【都知事選】「ニューヨーク市に学び、市民参加型のオープンガバメントを」 情報社会学者、庄司昌彦さんに聞く「首都の争点」

行政の持つデータをオープン化し、市民が参加して協働で課題解決や町づくりをしていく潮流「オープンガバメント」。世界の都市と比肩し、東京オリンピックや震災に備えるためにも、オープンガバメントの促進が新しい都知事には求められるという。

激戦が繰り広げられている東京都知事選。2月9日の投票日前に、あらためて東京都が抱える課題を識者や専門家の方たちと現場から考えてみたい。そこから浮かび上がる、「首都の争点」とは?

もしも東京の街中で心臓発作の人を助けようとしたら?

東京の街中で突然の心臓発作に襲われ、倒れてしまった人を発見したあなた。119番通報してから救急車が到着するまでの間、倒れた人に電気ショックを与えて回復させようと、AEDと呼ばれるオレンジ色の救命装置を探し始める。心臓発作は治療が1分遅れるごとに、生存率が約10%低下すると言われている。そのため、一般市民でも緊急の場合はAEDが使えるよう全国各地で普及が進み、現在では38万台以上が街中に設置されているのだ(出典)。

しかし、肝心のAEDがどこにあるのかわからない。手持ちのスマートフォンであわてて東京都のサイトにアクセスしても、設置場所の情報を見つけられない。自治体によってデータの公開方法が異なるのだ。やっとスマートフォンのアプリで、民間団体が作っているマップを見つけたが、すべての設置場所が網羅されていないようだ。時間だけがどんどん過ぎていく−−−。

これがアメリカのカリフォルニア州だったら、展開が少し違うかもしれない。通報を受けた消防署はスマートフォンのアプリ「PulsePoint」を通じ、救急のトレーニングを受けた現場付近の市民へ救助要請を発信。最寄りのAEDがどこにあるかといった指示も出してくれる。救急車が到着するまでの間、一刻も早く心停止した人の救命措置を行ってもらうためだ。

このふたつの街の違いは、どこにあるのだろうか? 実はカリフォルニア州で行われている人命救助は、行政が持っているデータをオープン化し、市民とともに作成したアプリによって実現している。市民が行政と社会の課題を解決したり、町づくりを協働で行ったりする「オープンガバメント」(開かれた政府)という考え方だ。欧米の先進事情に詳しい情報社会学者で、公的機関が持つデータの活用を政策として提言している一般社団法人「オープン・ナレッジ・ファウンデーション・ジャパン」(OKFJ)代表理事、庄司昌彦さんに東京都が抱える課題と新しい知事に求められる政策を聞いた。

■世界に遅れをとる日本の「オープンガバメント」

−−情報社会学の観点から、東京都が抱えている課題とは?

庄司さん:東京都は日本の中で最も財政が豊かな都市ではありますが、急速に高齢化が進んでいる都市であり、日本の中でさらに都市化が進む場所でもあります。将来的には一人暮らしの人がますます増えていくという人口予測もある。そうした中で自治体の財政は厳しくなり、地域に根ざした人と人つながりも薄くなっていかざるをえない。そこで、東京都から社会の力を強くしていくような先進的な取り組みが必要だと思っています。

−−その取り組みが、世界で進められている「オープンガバメント」「オープンデータ」という考え方なのでしょうか。どういうものなのか、教えてください。

庄司さん:「オープンガバメント」は色々な意味で解釈されますが、アメリカのオバマ大統領が2009年に「透明性とオープンガバメントに関する覚書」を出し、「透明性」「参加」「協働」を政府の三本柱としました。また、同じく2009年にイギリスのキャメロン首相が「大きな社会」という演説をしています。これは、福祉や子育てを家庭に返すのではなく、社会全体で支えていく。非営利組織や企業による社会課題の解決を進めていこうという方向性でした。

その中に、「オープンデータ」の活用も含まれています。オープンデータ活用というのは、公的機関などが持っているさまざまな種類のデータを、営利/非営利などの目的を問わず、自由に編集加工したりすることもできるデータとして広く一般に提供し、みんなで知恵を出し合い協力して民主主義の向上や、社会的課題の解決、あるいはビジネスの創出などに役立てていこうというものです。

まだしばらくはオリンピック景気もあるとはいえ、下り坂に入っていく東京都の足腰の強化、住民自身の力を強くしていくためには、みんなに参加してもらって社会を作っていく必要があります。現在の東京都が大きすぎて地域の課題に気づきにくくなっていますし、そうした「社会の力」という意味では海外の都市に比べて高くないのではないかと思います。

