ブラック企業、雇い止め、解雇ルールの検討――。いま日本では、働くことをめぐる問題が顕在化し、不穏な空気が漂っている。その反動か、会社に縛られない「ノマド」と呼ばれる働き方に活路を見出す人もいる。このような現状をどう捉えるか。日本人はどうすれば幸せに働けるようになるのか。本シリーズ「『いま、日本で働く』ということ」では、働き方をめぐって考え続けている4名の方にお話を伺っていく。
■常見陽平さん(人材コンサルタント)■
常見陽平さんはフリーの人材コンサルタントだ。書籍を執筆し、大学でキャリア教育担当の非常勤講師をし、多くの講演をこなす。それだけではない。一橋大学大学院の学生という顔も併せ持つ。新卒でリクルートに就職し、転職情報誌「とらばーゆ」編集部やトヨタ自動車との合弁会社立ち上げなどを経て、大手玩具メーカーで新卒採用を担当、その後は人材ビジネス系のベンチャー企業を経て、現在はフリーで「働き方」をめぐって考え続けている常見さん。採用の現場を長年見てきた団塊ジュニア世代の彼は、「いま、日本で働く」ということをどう捉えているのだろうか。
――常見さんは「いま、日本で働く」ということを、どう捉えていますか?
常見:労働社会を俯瞰して考えるのと、個人レベルで考えるのでは、答えが違います。私個人としては、こんなに面白い時代はないと思っています。なぜなら、非常に難しいゲームを戦っているから。
――難しいからこそ楽しい、ということでしょうか?
常見:昔は人生のレールのようなものがあると「信じられて」いた。この「信じられて」いたというのがポイントで、昔も全員に幸せな未来が約束されていたかというと?なのですが。
今、日本のサラリーマンの歴史を調べているのですが、昔がよかったかというと?です。ただ、基本的には選択肢が限られているように見えてわかりやすい時代だったとは言えるでしょう。
今はルールが多様になりました。普通の人が普通に働けるにはどうすればいいか。ソーシャルデザインを考えなければなりません。ただ、これをチャンスと捉えることもできると思います。私自身は、一労働者として楽しんでいます。
――つまり、以前と比べて選べる選択肢が増えたと。
常見:そうですね。多様性があるっていうのは、やっぱり楽しいことですよ。これは私個人の話になってしまうのですが、会社から言い渡される仕事をこなしていくのがとても苦手でした。劣等感のかたまりでしたよ。大学時代には経営学を専攻していたから、「どうして本に出てくるような素晴らしい上司がいないんだろう?」とずっと憤っていました。でもそれから十数年を経て独立し、ちょうどいい居場所を作ることができたと思っています。
――「ちょうどいい居場所」?
常見:はい。居場所をつくるということは大事だと思うのです。もっとも、これが作れない人には残酷な社会だと思いますけど。私は家庭があるだけでなく、大学院の学生でもあるし、非常勤講師でもある。町内会にも幽霊役員ではありますが参加していますし、バンドマンでもある。所属しているコミュニティが10以上あって、それぞれに適度なつながりになっていて楽しい。だから快適なのです。
――逆に言えば、多くの人は居場所を見つけられないから苦しくなる……。
常見:そうなのです。自分にとってちょうどいい居場所と巡りあうには、運や実力も必要です。だけど「自分には力がない」と自覚している人ほど、居場所探しをがんばったほうがいい。気持ちいいコミュニティが複数あれば、人生も気持ちいいですから。
――常見さんの場合で言えば、会社に在籍していた頃から、かなり緻密に独立の準備を進めていたわけですよね。
常見:助走期間はしたたかにとっていましたね。サラリーマンの頃から副業を始めていました。『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社新書)という著書で有名なフリーランス編集者の中川淳一郎くんとは大学時代から仲がよかったのですが、彼からフリーとはどんなものか、何が必要かをしっかり学ぶことができた。お金のこととかもリアルに教えてくれました。
また、以前、広報担当者をしていて著名ジャーナリストやメディア関係者との接点がありましたし、ライターデビューした後は著者の仲間も増えていったので、彼らの実像も虚像も両方見ることができました。だから、良いことも悪いことも含めて、実態をよく把握してからフリーになれたほうだと思います。
――著書『「すり減らない」働き方』(青春新書INTELLIGENCE)には、「20代のうちに好きでやったことではなく、嫌々やっていたことで今食わせてもらっている」という一節がありますよね。「こんなはずじゃなかった」「俺がやりたいことはこれじゃない」と思っている人たちにとって、すごく重要な言葉だと思いました。
常見:本当にそうなんですよ。私は希望外の配属で最初は営業だったのですが、人との接し方が学べたし、企画書の書き方のコツも分かった。当時は辞めたくて仕方がなかったけど、あの経験が宝になっている。社内の仕事にはそれぞれ意味があるし、結構深い世界です。だけど若いうちは、やっぱりそれが分からないんですよ。隣の芝生は青く見えますし。
それに、個人が「やりたい仕事」なんてものの多くはエゴにすぎないし、やっても小さなものなんですよ。そんなものでは世界を変えられないんです。まあ、よっぽど風土が合わないなら考えた方がいいけれども、まずは今のゲームに勝つ方法を考えることも大事だと思うのです。
――目の前の仕事をちゃんとやり遂げる。目標がある場合は、準備期間を設けて挑む。そうすれば、勝てるチャンスがある社会になったということですよね。
常見:そうですね。ノマドがもてはやされたり、独立願望を抱いている人も多いだろうけど、まずは会社でできることを楽しんでやったほうがいいと思っています。会社に属していないとできないことって、実はいっぱいあるんです。会社にいれば設備も整っているし、上司と後輩とライバルも揃っている。こんなに便利なことはないですよ。
――ほか、何かやっておいたほうがいいことはありますか?
