2014年3月11日、東日本大震災から3年。今なお福島第一原子力発電所の収束作業は続けられている。収束・廃炉作業には、東電や大手建設会社をはじめ800の企業が従事し、毎日約3000人もの原発作業員が働いているという。しかし、廃炉には30年かかるとされ、慢性的に原発作業員が不足する問題も懸念されている。
原発作業員として働くとは、どういうことか——。漫画家の竜田一人(たつた・かずと)さんは、「モーニング」でルポ漫画「いちえふ―福島第一原子力発電所労働記―」を発表。震災後の2012年に福島第一原発の作業員として働いた経験を描き、国内外で大きな反響を呼んだ作品は、4月23日に単行本が発売されるという。今回は竜田さんに、原発で働くことになった経緯や、実際の作業、下請け雇用の実態などを聞いた。
「いちえふ―福島第一原子力発電所労働記―」第1話より
——福島第一原発(以下、1F:いちえふ)で働くことになった経緯を教えてください。
震災のときは、首都圏で働いていました。漫画とも建設業とも関係のない仕事をしましたね。そのときの仕事は、自分に向いていないと思っていたところで震災があって……せっかくだから被災地で働いてみようと思ったんです。
被災地で働けるなら、原発じゃなくてもよかったんですよ。福島県じゃなくても、宮城県でも岩手県でも、千葉県でも茨城県でもよくて……。最初は、東北の瓦礫の撤去とか、そういう仕事があればいいなと思っていました。そんななかで、たまたま最終的に採用されたのが、1Fだったんです。
——漫画では、実際にハローワークに仕事を探す様子が描かれていました。
ハローワークでは、震災関連の仕事を探しました。それで、岩手から順に求人を全部見ていったら、その当時は福島の仕事が多かったんです。
あと、他の岩手や宮城などの仕事は、基本的に「通い」が条件でした。僕は、向こうに泊まるところがなかったので「通い」は無理だなと。当時は、福島の求人だと、割と「宿舎有り」が多かったので……。結局、福島を選んだのは、宿舎の存在が大きかったですね。
1Fの仕事は、「宿舎有り」のケースが多かったです。個人的には「どうせ行くなら、できればいい条件で……」という現実的な思いもありました。漫画では、月給50万円の求人票を描きましたが、70万円で求人を出しているところもありましたね。
もちろん、1Fで働くことに安全面の不安が無かったわけではないですが、自分なりに放射線についても学び、調べた上で「行ってみよう」と。
——漫画には「紆余曲折あって、1Fで働けるようになったのは、2012年の初夏」とあります。仕事を探しはじめてから働くまでに、どんなことがありましたか?
仕事を見つけて福島県に行くまで1年以上かかりましたね。震災のあった2011年の夏頃から本格的に探し始めて、最初に福島に入ったのが翌年の5月でしたから、震災から1年以上経ってようやくです。その間はバイトしながら、作業の役に立つかもしれないと、溶接や重機などの資格を取ったりしていました。
漫画にも描きましたが、一度仕事が決まって「じゃあ、何日から来て」っていわれて、前日に電話したら「この電話は現在使われておりません」ということもありました。そのときはもう、仕事を辞めてバイトをしていたので、そこも辞めて。バイト先の親方に「では、行ってきます」と報告していたので、そのバイトにも戻れなかったです(笑)。今思うと、働きたい意欲はあるのに働けなくて……その頃が一番辛かったかもしれないですね。
——最初の会社は、どんな会社でしたか?
最初に入ったのは、6次下請けの会社でした。ようやく仕事が見つかって、福島県の郡山市に行ったものの、実際は「まだ仕事がない」といわれて。何もしていないのに、寮費や弁当代で毎日1700円天引きされる日が続きました。1ヵ月以上お金だけ取られるという……。精神的に余裕もなくなって、地元に帰った人たちもいましたね。
あのときは「ふざけるな」と思いましたけど、日雇いもある建設業界では普通のことだったのかもしれないです。建設業の場合、寝泊りするところがあって、寮費や弁当代が毎月の給料から天引きされるケースは、よくあることなのかなと思います。
——1Fで、どんな仕事をされたんですか?
漫画に描きましたが、最初は週6日、作業員の人たちの休憩所の管理業務をしました。6次下請けなので日給8000円でした。弁当代が引かれるので、みんな弁当は食べなくなりましたね。「自分で買って食べたほうがいい」って。
1Fに入れば、いろんな企業から来ている作業員の人たちがいっぱいいるので、「うち来ない?」って声をかけてくれる人もいて。そんなご縁もあって、4ヵ月くらい休憩所の仕事をした後は、別の会社で働くことになりました。
「いちえふ―福島第一原子力発電所労働記―」第1話より
——会社が変わったことで、収入は変わりましたか?
