ダボス会議に出席した安倍首相の、第一次世界大戦前の英独関係をめぐる発言について、政府が火消しに躍起になっている。安倍首相の発言について「日中間で戦争が起こる可能性が、急速に世界の最大リスクの一つになっている」と多数の海外メディアが批判しているためだ。
海外メディアが安倍首相の発言を批判する背景には、安倍首相が問題解決に本気に取り組んでおらず、他国ばかりを非難して、自己満足的な行動を起こしているとの見方がある。
これまで海外メディアは「日中間の緊張が、第一次世界大戦勃発時に似ている」ということを発信してきたが、当事国である安倍首相は、自国の責任を顧みずに中国ばかりを責め立てていると、うつっているようだ。
■海外メディアは問題の発端となった安倍首相の発言をどのように報じたのか
今回の問題の発端となったのは、1月22日に開かれた、ダボス会議に参加している海外メディアとの懇談の席の安倍首相の発言だ。安倍首相が現在の日中関係について、第一次世界大戦前のイギリスとドイツの関係に似ていると発言したと報じられたのだ。
BBCは、安倍首相が当時のイギリスとドイツについて、両国が貿易などにおいて相互依存の経済関係にあったにもかかわらず、第一次世界大戦が起こったと述べたと報じた。安倍首相は、現在の日中関係も英独の関係と同様であるとしたうえで、日中の経済関係が戦争を防ぐ防波堤になっていると述べたという。
安倍首相が当時の英独関係を現在の日中関係と「似ている」としたとする発言について、フィナンシャル・タイムズは、安倍首相は現在の状況を懸念しているだけかもしれないと指摘しながらも、「日中間の戦争の危険性が急速に浮上している」と報じた。
■実際の安倍首相の発言はどのようなものだったのか
菅義偉官房長官は23日、海外メディアが事実とは違う報道をしていると反論した。菅官房長官は、安倍首相が記者の方から、日中関係が軍事衝突に発展することはないかとの質問に、次のように述べたとしている
「(安倍首相が語った内容は)『今年は第一次世界大戦から100年を迎える年である。当時英独関係は大きな経済関係があったにも関わらず、第一次世界大戦に至ったという歴史的経緯があった。
ご質問のようなことが起こることは、日中双方にとり大きな損失であるのみならず、世界にとり大きな損失になる。このようなことにならないようにしなくてはならない。
中国の経済の発展に伴い、日中の経済関係が拡大している中で、日中間の問題があるときには、相互のコミュニケーションを緊密にすることが必要である。』
安倍総理は、第一次世界大戦のようなことにしてはならないということをいっている。なぜそんなふうにとられたのか全くわからない。日中両国は今、世界第2、第3位の経済大国です。そういう国が戦争をしてはならないということでしょう。事実をちゃんと書いてくださいということですよ」
(政府インターネットテレビ「内閣官房長官記者会見」より 2014/1/23)
朝日新聞デジタルは、安倍首相は日本語で話していたため、通訳が間違えたのではないかと指摘している。
この発言を通訳が伝える際、英独関係の説明に「我々は似た状況にあると思う(I think we are in the similar situation)」と付け加えた。首相が英独関係を持ちだした意味を補ったとみられる。この通訳は、日本の外務省が手配した外部の通訳だったという。
(朝日新聞デジタル「首相発言、欧米で波紋 日中関係、大戦前の英独例に説明」より 2014/01/24 11:55)
なお、加藤勝信・官房副長官は24日の記者会見において、自身もその場にいたとしながらも、通訳がどのように訳したかは、まだ把握できていないと述べている。また、報じているのは海外のメディアであり、海外各国政府ではないとしたうえで、大使館を通じて各国メディアに対して、首相の真意を伝えるよう努力していきたいと説明した。
■そもそも安倍首相の第一次世界大戦をめぐる発言自体が、反発を招いた可能性