現在、イギリスがオープンガバメントの世界的なリーダーのひとつになっていますが、それを進めた民間グループが、オープン・ナレッジ・ファウンデーションでした。法律などの専門家やエンジニアやハッカーたちが作った組織です。それが他の国にも広がっていて、私が代表を務めているOKFJが日本のグループになります。国内で政府や自治体に対し、オープンデータ政策を提言しています。しかし、オープン・ナレッジ・ファウンデーションが2013年に行った世界各国の評価で、日本のオープンデータ化は27位と大きくおくれをとっているのが現状です。

■東京都はニューヨーク市をモデルに

−−首都である東京都のオープンデータ化が求められると思いますが、具体的にモデルにすべき都市はあるのでしょうか?

庄司さん:オープンガバメントの参加と協働を促していくためにモデルとなるのは、東京都の姉妹都市にあたるニューヨークです。ブルームバーグ前市長はもともとデータ関係のビジネスで身を起こした人物ですので、防災や防犯、教育などでもデータにもとづいて分析を行い、課題発見をして取り組みました。公共機関を持っているデータを民間に開放して、アプリコンテンストを開催していました。東京都に今後求めたい政策は、ニューヨークにならって、内部でデータを積極的に活用し、また外部に対して積極的にデータを提供していくことです。東京都は色々なデータを持っていますし、都内の市区町村が提供するデータの形式がバラバラでは使いづらいので、東京都が音頭をとって使いやすいデータとしてたくさん出せば、IT産業が元気になるし、課題解決もできます。

例えば、23区など基礎自治体では人口の変化を町丁単位で数ヶ月に一度、提供しています。私のオフィスがある港区の場合、六本木6丁目では世帯数や男女別の人口が毎月どれくらい増えたり減ったりしているかがわかります。しかし、区ごとに出すタイミングが違っていたり、形式が異なっていたりするために、非常に使いづらいデータになっています。これを23区だけでもデータの形式を揃え、同じタイミングで出してくれたら、どのように23区で人が移動しているか把握できて、ものすごいマーケティングデータになります。

その音頭を取るのは、やはり東京都なんじゃないかなと思います。仕事の仕方をちょっと変えるだけで新たなコストはほとんどかかりません。そういうチャンスがたくさんあります。横浜市や千葉市でもオープンデータが進んでいますが、組織が大きくさまざまな部署があるので簡単ではないようです。それでも横浜市や千葉市は横断的な部署やトップに近いところで動いているので実現可能となっている。東京都でも新しい知事によるトップダウンの力がほしいところです。

■東京オリンピックの「おもてなし」に必要なデータ基盤

−−行政が持っているデータは宝の山なんですね。他にはどんなことに可能性がありますか?

庄司さん:交通でも、ニューヨークやロンドン、パリのような都市では、バスや鉄道がどこをどう動いているか、シェア自転車がどこにあるか、混雑状況はどうなっているかなどのデータが公開され、民間のアプリがたくさん作られています。東京都のような交通のわかりにくいところではそうしたことが必要だと思います。

今、例えばどこかの駅で事故が起こって電車が止まったという場合、ハイパーローカルな細かい情報は、Twitterで検索して得ることもできますが、運営元の会社がどんどん発信してくれてもいい。アナウンスだけだと聞き取りにくいですよね。都バスも一応、位置情報を提供していますが、見ることができるのはバス停や都バスのサイトだけです。誰でも使っていいよというオープンデータにしてくれれば、民間が使いやすいデザインでアプリを作ることができる。そういうスマートな街になってほしいです(笑)。

−−確かに東京都で暮らしていると、Twitter経由で電車の事故を知ったり、運行状況や混雑状況を知ったりすることが多いです(笑)。2020年の東京オリンピックでは、海外の方が混乱しないようにしておきたいですね。

庄司さん:最近、IT企業の方々と東京オリンピックに向けた取り組みについて議論したりすることが増えてきましたが、「多言語の観光情報提供」がたびたび話題になります。しかし、元となる観光情報が充実していなかったり使いやすくなかったりしたら、いくら多言語にしても便利にはなりません。この位置情報でどういう嗜好や食習慣の方だったら、近くにこういう飲食店があり、ランチは何時までやっているとか、ではランチに間に合うようにそこへ到着するにはどの交通機関を使えば分かり易いかとか、そういうことを知らせるためのデータを持っているのはまず行政です。「おもてなし」は民間がやるので、公衆無線LANのようなインフラだけにとどまらず、おもてなしサービスの元になる充実した「データ基盤」を作らなければならないと思います。

