"コンピューターおじいちゃん"を生む街 鯖江市が「オープンデータ」先端を行く理由

オープンデータで先端を行く、福井県鯖江市。なぜこの地でオープンデータが進んでいるのか。
The Huffington Post

近年、政府や地方自治体が行政に関わるデータを公開し、それを行政や民間がウェブサービスやアプリという形で利用できるようにする、「オープンデータ」の動きが、急激に進んでいる。

日本政府も6月「世界最先端IT国家創造宣言」を閣議決定。オープンデータを推進する方針が確認された。そんな中、草の根レベルで日本の最先端を行く「オープンデータ」を実践している自治体がある。福井県鯖江市だ。

福井県の中央部に位置し、人口6万人を抱える鯖江市は、メガネ、漆器、絹に続く第4の産業の柱に「IT」を据え、「データシティ鯖江」として、オープンデータをいち早く推進。今年3月には産官学からなるオープンデータ流通推進コンソーシアムの最優秀賞を受賞したほか、公開されているデータの数で2位の横浜市を倍近く突き放して1位になるなど(CityData調べ)、「日本で最もオープンデータが進んでいる街」といって過言でない。

なぜ鯖江がオープンデータの先端を行く都市になったのか。

10月31日に東京都内で行われたイベント「Wired Conference」で、鯖江市長の牧野百男氏と、「データシティ鯖江」のもう一人の立役者、IT企業「jig.jp」の福野泰介代表取締役社長が語った。

jig.jpの福野泰介代表取締役社長

■「データをXMLでくれ!アプリ作るから!」

鯖江の成功モデルの原点は、福野氏という「スーパーエンジニア」が行政を突っついて、データ公開を促したことにある。福野氏は鯖江市にある福井工業高等専門学校出身。経営するjig.jpの本社がある東京と、開発拠点のある鯖江を往復する生活だ。

jig.jpは元々、ガラケー用のウェブブラウザを開発していた。時代がスマートフォンへと移りゆく中、ブラウザの新製品を開発しようと、ウェブの標準規格化団体「W3C」に入る。W3Cは次の世代のウェブの標準を決める、世界的に権威のある非営利団体だ。そこで「ウェブの父」と言われる、ティム・バーナーズ=リーが、オープンデータを理想としていることに衝撃を受けたという。

「彼の考えていることは『行政にデータを公開させて、サービスを開放せよ』ということで、すごく感銘を受けました。新しいWebの世界を行政から進めていかなければならない、と思いました」(福野氏)

オープンデータの基本的な発想

2010年12月、福野氏はさっそく、行政の説得に動く。だが相手はお役人。技術の専門家ではない。W3Cのスタッフを連れて「理論武装」し、市長を訪問する。

「提案資料はA4ペライチで、文章量は少なく。とにかく、『データシティということでXMLでやればかっこいいです』と伝えました。裏付けのために、『世界の潮流です』と言いたいがために、W3Cを説得して『冬はカニが美味しいんだけど』と鯖江に来てもらったりしました。一鯖江市民として、『XMLで情報を出してくれたら、アプリを作ります』と約束しちゃって」(福野氏)

XMLはインターネットで用いられる記述様式。この方式でデータを置いておけば、ウェブサービスやアプリでそのデータを読み込み、さまざまな形で加工できる。まずはここに絞った。

「提案があったとき、これだ!と感じました。情報共有するのにこれ以上の方法はないと。当時は右も左もわからずに『やってくれ』と指示しましたが、今になってみればそれがよかった。こういう動きは、直接民主主義につながる感じもしますね」(牧野市長)

牧野百男鯖江市長

「アプリを作ってくれる」という市長と福野氏との口約束と、市長自身の決断をきっかけに鯖江市の行政はデータ公開の準備を始める。技術的な指導をしたのも、ほかならぬ福野氏だ。