次は、建屋の中で配管作業をする3次の下請け会社に移ったんですが、建屋の中は線量が高い場所もあるので、基本給は日給2万円くらいになりました。そこで、ようやく普通の生活ができるようになったかなと感じましたね。
6次の下請けから、5次になるだけでも収入は変わってきます。1次変わるくらいだと、1日500〜1000円の違いかもしれないですが、それでも月給になると大きな差になります。
休憩所の管理の仕事でも、何次か上の下請けの人たちは、同じ仕事をしているのに僕らよりも給料がよかったですね。何次の下請け会社に属しているかで、作業員の給料は変わってきます。もし東電さんが「作業員に手当を」などと考えるようなことがあれば、「サーベイゲート(放射線量を検査するゲート)の出口で現金で配ってくれ」と伝えたいですね。
——原発作業員として建屋などで作業をされて、感じたことは何ですか?
実際に作業してみてわかったのは、ベテランの職人さんたちの重要さです。建屋では、配管系の作業など職人にしかできない仕事がいっぱいあって、そういう仕事は、結局その人たちに行ってもらうしかないので……。
1F全体で、僕のような経験のない原発作業員の頭数を整えることは、ちゃんと労働条件を整備すれば、それほど大変な問題ではないと思うんです。それよりも、原発の現場で経験を積んだ職人たちを、ちゃんとケアして確保していくことが大事だと思います。
1Fでは、作業員の被爆量の上限は「年間50ミリシーベルト超、5年で100ミリシーベルト超」。これを超えて働くことは禁止されています。線量は厳しく管理されているので、年間を通じて建屋などで作業できる期間は数ヶ月だと思います。収束作業の進捗にも影響しますから、企業側も職人たちのローテーションを組んだりして、なんとか調整しているみたいですが……汚染水の問題が発覚した昨夏から、作業環境が悪化している部分もあるようです。10年、20年と続く作業ですし、手抜きや事故などを防ぐためにも、職人さんの技術が必要なんだと感じました。
——福島の方たちとの交流する機会はありましたか?
僕は飲み屋などにはあまり行かなかったですが、職場を通じて、地元の人たちと知り合う機会がありました。
大熊町とか富岡町に住んでいて、事故に遭われて、家族全員でいわき市に出て仮設住宅で暮らしている人や、元々いわき市に住んでいて、今1Fに働きに来ている人とか……本当にいろんな人がいましたね。
1F内での標準語は福島弁、というよりも浜通り弁です。ちゃんと作業員の統計を取ったわけではないですが、僕の印象では、9割はいい過ぎかもしれませんが、地元の人たちがかなりの割合なのかなと感じました。
もちろん震災前からもともと原発で働いてた人も一定数いますし、家や職場が地震や津波の被害に遭われた方や、立ち入り禁止区域に職場があった方もいるでしょう。1Fは、以前から発電施設として地域の職場として、重要なところだったと思いますが、震災後も、やることは大きく変わったけれど、今も重要な産業拠点のひとつであることは変わっていないのだと思います。
——実際に漫画を描こうと思ったのは、いつですか?
お伝えしたように、最初は「大震災の被災地であれば別にどこでもいい、向こうに行けば、何か仕事があるだろう」くらいの気持ちで、食い詰めてたから行ったんですね。ただ、どうせ行くんだったら、何か震災に役立てるものがあればいいなと思ってはいました。そのなかで最終的に残ったのが1Fだった、という感じですね。
自分が行って見てきたことを、何か記録に残しておけたらいいなあと思って、1Fのことを漫画で残している人は、まだ誰もいなかったので描いてみることにしたんです。昔、副業程度に漫画を描いていたことがあったので。でも実際に描き上げるのには、3ヵ月以上かかりましたね。最初の回は、どこを描くのか、どういうふうに描くのか、すごく悩みました。
自分の体験したことそのまんまを描いていますが、やっぱり最低限の仁義として、今あそこで働いてる人、今あそこの仕事を受けてる会社……そういうところに迷惑がかからないようにしたいというのは、一番気を遣っています。
——読者から反響はいかがでしたか?
いつもは漫画を読まない人にも、読んでもらっているみたいで「何十年ぶりに漫画を買った」という方もいらっしゃるようです。描き上げたら「モーニング」に掲載する、という不定期連載をしているんですが、掲載が遅れたときには、編集部宛にお叱りの電話をいただいたそうです。80歳くらいのおばあさんが「いちえふを読むためだけに買ってるのに、載ってなかった」と。その節は申し訳ありませんでしたが、楽しみにしていただけて嬉しいです。ありがとうございます。
作業員が使う道具の説明も、絵で描いてしまえば一発なので、そういうところは漫画だからこそ、わかりやすいかなと。記録として説明として「いちえふ」を描いていきたなと思っています。
——また、1Fに行きたいですか?
また行きたいですよ。今はさすがに、漫画の仕事がありますけど、本当はもう、今にも行きたいです。
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