■ソウル市が掲げる「シェアリングシティ」にみる都市の蓄積活用

庄司さん:それから、ソウル市がサンフランシスコを倣って、「シェアリングシティ」というコンセプトを掲げています。持っている都市の資産を有効活用しようというもので、休日の庁舎を市民に開放したり、カーシェアリングを導入したりしているそうです。空き部屋を持つ高齢者と部屋を探している学生をつなげることもしています。東京都でも同じように所有している施設の詳細や稼働状況などのデータをオープンデータで提供して利用をうながしたり、シェアハウスみたいなものを促進していくこともできると思います。

ヨーロッパに旅行すると都市の中に何百年前の歴史が突然、現れる。この教会は実は500年ぐらいの歴史があるとか。東京もそれなりに歴史があるけれども、そういう意識は薄い気がします。木造の文化なので建物そのものが残ることはないかもしれませんが、情報としてその歴史は残していて、それが現在の生活を便利にしたり楽しくしたりする資源になります。同じように、都市に蓄積しているインフラや知恵をもっとうまく使っていくことは、成熟した社会らしいのではないかと思います。「住民の力」でいろんなことを解決したり、何か楽しいことをしたりしようという時に、そういう都市のインフラとしてのデータや情報が役立つはずです。

■東京都の防災もオープンガバメントが重要

それから、これもオープンガバメントの一環と言ってよいと思うのですが、東京都に求められるのは防災です。東日本大震災の時、東京都では大量の帰宅難民が出ましたが、僕は東京都の情報提供はダメだったと思いました。石原知事の時に装甲車を走らせてけっこうな防災訓練をしていましたが、情報面に目を向けると東京都は震災時に通常のサイトとは別のサイトに情報をPDFで貼っていました。

帰宅難民となった人たちの道路上の流れなどは結果的にうまくいったけれども、自発的な協調の結果であって、訓練の結果ではなかった。もしも今後、首都直下地震が発生した時に東日本大震災の時より賢い行動ができるかといえば、あまり進化していない気がします。実際、ある可能性は高いし、ヘタをするとオリンピック前にあるかもしれない。防災はすごく大事です。情報の観点での防災訓練もしていく必要があると思います。

−−東日本大震災では首都圏で515万人の帰宅難民が発生したと言われていますが、確かに皆さん落ち着いて行動しているように見えたものの、ネット上の情報は混乱していました。どこに正しく最も新しい情報があるのか、迷っている人は多かったです。

庄司さん:静岡県掛川市ではSNSを使った防災訓練をしていますが、現場で携帯に情報を打ち込んでいると遊んでいると思われた人もいたそうで(笑)、やはり訓練が必要だなと思いました。東日本大震災では、被災地で情報ボランティアとして行った若者が、泥を掻きだす作業に回されてしまったという話も聞いています。情報を欲しているにも関わらず、その態勢がとれていない。

もっと行政が情報を開放して、地元の消防団や避難、帰宅する人たちとの連携を真剣に作らなければいけないと感じています。最も普及している情報手段は携帯電話会社の「緊急速報メール」や「エリアメール」だと思いますが、防災訓練の際には都民全員にメールを送って各自が対応する訓練をしてみてはどうでしょうか。東日本大震災の経験も踏まえ、電波もネットも紙媒体も使う。そういう全体的な観点からのクロスメディアの計画が必要だと思います。

―−日常でもそうしたインフラを整えておけば、いざというときに役立ちそうですね。

庄司さん:公共施設がどこあるのか、使えそうな部屋はどれくらいあるのか、誰でも使えるトイレやオムツ替えができるトイレがどこにあるのか。もっと日常的に情報が共有されるようにしたいですね。それは、いざ何か災害などが起きた時にも使える情報になる。そういう情報の共有の仕方も「東京都のサイトのどこかにあります」、ではなく、民間がさまざまな形でアプリ化して実際に使うことができるように、元データを整備して使いやすく提供することが大切です。

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庄司昌彦さん略歴:1976年、東京都生まれ。中央大学大学院総合政策研究科修士課程修了。情報社会学者。国際大学グローバルコミュニケーションセンター主任研究員・講師。一般社団法人オープン・ナレッジ・ファウンデーション・ジャパン代表理事。2010年から2012年まで、内閣官房IT戦略本部電子行政タスクフォース構成員を務める。主な著書(共著)は「地域SNS最前線 Web2.0時代のまちおこし実践ガイド」(2007年、アスキー)、「未来を創る情報通信政策」(2010年、NTT出版)など。

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