小平市「住民投票」の公開求める訴訟を弁護士も支援 「知る権利」は守られるか?

一歩、雑木林に踏み入ると、ここが東京であることを忘れてしまう。見上げれば見事に育ったクヌギやコナラ、足元にはきれいなドングリが散らばっている。訪れたのは、東京都小平市にある雑木林。地元の人々に愛されてきた緑豊かな一帯だが、幅30メートル以上、4車線もの都道建設によって消える運命にある。50年も前に計画されたこの都道建設に対し疑問を抱いた地元の住民グループは、。ところが、5月に実施された計画の見直しを問う住民投票に対し、小林正則市長が「投票率50%」という成立要件を市議会に提案、可決された。その高いハードルに、有権者3分の1以上にあたる小平市民が投票したにも関わらず、その結果は。この事態を憂慮した弁護士有志は、憲法が保障する「知る権利」を守る立場から住民グループをバックアップ、訴訟がスタートした。政治に透明性を確保し、住民の意思を反映させるためにはどうしたらよいのか。雑木林が投げかけた問題は、新たな局面を迎えている。
猪谷千香

一歩、雑木林に踏み入ると、ここが東京であることを忘れてしまう。見上げれば見事に育ったクヌギやコナラ、足元にはきれいなドングリが散らばっている。訪れたのは、東京都小平市にある雑木林。地元の人々に愛されてきた緑豊かな一帯だが、幅30メートル以上、4車線もの都道建設によって消える運命にある。

50年も前に計画されたこの都道建設に対し疑問を抱いた地元の住民グループは、小平市との対話を求めてきた。ところが、5月に実施された計画の見直しを問う住民投票に対し、小林正則市長が「投票率50%」という成立要件を市議会に提案、可決された。その高いハードルに投票率は35.17%と及ばず、有権者3分の1以上にあたる小平市民が投票したにも関わらず、その結果は現在も開票されていない。この事態を憂慮した弁護士有志は、憲法が保障する「知る権利」を守る立場から住民グループをバックアップ、訴訟がスタートした。政治に透明性を確保し、住民の意思を反映させるためにはどうしたらよいのか。雑木林が投げかけた問題は、新たな局面を迎えている。

■巨大道路が迫る雑木林を歩く

「向こうにあるのは針葉樹。このへんはクヌギやコナラなどの落葉樹がまじる昔ながらの雑木林です。少し前までは、ヒグラシがカナカナカナと鳴いていました。ヒグラシが多いのは豊かな生態系の特徴です。朝は太極拳や犬の散歩をしている人。ゲートゴルフをする人もいます。みんなこの雑木林に思い入れを持っていますが、もう使えなくなります。すごく残念です」。そう説明するのは、住民投票の結果公開を小平市に求めている住民グループ「小平都市計画道路に住民の意思を反映させる会」のメンバー、神尾直志さんだ。10月19日土曜日、都道の建設予定地を歩く会が開かれ、参加者10人以上が集まった。

雑木林に迫ろうしているのは、「都道3・2・8号線」。府中から東村山に至る東京都の都市計画道路の一部で、距離1.4キロメートルに及び、雑木林も半分が消える。東京都は7月に国土交通省から事業認可を得て用地買収を進め、2019年度の供用開始を目指している。こうした動きに対し、雑木林を大事に思う住民の意思を知ってほしいと、神尾さんたちは活動してきた。問題を理解してもらうため、何度も現地を歩く会を実施。シンポジウムなどを通じて、丁寧に支援を広めてきた。「早く土地を売りたい住民もいます。住民もさまざまです。私たちはただ反対するのではなく、行政が住民を無視して一度決めたことを進めてしまう今のあり方には異を唱えたいのです」と神尾さんは語る。

実際に現地を歩いてみると、机上で説明される計画よりもリアルな未来予想図が実感できる。東京都は環境や生態系に影響はないとした上で、「樹林地については、一部が計画道路となり面積が減少し、自然との触れ合い活動の場の規模は縮小されますが、既存樹木を可能な限り環境施設帯等に残す計画とすることや、改変区域の既存樹木について関係機関と協議し可能な限り移植を検討すること等の環境保全措置を行うことで、影響の低減を図ります」と説明する。

しかし、神尾さんが示すのは、建設される道路につながる府中街道の風景だ。そこには、大規模な店舗が並び、自動車がひっきりなしに往来する。「あれがこちら側に来るのです。まったく風景が違います。この道路によって新しい経済が生まれると説明されますが、愛されてきた雑木林は失われます」