しかし、安倍首相がイギリスとドイツの当時の関係を引き合いに出したこと自体が、日本は日中が戦争になると予想もしているのではないかとの批判を招いている。BBCの記者は、日本の首相として発言する影響力を指摘した。それは、第一次世界大戦の発端と、現在の日中関係が近しい状態であることは、これまでにも海外メディアが報じてきているからだ。
第一次世界大戦の発端となった「サラエボ事件」は、今からちょうど100年前の1914年に起こった。この事件は、セルビアの青年がオーストリア=ハンガリー帝国皇太子夫妻を暗殺したというものであったが、その後、世界大戦に発展することになった。セルビアと、オーストリア=ハンガリー帝国は民族問題を抱え、ヨーロッパ各国は複雑な同盟関係にあったこともあるが、各国の軍部が戦争に積極的であったことや、外交努力が足りなかったとするなど複数の理由が重なったとみられている。
この頃急成長したドイツは、フランスを抜いて、イギリスに次ぐ世界第2位の経済大国になっていた。イギリスは当初中立を保ちたいと考えていたが、オーストリアを支援して早々に参戦したドイツを1国のみで押さえることは出来ず、結果的にフランスやロシアとの協力を深め、戦火は広がることになる。
このような当時の状況を振り返り、現在の日中関係を危惧する記事が各メディアから報じられてきた。
オーストラリア元首相のケビン・ラッド氏は2013年2月、サラエボがあった当時のバルカン半島になぞらえ「21世紀の海のバルカン半島」という記事をフォーリン・ポリシーに発表。中国と日本の関係を「東アジアは海の火薬庫」だと指摘した。さらにラッド元首相は、ベトナムやASEAN諸国などと中国の関係をあげ、1914年当時の欧州各国の同盟関係とオーバーラップすると述べている。
また、フィナンシャル・タイムズも2013年2月中国と日本の間で高まる緊張は、1世紀前に勃発した戦争と似ているとしている。安倍首相が戦時内閣の大臣の孫であることや、日本が戦争の償いをしようとした「謝罪外交」を否定していることもあげている。
エコノミストは2013年12月、現在の世界の状況が1914年に最も似ている点を「自己満足」だと指摘。政治家は100年前と同様、ナショナリズムで遊んでいるとし、安倍首相が日本のナショナリズムを掻き立てる行動も、中国の排日主義を招くと警告していた。
このような海外メディアからの指摘にもかかわらず、安倍首相は靖国神社に参拝した。ダボス会議では、靖国神社には第1次世界大戦で亡くなった人も祀られている神社だとしたうえで、亡くなった方に敬意を持って冥福を祈るのは、世界のリーダーの共通の姿勢だと釈明。再び戦争の惨禍で人々が苦しむことのない世界を作るという、不戦の誓いをしたと述べている。
しかし安倍首相は、この時のスピーチで、もはや世界は、一国だけで平和を守ることができない状況になっているとして、日本が「積極的平和主義」を掲げると演説。また、海洋進出の動きを活発化させている中国の動きを念頭に、「軍事予算は徹底的に透明にし、検証可能な形で公表すべき」と批判している。
BBCの記者は安倍首相に、中国との緊張を緩和する計画やロードマップ的なものがあるのかと聞いてみたという。安倍首相はただ、中国の軍事拡張について回答しただけだったという。
残念ながら今、ロードマップがあるわけではない。中国は毎年10%以上軍事費を増やし、既に日本の倍になっており、これ自体が緊張を呼ぶ。そこで軍事力拡張についてアジア全体で考えていく必要があるだろうと思う。
東シナ海だけでなく南シナ海でも緊張が高まっているのは事実。力による現状変更は何ももたらさない。緊張と破滅しかもたらさない。基本的に法の支配を尊ぶということを、相互理解として確立することが正しい。
(47NEWS「第1次大戦前の英独を例示 安倍首相、日中関係緊張で 中国は直ちに反発」より 2014/01/24 13:40)