常見:「昔の意見」をチェックすることを勧めたいですね。僕は最近、20年くらい前のビジネス書を古本で買って読むことにハマっているんです。そういう本を読むと、結局昔から何も議論は変わっていないのがよく分かるんですね。
新卒一括採用に対する批判をはじめ、「会社にしがみつくな」だとか「起業しろ」「世界で勝負しろ」など、今ネットで盛り上がっている言説なんて、何十年も前から語られていますよ。
そこで大事なのは、昔から同じことが言われ続けているのは、そこに変わらない何かの問題があるからではないかということです。古い本を読むと、変わらない何かに気づくことができます。当時は数千円した分厚い本が、今は古本屋で100円で買えるわけですしね。
ソーシャルメディアで流れてくるニュースに一喜一憂したり、ネット論壇なるものの「論争」と呼ばれるものをウォッチするのも結構ですが、立ち止まって「本当はどうなのだろう?」と考えてみることこそ大事ですよ。
――雇用を取り巻く問題で、常見さんが最も気になっていることはなんですか?
常見:総論で言えば、会社と個人の関係が気になっていますね。特に雇用契約ですね。割合で言えば圧倒的に多くの人が会社員として働いている中で、現在の雇用契約をどう捉え、今後どう見直すべきなのかが興味のあることです。「何のために自分が会社にいるのか」という問題は精神論で語られがちです。労働法政策研究者・濱口桂一郎さんの論では、「空白の石版」と表現されていますね。
――つまり、自分の職務が何であるか明確に定められておらず、契約上はグレー、という状態。
常見:はい。ブラック企業問題にもつながりますが、やや端折っていうならば、これは「なんでもします」という契約なのです。日本の場合、やはり担当業務が明確ではないのが特徴ですよね。今後、それをどうするのか。また、労働組合の組織率も下がり、果たすべき役割が果たされていない中、労使関係の調整をどうするかというのも重要な論点です。
――みんなの意識が働き方に向いている今だからこそ、そこを考えていくべきであると。
常見:そうですね。――ただ、これは別の話になりますが、今は企業の競争戦略があまり論じられていないと思うのです。逆に、働き方の話に終始しているようで。もちろん、働き方は大事ですが、これだけで解決できる話ではありません。
イノベーションは大事ですが、誰もがそう連呼する割には、大きなイノベーションは起こっているのでしょうか。まあ、これは当然なのです。イノベーションは起こすのが難しいから、イノベーションなので。
シンプルに、まずターゲット、マーケットを考えることをしたいです。たとえば、カゴメは2013年3月期決算で、過去最高益を叩きだしました。あれはトマト鍋やトマトダイエットで新しい市場を作ったからですよね。
強い企業とは何か。そこを話さないといけないのに、今は企業の問題がすべて「働き方」をめぐる問題に転嫁されてしまっているように見えてなりません。みんなの関心がそこにあるのは、理解できるのですけどね。
――わかりました。そういう話の後だとお聞きしにくいのですが、あえて質問します。今後、日本人が幸せに働けるようになるには、何がどう変わればよいと思いますか?
常見:やや個人に向けた話になりますが、「儲かる方法」を考えること。自分に期待されていることを考えること。あとは、会社と個人の関係を考えること。「冷静」と「情熱」のバランスが大事だと思っています。熱く取り組むことは大事だけど、「しょせんは仕事」と割り切ることも大切。どうすればがんばらずに成果を出せるか、頭を使うこと。全部をがんばる必要はありません。また、全員がスターになる必要もないのです。
――常見さんの著書『僕たちはガンダムのジムである』(ヴィレッジブックス)に照らして言えば、ガンダムではない自分、量産型のジムである自分に誇りを持とう、ということですよね。
常見:まさにそうなのですよ。エリート志望の人はそれでいい。だけど、僕らは『機動戦士ガンダム』のジムでもいい。世の中はふつうの人で回っているわけで、それをもっと誇っていい。みんながそう考えることで、もっと楽しく働ける社会になるのではないかと思っています。
▼常見陽平(つねみ・ようへい)
1974年生まれ。北海道札幌市出身。実践女子大学・武蔵野美術大学非常勤講師、株式会社クオリティ・オブ・ライフ フェロー、HR総合調査研究所客員研究員。1997年、株式会社リクルート入社。とらばーゆ編集部などを経て、2005年に玩具メーカーに転じ、新卒採用を担当。2009年に株式会社クオリティ・オブ・ライフに参加。企業の新卒採用のコンサルティングを行うほか、講演・執筆活動に没頭。現在は同社を退職し、一橋大学大学院社会学研究科修士課程に在籍中。専門分野は就活、転職、キャリア論、若手人材の育成、若者論、サラリーマン論、社畜論、ノマドワーク、仕事術など。近著に『「すり減らない」働き方』(青春新書INTELLIGENCE)、『自由な働き方をつくる 「食えるノマド」の仕事術』(日本実業出版社)。
[インタビュー・構成:田島太陽]
【「いま、日本で働く」ということ】
・常見陽平さんインタビュー「僕たちはスターじゃなくてもいい」