「XMLでやって、といってもわからないと思うので、Facebookでやりとりして市のデータが公開される直前まで確認してたんですね。で、出した瞬間に私がアプリを作るという『出来レース』だったわけですけど(笑)」(福野氏)

こうして、民間が突っつき、行政が動き、市民を巻き込んでいく、という「草の根オープンデータ」の歩みが始まった。

■「消火栓を掘ろうよ!」

福野氏を中心とする草の根運動を象徴するようなエピソードがある。2年前、鯖江に大雪が降ったときの話だ。

「大雪で消火栓が埋まって、そのために消火活動が遅れた、ってニュースがあったんですね。それを見て、Facebook上でグループを作って、みんなで消火栓掘ろうよ、と。でも消火栓ってどこにあるのかわからない。そこで市役所に電話して、『消火栓の場所をオープンデータにしてください!』って気楽に言ったんですね」(福野氏)

行政は要請を受けて、そこから10カ月かけて鯖江市3000カ所の消火栓の位置をXMLデータで公開したという。福野氏は公開後、「消火栓ナビ」というウェブアプリを制作。公開した。

「アプリを作って、これで万全だと思ったんですけど、それから雪が降らなかったです。まあ、いいことなんですけど(笑)。今後は、消火栓を探すゲームみたいなものを作ると、もっと多くの人に使ってもらえるのかなと思っています」(福野氏)

こうした動きもあって、鯖江市で公開されているデータは、トイレ、AED、避難施設、駐車場、Wi-Fiスポット、コミュニティバスの運行情報など位置データに関わるものから、気温、降雪量、人口など統計データ、市議会議員名簿、文化財一覧といったリストまでバリエーションに富む。これらのデータを活用したウェブアプリは、牧野市長によればすでに60に達しているという。

福野氏が手がけたアプリ。トイレマップや、AEDマップ、文化財画像一覧などがある

■78歳のおじいちゃんがJavascriptでオープンデータをアプリにする街

市民が軸になって進めている鯖江市のオープンデータだが、先端都市の課題はどんなものなのか。「市民と職員のリテラシ教育と災害情報の充実」と牧野市長は言う。

市民のリテラシ向上についても、リーダーシップを発揮しているのは福野氏だ。男性高齢者をターゲットに、プログラミングを教えるワークショップを開設。ただネットを見る、スマホを使う、というところではなく、一気に、「オープンデータを使ったアプリを作る」ところを狙っているのがユニークだ。

「78歳のおじいちゃんがJavascriptでオープンデータをベースにしたアプリをガンガン作っていけるような世界を作っていきたいです」(福野氏)

シニアの力もオープンデータに活かす

一方、災害情報は、地震、火災、水害など起こった災害によって、逃げる場所、タイミング、逃げる方法も異なる。すでに鯖江市では災害情報やハザードマップの情報公開は済んでおり、あとは活用できるアプリを待つだけという。

■鯖江から日本へ、日本から世界へ

だが、鯖江市のオープンデータの取り組みは始まったばかり。XMLで自治体が情報提供する、というのはファーストステップでしかない。次は、データの記述形式を統一するところに飛躍があると福野氏は言う。

「今、オープンデータをやっている都市も、だいたいがCSVかXML。ただ今、データの記述方法が例えれば、右ハンドル左ハンドル上ハンドル下ハンドルといったように、統一されていないんですね。今アプリを作っても、『それって鯖江市で使えるだけでしょ』『金沢市で使えるだけでしょ』『それって人口の何パーセントなんですか』と言われちゃうんですけど、これが全部右ハンドルに統一しましょう、ってなると、鯖江で作ったものが全国、全世界で動くようになる。これこそ、アプリケーションが真の力を発揮するところなんです」(福野氏)

いまやオープンデータの取り組みは、福井市、越前市、福井県にも波及。福井県はウェブページ全体をクリエイティブ・コモンズ・ライセンスにするなど、鯖江市発のムーブメントは、加速している。

その震源地「データシティ鯖江」から、今後も目が離せない。

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