積み重ねてきたのではないかと思います。それは子育て一般に言えることでもありますが、ジャスティンさんはアイザックさんにこれまでどのようなことを心がけて育ててきたのでしょうか。

ジャスティン 子育てでは、アイザックの口癖だった「I can’t(できない)」を彼のボキャブラリーから除くことを心がけていたました。「できるんだよ」ということを繰り返し教えていたんです。もしかしたら他の子供よりもより努力が必要かもしれません。でも、「いつかできるから」と教えることを常に意識していたんです。

■「お父さんが2人いることも、とても素晴らしい」(アイザック・レイヴァ)

――ルディ役として、ゲイを公言しているスコットランドの俳優アラン・カミングさんを起用した決め手はなんでしょうか?

トラヴィス監督 他の俳優も考えたのですが、アランはシリアスなドラマでもコメディでも才能を発揮できるし、歌もダンスもこなせます。そして、ゲイであることを公言していて、ゲイの平等な権利を求める長年の活動が認められて、母国のイギリスではナイトの称号も与えられています。ただ役を演じるだけではない、裏打ちされたアランの経験と活動が起用する決め手となったのです。

もともと、『チョコレートドーナツ』の脚本は1980年代初期に書かれたものでした。それを読んだ時に、自分自身が70年代の映画、とりわけ「インディペンデント映画の父」と呼ばれるジョン・カサヴェテス監督や、『狼たちの午後』のような社会問題を題材にした作品を作ったシドニー・ルメット監督、あるいはシルベスター・スタローンの『ロッキー』など、シリアスでリアルな作品が好きだったので、私の中でこの脚本は響くものがあったんです。

ストーリーとしても、全く背景の異なる人々がつながり、絆が生まれる過程がとても気に入りました。最初の脚本では弁護士のポールはほとんど出てきません。ルディとマルコだけの物語で、ルディとポールのラブストーリーという側面はなかったんです。しかし、その2人の絆に胸を打たれたので、彼らのラブストーリーを掘り下げた結果、ポールというキャラクターが生まれ、一つの家族の形ができ上がったんです。

――日本では、同性婚が認められない、パートナーシップ制度もない、同性愛についての議論に関心があまり集まらないといった事情があります。この映画の舞台もそういった権利が現在ほど認められていない80年代で、同性愛に対する偏見も非常に強い時代でした。今後、日本で同性愛の議論が深まるために必要なものはどんなことなのでしょうか。

トラヴィス監督 私の友人にも同性婚のカップルがいますし、『チョコレートドーナツ』のエグゼクティブ・プロデューサーの男性2人も、20年以上のパートナーで、2人の息子を育てています。彼らを見ていると、家族として愛し合いながら生活していくという点では、男女の家庭と何も変わりがないことがわかります。もし、自分の周囲に同性愛の「かたち」を直に見る機会がないのであれば、その世界を見てみることが一つのきっかけになるでしょう。『チョコレートドーナツ』で描かれた世界も一つの例になるでしょうし、同性愛はタブーでも奇妙なものでも何でもないんだということに気づくはずです。だから同性愛を語ることは決して重いテーマではないのです。

――アイザックさんが演技をしていた中で、「男の親が2人いる家庭」はどのように感じられたのでしょうか。

アイザック とてもハッピーでしたし、愛情にあふれている家庭だな、と思いました。お父さんが2人いることも、とても素晴らしいことだと感じましたね。普通の家庭と何も変わらないと思いますよ。

――アイザックさん、ジャスティンさんは、今回LOVE JUNXの子供たちと触れ合って、今後彼らとコミュニケーションを継続させ、交流を深めていこうという思いはありますか?

ジャスティン 大人でも子供でもダウン症を持つ方々に対して、ディサビリティ(障害、ハンディキャップ)ではなく、自分にどんなアビリティ(可能性、能力)があるのかを自分で認知するきっかけを与えるようなスポークスパーソンになってくれることをアイザックには期待しています。たとえばアイザックとLOVE JUNXとの交流がダウン症の子供たちのアビリティを広げるきっかけになるようであれば、こういった触れ合いはどんどんとやっていきたいですね。

アイザック もちろん、これからもやっていきますよ!

トラヴィス監督 アイザックが現在通っているパフォーミングアーツも、さまざまな障害を抱えている子供たち専門の学校です。LOVE JUNXとパフォーミングアーツがお互いに団体間の交流を深め、LOVE JUNXの子供たちがアメリカに行く、あるいはパフォーミングアーツの子供たちが日本に来るといった事ができれば素晴らしいですね。彼らは、言葉が通じなくてもコミュニケーションがとれるアビリティがあるんです。

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映画『チョコレートドーナツ』は、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかで上映中

LOVE JUNXは6月29日、東京・中野サンプラザホールでライブイベント「BREAK THE WALL 12」を開催する。また、7月12日に大阪府門真市民文化会館でミュージカル「ウィンver.3」の公演を行う。

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