■憲法と小平市自治基本条例が保障する「知る権利」

住民投票に投票した5万人以上の市民の声を無駄にしないよう、「住民の意思を反映させる会」では市議会に開票と結果公表を求める請願を出した。しかし、これも9月26日に多数の議員が賛成せず不採択となっている。あくまでも住民投票を開票しないという小平市の姿勢を問題視したのが、有志の弁護士だった。「住民の意思を反映させる会」は情報公開の第一者である三宅弘弁護士らによるボランティアの支援を受け、小平市が開票せず結果を非公開としたのは違法であるとして、決定の取り消しと投票用紙の公開を求めた訴訟に踏み切り、第一回口頭弁論が10月21日、東京地裁で開かれた。

三宅弁護士らが小平市の決定を違法とする根拠は、これまで積み重ねられてきた情報公開の歴史にある。小平市が「情報公開条例第7条第1号」(法令秘情報)に該当するために公開できないとしていることに対し、「情報公開請求権は憲法の『知る権利』を具体化したものであり、広く認められるよう、非公開情報は厳格に解釈されなければならず、公開するべき」と主張。また、小平市にとっての“憲法”ともいえる小平市自治基本条例をひもといても「知る権利」は保障されていることなどから、小平市の判断は誤っていると指摘している。

三宅弁護士は、「これは、『知る権利』の観点から非常に重要な裁判です。こと小平市では、自治基本条例が非常に大事な条例で『知る権利』をはっきり定めていますから、できる限りそれを反映できるような解釈にしなければなりません。住民投票の結果を求める人々の情報開示請求を認めるのが本来の筋です」と話す。

また、同じく弁護団の中島敏弁護士も、小平市の問題点をこう指摘する。「みんなが投票した結果がどうなっているのか知りたいのは当たり前のこと。特に秘密にする理由はありません。小平市は市民の総意として投票率50%が必要だという考え方ですが、市民の意向を把握するために小平市が実施しているアンケートは1000人ぐらいの回答です。しかし、それを市民の意向として毎年、発表しています。その50倍にあたる約5万人の投票を公表しないのはおかしい。市民の政治なのですから、情報はどんどん公開するべきです」

■20代から50代の現役世代が足を運んだ住民投票

小平市の住民投票にはどのような人が足を運んだのだろうか。投票率は4月に行われた市長選の37.28%とほぼ同程度の35.17%。しかし、「住民の意思を反映させる会」が2013年に行われた市長選、住民投票、都議選(6月)の年代別投票人数を比較したところ、20歳から54歳までの投票人数は、住民投票が最も多かった。町づくりの中核を担う現役世代の意思が強く現れていることがうかがえる。

「小平市は投票率を上げるために十分努力しなかった点も残念です」と口頭弁論で意見陳述したのは、「住民の意思を反映させる会」共同代表、水口和恵さんだ。住民投票は市報に掲載されたものの、広報のためのポスターは100枚程度しか刷られなかったという。それでも、現役世代の投票率が他の選挙よりも高かったことを挙げ、「市政における意思決定やまちづくりに参加したい、という若い人たちが示した参加意欲が、失望とあきらめへ変わってしまうとしたら残念です。住民投票を通じて、小平で芽生えたまちづくりや都市計画、市政への参加意欲を将来へ大きく育てていくための一歩として、住民投票の結果が明らかにされることを切に願います」と訴えた。

この住民投票に深く関わってきた小平市在住の哲学者、國分功一郎さんも、近著『来るべき民主主義 小平市都道328号線と近代政治哲学の諸問題』(幻冬舎新書)でこの問題を取り上げ、議会制民主主義の課題を指摘している。その上で、住民投票制度や住民参加型のワークショップのような議会制民主主義の「強化パーツ」が増えれば、社会はより民主的になると提言している。「住民の意思を反映させる会」でも、11月9日に國分さんとその活動に賛同する哲学者、中沢新一さん、徳島県の吉野川住民投票の実施に関わった村上稔さんによるシンポジウム「どんぐりと民主主義」(要申し込み、資料代500円)を開催するなど引き続き、広くこの問題についての理解を求めていく。

10月19日に開かれた都道の建設予定地を歩く会には、小平市民以外にもネットなどでこの問題を知ったという他の地域からの参加者が散見された。中には、「地元で同じような問題を抱えているので参加した」という男性も。小平市の雑木林をめぐるさまざまな問題は、決して小平市だけのものではなく、どの地域でも少なからず内包するものでもある。本当に住民の意思を政治や行政に反映させるにはどうしたよいのか。あなたのご意見をお聞かせください。

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