ソウルの学生街・新村(シンチョン)。雑居ビルの6階に、30人のスタッフが働く調査報道専門の報道機関「ニュースタパ」がオフィスを構える。
「真に市民のためのメディアであるために、広告に一切頼らず権力を監視する。篤志家の巨額の寄付に頼らない運営は世界的にも珍しい」と、朴大用さん(39)は語る。インターネットの時代、新聞やテレビの独壇場だった調査報道を担う非営利組織が世界的に増えて来たが、安定収入の確保は大きな課題だ。韓国でそれに成功した組織があるとは、意外だった。
収入源は約3万2000人の有料会員だ。大口の寄付こそないが、月に計3億ウォン(約2900万円)以上を集め、給料や取材費に充てている。ホームページやスマートフォン用のアプリのほか、週2回、YouTubeで動画を公開しており、累計再生回数は1000万回を超えた。
実績は輝かしい。不正蓄財で巨額の追徴金を課された全斗煥(チョン・ドゥファン)・元大統領の子息や、解体した大手財閥・大宇(デウ)の元オーナーが海外のタックスヘイブン(租税回避地)に巨額の資産隠しをしている疑惑、脱北者がスパイ罪に問われた裁判で情報機関(国家情報院)が証拠書類を偽造した疑惑など、スクープを連発している。資産隠しを暴いたときは、記者会見を開いてマスコミに資料を提供した。
中心となるのは、李明博(イ・ミョンバク)政権(2008~2013)時にテレビ局を追われた記者たちだ。崔承浩さん(52)は「韓国文化放送(MBC)」の調査報道番組「PD手帳」のプロデューサーとして、李政権が進めた大型公共事業「4大運河事業」を批判していた。
2008年、アメリカ産牛肉の輸入を巡って大規模な反対デモが相次いだ。発端となった「PD手帳」は制作者が名誉毀損容疑で逮捕された。社長人事に介入して影響力を行使しようとする政権に対し、労組側は半年近くに及ぶストライキで対抗。テレビ各局で崔さんら15人が解雇された。「私自身は特に組合員としてストを主導したわけでもなかったけど、政権に批判的な奴の首を切りたかったのでしょう」と崔さんは言う。
テレビ局を追われたり懲戒処分を受けたりした計7人で、当初は言論労働組合の会議室を間借りして立ち上げた。「最初にあった機材はノートパソコン1台だけ。労組の会議が入れば場所を移動しながら取材を進めた」と振り返る。
発足半年後に会員制度を導入した。会員は順調に増え続け、すでに労組の支援は〝卒業〟した。2013年春からは新人の採用も始め、10人が先輩の指導を受けながら一線に配属されている。大手新聞社やテレビ局であれば半年ほどの研修期間を経て現場に配属されるのが普通だが「我々に体系的な研修をする余裕はないので、マンツーマンで先輩が指導するのが研修だ」という。
部数100万部を超える大手新聞が政権よりの保守的な論調で足並みをそろえる韓国で、政権を批判する報道を続けて圧力を感じることはないのだろうか。
「圧力を受けると感じたことはない。広告をもらっていないから。まともな調査報道は、市民の支援によるものが最も安全で清潔なんです」。崔さんはこともなげに言った。
一方で、不特定多数の一般会員によって支えられているのは、韓国特有の事情も影響しているようだ。崔さんはこう語る。
「アメリカでは大資本が調査報道NGOを支援しているケースが多いが、韓国はそういった資本が現れれば、すぐに国税庁の税務調査や国家情報院が介入してくる。本当にすぐに税務調査が来ますよ。現在、我々の一般会員にも匿名で支援している人がいると聞く。実名で支援していることがばれて、不利益を被るかもしれないからだ」
タパは韓国語で「打破」を意味する。権力の秘密という厚い壁はもちろん、メディア業界のしがらみや、「非営利組織に調査報道は難しい」といった常識など、いろいろなものを打破したように見えた。
【韓国メディア事情】2月28日に開設されたハフィントンポスト韓国版。韓国のネットニュースメディアはいま、どんな勢力図なのか。現地事情を探ってみた。
関連記事